昔好きだった人は預言者でした
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ超通信コース)
「やった!」
黒板に書かれた席替えの番号を見て、内心喜んだ。教室の後ろのドア近く、廊下側から2列目の後ろから2番目。場所的にはなかなかいい。人見知りの私にとって、学校でのクラス替えや席替えは、学園祭や体育祭にもひけをとらない一大イベントだった。
自分の教科書やらノートやらを持って新しい席に移動する。
「周りに話せる人がいますように……」
毎回のことながら、神様への切実なお願い事だ。
私よりも早く、後ろの席に男子が座った。あまり話したことはないが、他のクラスの女子からも人気のある、クラスで1番勉強ができるイケメン君で、私も例にもれず、ちょっと気になる男の子だった。
「よし! 出だし順調!」
人見知りだが、やっぱりイケメン男子となれば、これを機にお近づきになりたいと思うのが乙女心というものだ。
新しい机の中に教科書をしまっている間に、周囲の席が続々と埋まっていった。平静を装いながら、視線を配る。可もなく不可もなく。そして最後の一席右隣。
「えーっ」
思わず出そうになった声をごくりと飲み込んだ。
本当は「えーっ」と言うほど知らなかったのだが、その時の私に「クラスで一番とっつきにくい男子」の称号を与えられていたO君だった。彼は教科書の整理もそこそこに、机の上に腕を組んで臥せってしまった。彼は授業中ほぼ寝ていて、先生に注意されても、意に介していない様子だった。さらに私自身は挨拶程度にしか話したことがないにも関わらず、周りからの毒舌であるという情報が、「話しにくく、怖そうな人」という彼に対するマイナスイメージに拍車をかけていた。
ところが、隣になって知ったのだが、あんなに寝ているくせに意外と勉強ができる。進学校において勉強ができるというのは、それだけで一目置いてしまう存在だ。しかも定期考よりも、範囲がない実力テストで、かなり上位の成績をたたき出すのだ。特に私の苦手な英語が抜群にできた。クラスで1番のイケメン君も、英語に関しては完敗だった。またバスケットボール部だったということも、その当時流行っていた「スラムダンク」というマンガが大好きだった私の興味をひいた。ちなみに私は、その漫画に出てくる「仙道彰」というキャラクターのファンだった。そんなことをいろいろ話すうちに、いつの間にかO君は、クラスの中で一番気になる男子になっていた。
すっかり仲良くなったと思ったその学年の終わりに、O君が転校することになった。突然のことだった。今のようにスマホなどなかった時代。せめて何か思い出に残るものが欲しいと思った私は、彼が学校にくる最後の日のホームルームに、精一杯の勇気を出して集合写真を撮ることをクラスに提案した。本当はツーショットで撮りたかったけれど、そんなことは言えるはずもなく、そのまま春休みになった。
それから数日後、そのまま疎遠になるのが寂しくて、「クラスの集合写真送りたいから」という大義名分を自分に言い聞かせ、勇気を出して自宅に電話をしてみた。まだ引っ越しをしておらず、彼が電話に出てくれた。今では信じられないことだが、その当時はクラスの連絡網というものがあり、クラス全員の個人宅の電話番号や住所が掲載されたものが配られていた。もう話すのは最後かもしれないと思い、私は自分の思いを告げた。彼にとってその事実は意外だったらしく、とてもびっくりされたが、それを機に彼との文通が始まった。
手紙の内容は、お互いの学校のこと、友達のことがほとんどだった。彼は手紙でも毒舌だったけれど、皮肉を込めて書いているのにどこかコミカルで、思わずクスっと笑ってしまうような文章で、返事が届くのを心待ちにしていた。洋楽しか聴かないという彼は、私にたくさんの洋楽を教えてくれた。そして、私はそのお返しに、日本のおススメのアーティストや曲をたくさん紹介し、彼は律義にもそれらを何かしらの手段で聴き、次の手紙にその感想を書いてくれた。
そんなやりとりも、大学受験が近づいた頃、どちらからともなく終わってしまった。私は浪人生になり、彼がその後どうなったかも分からずじまいで、時々高校生の頃のことを思い出すとき、私の青春時代の重要人物として登場するだけになっていた。
数年前、
「捨てようかと思ったけど一応」
そう言って、母が手紙の束が入った袋を渡してくれた。大学に入ってずっと一人暮らしをしていたため、その存在をどうしたかも忘れていたが、まぎれもなくO君からの手紙だった。
細かい内容は覚えていなかったけれど、読み進めるうちにその時にタイムスリップしたかのように、鮮明にその時の気持ちを思い出した。その中に、「将来何になりたいか」という内容のやりとりがあった。手紙の文脈上から、私は自分がなりたい職業を具体的には伝えなかったようだったけれど、彼なりの予想が書いてあった。
「そう言えば……手紙を読んでみて思ったんだけど、串間さんは先生と呼ばれる身分のお方になろうとしていらっしゃるのでしょうか? (中略) と、ベラベラ書いてしまったけど、ハズれてたらどうしよう……。まあその時は正解を教えてくれ」
この手紙を読んだ時の私の職業は「先生」
彼に手紙を書いた時、本当に先生になりたかったのかどうかは覚えていないけれど、それから十数年後の未来、彼が予想した職業に私はついていた。この手紙は、彼からもらった最後の手紙だったので、私が返事をしたのか、しなかったのか、今となっては確認のしようもない。
少なくとも私が好きだった彼が予想するくらいには、その当時の私がなりたかった職業だったのだと思うけれど、今の私にとってその内容は不思議だった。なぜならその後の私は、先生になろうと思って大学に行っていない。全然違う仕事を目指して行った大学で、折角だからと履修していた教職課程の方が仕事になったからだ。
自分が将来について一生懸命に考えていたことは、忘れてしまったようでも、記憶の片隅に残っていたのかもしれないと思ったらちょっぴり素敵だなと思う。
「『残りの時間を死ぬ気でやってみてから、答えを出そうと考えている』 自分でもクサい話でテレる」と書いていたO君は、今どこで何をしているだろう。英語が得意だったから、もしかしたら日本にはいないのかもしれない。彼が全力で受験勉強をした結果、自分の望む人生を歩いてくれているといいなあと思う。
もしそんな彼に会うことあったら、絶対に言いたいことがある。
「大正解!」
彼はきっと何のことだか分からないだろうけど、時間を越えて手紙を見たとき、私には預言者の言葉のように思えた。本当にびっくりしたのだ。
そしてもう一つ、彼に聞きたいことがある。
「あの頃、自分がなりたかった自分になれましたか?」
***
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