人は脱皮する生き物である
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:武田智幸(ライティング・ゼミ平日コース)
バサッ。バサッ。
「おとうさん、つかまえられないよ〜」
1年前、暖かな春の公園で、半袖姿の息子は、大好きな青のベースボールキャップを振り回していた。その軌道を軽々と避けながら、2羽のモンシロチョウは、ひらひらと楽しそうに空を飛んでいた。タンポポに止まったかと思えば、今度は別の木に向かうと行った感じで、実に仲良く楽しそうである。
(チョウみたいに、自由に、臆せずに、飛べたらいいな……)
コロナ禍で環境は一変した。行きたい店に自由気ままに立ち寄るのも、好きだったアーティストのライブイベントからも足が遠のき、友人と飲みにいくすらほとんど無くなってしまった。オンラインで飲むのも何か楽しくない。いつの間にか、仕事と家、二つの生活になってしまっていた。
ありがたいことに、この10年間は仕事で忙しく過ごしてきた。しかし、時間ができて改めて自分を振り返ってみたとき、自身が選択し、努力して得てきたはずのこの環境は、暮らしの上では何も問題ないものの、なんだか楽しくない感じがあった。
違う……。
何かが違う……。
こう思い始めると、その意識は止まらない。
「今年の目標は人に笑われることです」
ある日ラジオで、沖縄出身の女優がこう語っていた。
周りの自分に対するイメージが固まってきている感覚がある。一度そこから離れたい。そのために、今までやらなかったようなことをして、周りにあるイメージを崩し、人に笑われるような自分でありたいといったニュアンスだった。
自分はもちろん有名人でもないし、権威ある人物でもない。
でも、属するコミュニティの中における、人との関係性、これまでの出来事やコミュニケーションといった要素が、少しずつ幾重にも重なっていくと、その世界の中では、いつの間にか自分カラーとでもいうべきものがお互いの中に決まっていって、イメージが形成され、その役回りになっていくことは、誰しもあるはずだ。
そして、それが常態化し、当たり前となっていく。その当たり前が、時に、世界の狭さや、窮屈さを感じたりすることがある。自分には10年周期くらいで、この感覚がやってくる。女優の言動に、自身の感覚を重ねていた。
飽きている。
今の自分、今の役割に飽きている。
このままじゃだめだ。
次の目的地に向かう時なのかな。
そう思った。
しかし、若い頃にはどんどん環境を変えられたはずの自分も、今は一家の大黒柱。仕事、家庭を一旦お休みしたり、すぐに環境を変えられるような勇気はなかった、一方で変わりたいという前のめりな気持ちだけは先行し、変わらない日々のストレスだけが積まれていく。
そんな状況の中で、自分にできることは、小さな変化を加えてみることだった。
「在宅勤務になって毎朝サーフィンやっていて…。もし、サーフボード使ってなかったら、貸してもらえませんか?」
ある仕事仲間からの電話。これまでだったら適当に断っていたと思うが、まずは話に乗ってみることにした。約束通りサーフボードを貸したのだが、その翌週、僕は数年ぶりに海に入っていた。
自分が乗る波を選び、その波に乗るためにパドルするだけの2時間。悶々とする日々で、しばらく味わっていなかったような、爽快感を感じていた。きっと彼も仲間が欲しくて、半ば狙っていたのだと思うが、その誘いによって、これまで以上に仲良くなり、月一でサーフィンをするようになった。決してうまくないが、ああでもない、こうでもないと考えながら、次に行く海を楽しみにするようになった。
そう、1つ目の変化は、電話の誘いに乗って、月一のサーフィンをするようになったこと。
「日曜日午後は、部屋にこもらせて。課題記事を仕上げないと」
もう1つは、京都旅行中の散歩で見つけた、天狼院書店が主宰するライティングゼミ。たまたま見つけて、申し込んでみることにした。16週連続で2000字の記事を書くという課題が提示されて以降、締め切り前日となる日曜日は部屋にこもるようになった。正確にはこもらないと、月曜日の仕事中に締め切りに追われるのだ。
書くことに対する苦しさと、自分のセンスのなさを痛烈に感じるが、2000字のボリューム感くらいは把握できるようになった。一度も会ったことのないゼミの方々が投稿する記事を読みながら、同じスタートラインだったはずの彼ら彼女らの原稿レベルが、どんどん成長していくのを感じる度に、”人”の可能性を感じれるようになった。
こうして今の僕は、サーフィンと、2000字の記事を書くという、新たな2つの要素を日常に取り入れるようになった。もちろん特別な何かを手に入れた訳ではないし、新たな自分を手に入れた訳でもない。でも、「前に進もう」とか「変わっていこう」とする自分を感じている。何より、自身がこの新たな自分を楽しむ中にいると、今の環境に対する飽きは感じなくなっている。
バサッ。バサッ。
「おとうさん、捕まえたよ」
虫取り網を手に入れた息子は、今年はちゃんと蝶を捕えていた。
「ねぇねぇ、おとうさん、蝶々って何回脱皮するの?」
「蝶々によって違うんだろうけど、アゲハチョウは5回脱皮するみたいだよ」
我々人間は平均寿命100年を生きている。
季節で考えれば400シーズンを過ごす計算だ。
だったら、何回でも変わる努力はできるはずだ。
新たな自分に一新するような大きな一歩はなかなか難しくても、小さな変化を取り入れていくことはできる。そして、そのきっかけは、きっとどこにでも転がっている。これまでは乗らなかった誘いを受け入れたり、小さなジャンプをしてみるだけ。一大決心でなくていい。境界線を一歩だけこえてみる程度のことでいい。それなら、きっと誰にもできる。
小さな変化や実験を繰り返すことが、人間にとっての”脱皮”なのかもしれない。
それが狭まった世界からの”脱皮”につながっていくのかもしれない。
***
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