メディアグランプリ

万年筆のお医者さん


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせ

記事:大村沙織(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 

床から、万年筆が生えている。

通常ではありえない光景が、私の目の前にあった。

ふとしたはずみで、テーブルの上から落ちた万年筆。

どうやらペン先を出したまま落としたらしく、あろうことか床と垂直になるように落下したらしい。

ペン先は見事にフローリングに刺さっていた。

少し斜めになりながら刺さるその様子は、決して倒れまいと踏ん張っているようにも見えた。

「これでまっすぐ伸びていたら、シュールレアリスムの絵画に出てきそうだな」

一瞬そんな場違いな考えが頭に浮かんだものの、みるみるうちに正気に戻った。

慌てながらも、フローリングから万年筆を摘み取ろうとする。

しかし万年筆は大地にしっかりと根を張っているかのように、すっとは抜けてくれなかった。

仕方なく更に力を込める。

少しずつ左右に力を加えながら、万年筆を動かし、時間はかかったものの、何とか万年筆を引き抜いた。

真っ先に見たのは床の穴ではなく、万年筆のペン先の方だった。

パッと見た限りでは無傷に見えたが、紙に字を書こうとペンを動かしてもインクは出てこない。

紙には文字の書き跡だけが虚しく残るだけだった。

「これ、直るのかな?」

「どこで直そう?」

「直せるとしても、費用はどのくらいかかるのかな?」

疑問と不安で埋め尽くされてごちゃごちゃになる頭の中とは逆に、窓の外はすっきりとした空が広がっている。

普段は嬉しく感じる雲一つない青空が、そのときはひどく憎らしく感じた。

件(くだん)の万年筆、パイロットのキャップレス万年筆との付き合いはかれこれ2年半にわたる。

恵比寿で開催されていたイベントで邂逅したその万年筆の滑らかな書き心地に、私はノックダウンした。

更に言うならば、キャップレス万年筆は私にとってのジャンヌ・ダルク的な存在でもある。

キャップレス万年筆に出会う更に1年前、月2~3回は出張で飛行機に乗る機会があった私は、当時使っていた万年筆でしばしばインク漏れを起こしていた。

飛行機内の気圧変化の関係で、持ち込み方次第では万年筆からインクが漏れることがある。

最近は飛行機の気密性も高まっていてダメージは軽くなっているようだが、ペン先を下にした状態で長時間放置したりするとインク漏れは起こり得ることのようだ。

後にインク漏れは万年筆ユーザーあるあるだと知ったのだが、私に万年筆へのトラウマを植え付けるのには十分な体験で、以降私は万年筆を使えなくなっていた。

キャップレス万年筆はそんな私をトラウマから救ってくれたのだ。

滑らかな書き心地。

インク漏れとは無縁の信頼に足る技術。

マットブラックの重厚なボディと鈍く光る18金製のペン先。

ノックをおすと万年筆のペン先が出現するという、そこはかとなく未来的なフォルム。

数々の魅力で私を魅了し、私の中の万年筆の地位を取り戻したその様はまさに重要拠点のオルレアンを奪還するジャンヌ・ダルクのようであった。

私のジャンヌを、床に刺さったというしょうもない理由で失うわけにはいかない! 

落としたのは自己責任だから、メーカーを頼ることはできない。

そうなると修理してくれるところを探して、持ち込むしかない。

でもどこに? 

文具店に持ち込むという手はあるが、文具店もメーカーを頼って突き返されるのは目に見えていた。

困った私が望みを託したのはGoogle先生だった。

検索窓に「万年筆 修理」と入力し、検索をかける。

その中である個人のFacebookアカウントに目がとまった。

「川口明弘 ~万年筆の修理・調整~」

藁にもすがるような思いでそのアカウントを開いた。

基本情報を見ると、現役時代はセーラー万年筆での勤務経験があり、退職した後はペンドクターとして活躍されている方のようだった。

Facebookではコロナ禍になる前は各地でペンクリニックを開催し、万年筆のすばらしさを世に伝えるために精力的に活動されている様子が投稿されていた。

ペンクリニックが開催できない現在も郵送での修理や調整を請け負っており、料金も3500~6000円と、そこまで高くはない。

ジャンヌ本体の値段を考えると、そのくらい安いものだ。

私は川口さんに修理をお任せすることにした。

ルーペで万年筆の先端を覗き込む職人然とした姿の写真と、その横にあるキャッチコピー「想像はいつも万年筆から生まれる」にも頼もしさを感じた。

早速万年筆を緩衝材で包み、手元にある段ボールで送る準備を進めた。

ここでふと、ある可能性に思い至った。

川口さんのところで修理できなかった場合のことだ。

「ペン先の交換が必要な場合は修理できません」という但し書きがあったのを思い出す。

今回のケースがそれに該当してしまったらどうしよう!? 

考えた末に、私は手紙を書くことにした。

いかにこの万年筆が大切な存在かを伝えて、川口さんに何としても修理していただくのだ! 

受け取った川口さんからすれば迷惑かもしれないが、少しでも川口さんの力に繋がってくれればと、万年筆への熱い思いと川口さんへの修理依頼を手紙にしたためた。

その週末には、祈るような気持ちで万年筆と手紙を同封した荷物を郵便局で郵送した。

そして万年筆を送ってから1.5ヵ月あまりが経った、年の瀬が迫ったころ。

私の手には無事に戻ってきたジャンヌもといキャップレス万年筆があった。

一緒に送られてきた封筒には修理した万年筆で書いたと思われるメモも同封されており、仕事の丁寧さがうかがえた。

紙に試し書きをして無事に文字が書けたときの安堵感といったら!! 

試し書きをした電車の中で、思わず大きくため息をついた。

ごめんよジャンヌ、これからはこんな思いをしないために、もっと大切にするからね!! 

そして川口さん、大切な万年筆を修理していただいて、本当にありがとうございました!! 

万年筆を使っている方、大切な相棒の調子が悪くなったときは、ぜひ川口明弘さんに修理依頼を! 

きっとあなたの万年筆も元気になって戻ってくるに違いない。

 
 
 
 

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2021-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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