メディアグランプリ

ワインぶどうの木の形は、病気を克服した証


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記事:松尾英理子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
突然ですが、ぶどうは植えてからどのくらいでワインになるでしょう。
木を植えてから実がなり始めるのが3年目、本格的に収穫できるようになるのは4年目以降。その後、醸造してワインになるのが早くて5年目です。ワインづくりは、とっても時間のかかる営みなんですね。
 
コロナでいろんなことが止まったり、変更を余儀なくされているけれど、自然は何事もなかったように流れていきます。自然のサイクルにあわせると、3月から4月にかけては、ぶどう畑で新たに苗木を植え付ける時期にあたります。
 
ワイン会社に勤める私の仕事は、この畑で育てられるぶどうがすべての源。最近、テレワーク比率が上がり、現場からも遠ざかっていましたが、3月下旬に会社の仲間たちと一緒に、この植付のお手伝いをしてきました。
 
当日植えたのは、日本固有の品種「甲州」の苗木たち。約20人で500本がこの日の目標。一人25本。たいしたことないと思いきや、ブドウの苗木は思った以上に立派で、かつ途中で枝が曲がっていて、土に埋めるまで独り立ちができない不安定な形。だから、ひとりで苗木を植えるのは難しくて、一人が深く広く穴を掘って、その穴にもう一人が苗木を入れ土をかぶせる、という作業を繰り返していきます。
 
ぶどうの苗木はなんでこんな変な形をしてるのかというと、それは2つの木をつないでつくられているから。実は世界で使われているワインぶどうの苗木のほとんどは、接木苗と言われる苗。根になる部分を台木といい、丈夫で病気に強い品種を使います。そして、収穫したい品種、つまり将来、房を実らせたい品種の木を穂木と言い、今回で言えば「甲州」です。
 
なぜ2つの木をつなぐのかというと、ワインぶどうの品種は、病気や害虫に弱いものが多いから。気象や土壌に対する適応性が良くて、根も頑丈に育ちやすい品種を使った台木を土台にすることで、木の寿命を長くすることができます。先人たちが考案した、とってもサステイナブルな技術です。
 
古くからワインづくりが盛んなフランスでは、19世紀に入り貿易が活発になると、より安く、より効率的にワインをつくろうと、育てやすいアメリカのぶどうの苗木を持ち込んで、ぶどう畑に植えた生産者たちが多くいました。すると、あっという間にぶどうが枯れてしまい、畑が壊滅状態に。理由は、アメリカから持ち込んだ苗木にフィロキセラという、ぶどうの樹の根っこに寄生し、樹を腐らせてしまう害虫が付着していたからでした。この「フィロキセラ」の被害が最初に確認されたのが1863年。ワインの歴史では、絶対に忘れることのできない重要な出来事です。
 
被害はあっという間に広がり、10年間でフランス全土に広がっていき、フランスのワイン産業は壊滅の危機に。その後、仕事を失ったフランスのワイン産地ボルドーの生産者が周辺の国に移ったことで、移住先のスペインやイタリア、ポルトガルなど、フィロキセラはヨーロッパ全土に広がってしまいました。これでワインぶどうはほぼ全滅してしまいました。
 
当時の人たちからは「これからはフィロキセラに強い、アメリカ系種のぶどうでワインを作るしかない」という意見も出たものの、長い歴史を持ち、王族や著名人たちに愛された、繊細で美味しいワインを生み出すぶどうは、ヨーロッパ系のぶどう品種でないと難しいはず。皆で頭を悩ませた結果、生み出されたのが「接木」という技術でした。つまり、2つの木をつないだ形そのものが、病気を克服した証なのです。
 
フィロキセラはぶどうの樹の「根」に寄生します。ということは、根の部分だけ、耐性のあるアメリカ系種にして、実を付ける上半分だけをヨーロッパ系種にしてみれば、克服できるはず! となったわけです。
 
今、世界中で美味しいワインを生み出すぶどうの樹のほとんどが、実は下半分と上半分で異なるぶどうの樹からできているということは、あまり知られていない事実ですよね。フィロキセラという害虫によって発生した菌やウイルスが、当時のワイン産業に、絶滅の危機となるくらいの大変な試練を与えたこと。でもその結果、接木の技術が生まれ、その後、偉大なワインが生まれて、世界中でワイン産業が反映していったのだから、不思議なものですよね。
 
ウイルスに世界が悩まされている今、この経験を活かすも殺すも私達人間次第。私たちも、ウイルスという危機を通じて見えること、こんな時だからこそやれること、後世につないでいく発見があると信じたいですね。
 
 
 
 
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2021-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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