「生と死の境目は、一本の白線だった」
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記事:ぴぼなっち(ライティング・ゼミ日曜コース)
新型コロナが世界中で大流行するようになって、早1年が経とうとしている。ここまで広まると、私自身いつどこで感染するのかまったくわからない。30代、40代の働き盛りの年代ですら、突如症状が悪化して亡くなる可能性があるというニュースを見るにつけ、3人の子供を育てる親としては、気が気ではない。
そんなおり、ふと20年ほど前に目の前で友人が車にはねられた時のことを思い出した。
あれは、大学2年生の夏の終わりだった。
私たちは、理系の学生で大学院生の研究の手伝いで泊まり込みの野外調査に参加していた。約1週間ほどの調査の最終日、お疲れ様パーティーにバーベキューをしようと町の中心部にあるスーパーに買い出しに出かけた時のことだ。
北海道の夏の終わりは日が暮れるのが早い。たしか、夕方6時過ぎだったと思うが、もうかなり薄暗くなっていた。時間帯によっては移動手段が徒歩しかないような数万人規模の地方都市で、30分近くかけて最寄りのスーパーでお肉をたくさん買って、横一列にみんなでたわいもない話をしながら宿舎に帰る途中だったと記憶している。
「どごん!!!」
突然ものすごく大きな鈍い音がした。何が起こったのかわからなかった。ふと横を見たら、右側を歩いていたはずの友人がいない。「えっ!?」と思ってとっさに前方を見ると、横にいたはずの友人が一瞬にして20メートル以上も吹っ飛ばされていた。
小説で「スローモーションのように……」なんて情景描写をよく見かけるが、あんなのはウソだ。もう一瞬の出来事だった。なおちゃん(私の左側を歩いていた友人)が走り始めたのを見て、私も我に返った。友人が車に、後ろからはねられたのだ。
これだけはね飛ばされたのである。直感的に、もう彼は死んだと思った。さっきまで仲良く話していた人が突然死ぬのだ。そんなことが自分の身に降り掛かろうとは、想像もしていなかった。
私は気が動転していてうまく走れなかった。彼の元に駆けつけた時にはすでに、他の友人たちが駆け寄っていた。その中心で、彼は頭から血を流していた。起き上がることはできなかったが、意識はあるようだった。
救急車がくるまでの10分ほどの時間が異様に長く感じた。とっぷり日が暮れた夕暮れである。彼もそうだっただろうが、私は心細かった。もう気が気ではなかった。
病院に運ばれ緊急手術が終わるまで、誰も一言も話さなかった。調査の手伝いをしていた大学院生や大学の先生が集まってきたが、手術室のまわりはとても静かだった。みんな、顔面蒼白だった。
彼は、額(ひたい)にできた裂傷を何ヵ所か縫っただけですんだ。翌日の精密検査でも脳に異常はなく、あれだけの大事故だった割に軽症で済んだ。入院する必要もなかったようだし、彼が自分の足で手術室から出てきたところで、私は安堵のあまり腰が抜けたようになって歩けなくなった。
後日、彼が信じられないことを言っていた。
五体満足だったのには理由があった。ひとつ目は、その事故の前日に買ったドロップの缶に飴がたくさん残っていて、そこにセダン(自動車)のヘッドライト部分がぶつかったこと。ふたつ目は、高校の体育で習った柔道の受け身が役立ったこと。車にはねられたてから地面に衝突するまでの記憶はまったくないそうだが、無意識のうちに受け身をとって地面との激突を避けたのだった。正直、信じられなかった。大学生にもなってドロップの缶を買ってショルダーバックに入れておく彼も彼だが、そんな奇跡のようなことが起こりうるのか。
彼自身、車に20メートルもはね飛ばされたのに後遺症もなく生きているということが、最初はそんなものか程度に思っていた。だが、後日現場検証の事情聴取で警察に行った時に、あの世とこの世が隣り合わせだということに気づいたのだ。
「生と死の境目は一本の白線だった」
それは、どこの警察署にもある交通事故件数を示す掲示板にある。掲示板には交通事故の件数、けが人と死者数が表になっている。彼が交通事故にあったあの日、死者数の欄には「1」と記入されていたのだ。人口数万人の小さな町で、誰かが交通事故で亡くなり彼は生き残った。その境目が、彼には表のマス目を区切る「一本の白線」に集約されていたのだ。
私たちが所属していた学科ではほとんどの学生が大学院に進学していた。私たちよりも一足早く大学院進学と所属研究室が決まっていたほど有望株だった彼が、進学をとりやめ就職することにしたのはそれから数年後のことだった。
新型コロナによりこれまで以上に死が身近なものに感じられるようになって、あの時の彼の話を思い出す機会が増えた。
後ろから車にはねられたら、できることは何もない。ただ、運とともに、高校時代に培った柔道の受け身が彼を生かした。私は子供たちのためにも、治療法のないコロナに今かかるわけにはいかない。無意識であれ一生懸命生き残ろうとした彼のように、今できる最善の手は何なのかいつも考えている。
と同時に、生と死の境目が紙一重だなんて、今はまだ考えたくもない。
***
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