老いた町のお肉屋さんに繁忙期がやってきた
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記事:高橋実尚(ライティング・ゼミ日曜コース)
私は東京都足立区のとある町に住んでいます。この町で暮らして半世紀以上です。この町も高齢化の波にのまれ、後期高齢者が多く住む町になりました。この町の住民の多くは入れ替わることもなく、静かに暮れていく日常を紡いできました。そう新型コロナウイルスの感染が拡がる前までは。
私が小学校に入学した頃は人も多く、この町はとても賑わっていました。近所には八百屋さん、お肉屋さんなど十軒ほどの商店があり、日常生活に最低限必要なものはここで手に入ります。私が小学一年生だった頃は児童40名を超えるクラスが7つもありました。
今のようにゲーム機器が各家庭にあるわけではありませ。私たち子どもは、必然的に外で遊ぶことが専らでした。神社の敷地で野球をしたり、河川敷の葦原に迷い込んでみたりと服を汚さずに帰らない日はありませんでした。
親からもらうお小遣いもたかが知れています。近所の駄菓子屋で10円から30円のお菓子でお小遣いは消えました。毎日駄菓子屋さんに通うと飽きがきます。私たちはお肉屋さんに足を向けるのです。だたしお肉屋さんは子どもにとっては、高級店なので買えるものは限られてしまいます。
ハムカツ一枚。私たちが高級店で買えるものはそれだけでした。当時はキャベツの千切りが無料でついていました。3、4人の小学生がお肉屋さんの軒先に集まり、紙の袋に揚げてたのハムカツとキャベツの千切りを入れてもらい、たっぷりと中濃ソースをかけてかぶりつく。その美味しさはいまでも忘れることはできません。
そんな私たちも学年を重ね、町もひとつずつ歳をとっていきました。駄菓子屋さんのおばあさんのシワも増え、乾物屋さんの親父さんのおでこはどんどん広くなります。半世紀も過ぎれば、近所の〇〇さんのご主人が癌で亡くなったとか、××さんの奥さんが施設に入ったという話を聞くようになりました。町内会の掲示板には訃報のお知らせが増えています。若さに溢れていた町はいつしか老いた町となっていました。
2020年2月、新型コロナウイルスの感染拡大により私たちの生活は大きく変わりました。もちろん私も例外ではありません。4月には緊急事態宣言が発出され、当時勤めていた会社もテレワークを導入。週に3日ほど、私は自宅で仕事をすることになりました。
4月中旬私は打ち合わせのために、クライアント先に赴きました。打ち合わせを終え雑談の中で先方の社長さんが仰ったのは、
「タカハシさん、このテレワークが定着したら凄いことが起きますよ。社員が会社に来なくて業務が回るのなら、オフィス要らなくなりますよ。家賃の支払いがなくなるんですよ。それに通勤定期代もなくなるから、固定費が相当削減できますね。事務所が必要だとしても、都心にある必要もなくなるんですよ」
オフィス不要論を聞かされた後、別のクライアントは次のような話をしてくれました。
「タカハシさん、事務所を引き払おうかと考えているんですよ。テレワークをやってみたら事務所要らないですよ。ノートパソコンあればどこでも仕事できますね。事務所に戻らなくなったから効率も良くなりました」
続けて
「住所と固定電話番号が会社の信用を裏付けるという時代は終わりましたよ。不動産屋さんに聞いたのですが、いま不動産会社には退去か家賃を下げるかの話ばかりだそうです。帰りにウチの周りのビルをみて見てくださいよ。空室ばかりですから」
クライアントからの帰り道、顔を上げて周りのビルをみると確かに、空室が多いように感じました。先の社長さんの話もあわせて、社会が大きく変わろうとしているのを肌で感じました。
私の暮らす町にも変化の波は押し寄せます。廃業した銭湯の跡地には7軒の建売住宅。当家の隣のにも2棟の住宅が建ちました。あちこちで新築や改築改装。ちょっとした建築ラッシュです。今年に入ると近所の新築戸建ては、ほぼ売れてしまいました。
この老いた町に起きた建築ラッシュが不思議でなりません。ある日なにげなく見ていたテレビ番組の特集が、疑問を解き明かしてくれました。
新型コロナウイルスによる外出自粛により、家族全員が自宅にいる時間が増えたこと。同じ家賃を払うなら都心から離れたほうが広い家に住めること。さらにテレワークにより毎日出社することがなくなったこと。番組はこれらが主な要因であると報じていました。
ある日の買い物帰りのことです。自宅近くにある公園で子どもが大勢遊んでいることに気がつきました。近所のご老人方が毎朝、ラジオ体操するのに集まる公園です。建売住宅の売れ行きから考えると、公園で遊ぶ子どもが増えるのに不思議はありません。
別の日に今度はお肉屋さんに買い物に行くと、子ども用の自転車が4台ほど店先に止めてありました。小学校高学年の児童が買い食いをしています。
「買い食いしている子どもを見るなんて久しぶりですねー」とお肉屋さんの女将さんに声をかけると、
「本当に久しぶりね、何十年ぶりかしら……」と女将さん。
「おそらく僕らがガキの頃以来じゃないですかね」
「そうね。あなた達が大きくなっちゃたら子ども減っちゃったからね」
「いまでもハムカツですか?」と尋ねると
「とんでもない! いまの子はリッチよー。唐揚げ200gとかだから。けっこう頻繁に来るからこっちはてんてこ舞いよ。まさかこの歳になってこんなに忙しくなるとは思わなかったわよ」と楽しそうに女将さんは言います。
新形コロナウイルスの感染拡大はいまだに収まっていません。むしろ変異株の感染拡大が懸念され、暗いニュースも後を断ちません。そんな状況が一年続くなかで私の住む町が、若さを取り戻しつつあるというのはある意味、皮肉な結果をもたらしたのではないかと感じています。
それでも子どもの遊ぶ声が聞こえ、商店に買い物客が増えるのは、若い世帯が引っ越してこなければ到底叶いません。老人も安心して住める町へと変わりゆく喜びを感じながら、この地に枯れるまで住めることをわたしは願ってやみません。
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