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忘れられない先生と、テストの裏面に描かれた「きりんの絵」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:人生相談YouTuber 和泉あんころ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
両親は、ともに小学校の先生だ。
 
幼少期から、将来の夢は? と聞かれれば「学校の先生」と答えたし、ふたりの姿をみて育ったわたしにとってそれ以外の何かになるイメージは1ミリも湧かなかった。
 
小学生のころから学級委員に立候補するような子だったわたしは、地元大学の教育学部に進学し、とりわけ難関と言われる教員採用試験にもストレートで合格した。
 
周りの人には、「先生になる夢を叶えたね」と誉められたが、そのための努力を淡々としてきたし、予定通りの通過点を過ぎただけで『夢を叶えた』という言葉自体にどこかピンと来ないところがあった。
そんな態度を隠さないから、一部の同級生の眼からは鼻持ちならない人に映っていたかもしれない。
 
採用試験の面接で「今までに影響を受けた、尊敬している先生はいますか? 」という質問をされたとき、【今まで出会った先生すべてに少なからず影響は受けているし、どんな先生にも尊敬できる部分とそうでない部分があるから愚問だ】なんて生意気なことを思いながら、ふと頭に……小学生のときの記憶が蘇った。
 
当時、わたしと一緒に学級委員に選ばれたある男の子がいた。
彼は毎日のように当時の若い担任に叱られていた。他の子と同じようにお喋りしていても、彼だけが注意されるのだ。……それもヒステリックに。
学級委員だから、という理由だけではなさそうだと感じずにはいられない怒鳴られ方。こどものわたしから見ても、ふたりはソリが合わないように思えた。
少しずつ、彼は学校に姿を見せなくなった。ついには不登校になってしまう。
 
学年が進級して、担任の先生がベテランの女性に変わった。感情的に怒られる毎日から一変し、穏やかで安定した学校生活がはじまった。
 
不登校の彼も、何事もなかったかのように登校するようになっていた。
 
新しい先生は、男子は「くん」女子は「さん」とか、男子の隣は女子の席だとか、そういった概念にとらわれない人だった。当時としては男女区別のないめずらしい先生だった。
 
おもちゃなどの不要物は学校に持ち込み禁止の中、『雨の日には外で遊べないからトランプやウノを持参して教室で遊んでもいい』という特別ルールを設けてくれた。
 
「子どもは風の子!」と冬でも体操服の半そで半ズボンを強制する先生が多い中、わたしのクラスだけは担任の裁量で『風邪をひいたらいけないから』と運動中以外はトレーナーや上着着用を認めてくれた。
 
軽いゲンコツやノートの端で頭を叩かれることは日常茶飯事だった時代に、絶対に手を上げることがないどころか、怒られた記憶すらほとんどない。怒りを用いずに、児童を諭すことができる先生だった。
 
そんなある日、わたしが心中穏やかでなくなる出来事がテストの時間に起こった。
 
テストが終わったら、列の一番後ろの人が前の全員分の答案用紙を回収して先生に届けるのが暗黙のルールだった。
 
末席のわたしが1枚1枚テストを回収していく。
 
その中で、不登校だった彼のテストの裏面にキリンの絵が描かれているのを偶然に見つけてしまった。
 
わたしは気が気でなかった。
 
テスト中に、いくら時間が余ったとはいえ落書きをしていたのだ。
 
これは絶対に叱られるに違いない。
 
彼の答案用紙だけ抜いてしまおうかとも思ったが、結局バレてしまうだろう。せっかく、学校に来られるようになったのに……。注意されたら、彼はまた不登校になってしまうかもしれない。
 
何故かわたしが泣きそうな気持になった。
 
どうか彼が叱られませんように……。
 
テストを手渡してから後、夜も眠れない日々が続いた。
 
あのキリンの絵に先生が触れないまま、その日が無事に終わるたび、ホッと胸をなでおろして過ごした。
 
先生はまだ採点していないのだろうか? それともきりんの絵に気付いていないとか? ……いや、あんなに目立つ絵が目に入らないなんて無理がある。
 
ある日の帰りの会。ついに
「この前のテストのことやけどね、……」
先生が話しはじめたのだ。
 
わたしは、この世の終わりだと思った。
 
ああ、また明日から彼は学校に来られなくなってしまう。
 
「○○さんがね、テストの裏面に素敵なきりんの絵を描いてくれたの。それがねぇ、とても上手で先生、感動しちゃったわぁ……。
みんなもテストが終わって時間が余ったら先生に絵を描いてね。
あ! でもテスト問題をやらずに絵ばかり描いてはダメですよ」
 
わたしは状況が理解できなかった。狐につままれたような顔だったと思う。
 
先生は叱らなかった。
むしろ、彼のきりんの絵を褒めてくれたのだ。
 
よくわからないけれど、とりあえずよかった。一件落着。彼はきっと明日からも学校に来てくれるはずだ。
 
時が経ち、二十歳の成人式でその先生に再会した。軽いあいさつ程度で長くは話せなかったが、また教員採用試験に合格したら改めて報告と昔話ができたらいいな、と考えていた。
 
しかし、それが叶うことはなかった。
 
その数年後、先生が亡くなったことを噂で耳にした。
 
きりんの絵のこと、それ以外にも気になること、確認したいことがあったのに、もう聞く術を失ってしまった。
 
何故、あのとき、
成人式で再会したときに
もう少しちゃんと話をしておかなかったのか。
 
また、いつか会える。会えばいい。
それがあたりまえなのだと勘違いしていた。
 
大人になってからも「会いたい人には会っておく」「後悔しないように生きる」ことを先生に教えてもらったような気がする。
 
きりんの絵を描いた彼が、今どこで何をしているのかわたしは知らない。
同窓会にも顔を出さないので、あのときのことを憶えているか確かめようもない。
 
でも、わたしにはあの可愛らしい、きりんの絵が鮮明に蘇ってくる瞬間が
これからの人生でもきっとある。
 
鉛筆一色で描かれた、蝶ネクタイ風のリボンをしているきりんの絵。
 
それとともに聞こえてくる、先生のやさしい声。
 
窓から射す木漏れ日。
 
教室に響き渡る笑い声。
 
わたしは、そんな情景を生徒たちの心に残せる先生になれるだろうか。
 
「やさしい、先生がいました」
面接官の目を見ながら、わたしは答えはじめた。
 
 
 
 
****
 
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2021-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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