メディアグランプリ

魅惑の炊き込みごはん


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:園部仁美(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「またべちゃっとしてる」
しゃもじでかき混ぜながらんーと唸る。
ここのところ結構な頻度で炊き込みごはんを作っているのだが、ぜんぜん思うように炊けない。でもその理由は明らかだった。炊飯器が小さすぎる。
 
一人暮らしの時から使っている2号炊きの炊飯器。翌日のお弁当のことを考えると2号は炊きたいところ。でも炊き込みごはんには具材が入るので欲張っても1.5号までしか入れられない。1.5号でさえ具材の量によっては炊き途中に汁が溢れることもある。
 
今日もやはり蓋にぎゅうぎゅうに押し付けられたかわいそうな炊き込みごはんが出来上がった。
これを混ぜるのも一苦労。上にある具材を釜から落とさないように混ぜないといけない。最初はそのまま頑張ってゆっくり混ぜていたが、どうしても具材が外に落ちてしまうので、ボウルを使うようになった。半分をボウルに取り出してそこで混ぜる。おかげで洗い物が増えた。
 
味付けはちゃんとレシピを見ているので問題ない。美味しいと思う。
でも、頭がつっかえのびのびと膨らむことが出来なかったお米たちは、本来の力を全く発揮できずに固まってべちゃっとしている。
夫はそれでも気にしない。オコワみたいで美味しい! また作ってと言われるので仕方がないから作っている。
 
私は決してグルメではない。でも炊き込みごはんに関してはなぜか私の中に理想があり、どうしても今の現状に納得できていなかった。
 
そんなある日、家電量販店からDMが届いた。ポイントが貯まっているのに気づいた私は、ついに行動に移した。
2人暮らしなので全く必要ないが、炊き込みごはんのために新しい炊飯器を買うことにしたのである。
 
早速次の休みに買いに出かけた。色々なのがあるとは言え、大きさと炊き方を選べばいいだけだ。売り場の店員さんが話しかけてきたので炊き方の違いの説明をしてもらった。
 
見て見て! 一升炊きがあるよー!
 
遠くで夫の呑気な声が聞こえる。
迷いはなかった。店員さんにこれが欲しいと伝え、15分もしないで購入が終わった。
 
帰って早速炊飯器を使ってみる。
すっごく美味しい!
まるで旅館のお櫃入りのご飯。一つ一つの粒がしっかり立っている。ツヤツヤというよりはしっとりしていて少し硬め。まさに私好み。炊き込みご飯をするのが楽しみになった。
 
記念すべき第一回はいつもの五目にした。
具材はタケノコ、人参、こんにゃく、しめじ、油揚げ。
鶏肉は入れない。鳥好きの夫には悪いが、私はパサパサした食感があまり得意じゃない。お米をとぎ、塩、醤油、酒、みりん、砂糖、顆粒出汁を入れ、メモリまで水を入れる。その上にカットした具材を入れる。しめじは手でさき、残りの具材は細長く切る。一向に上手くならない包丁さばき。そのうち慣れるものだと思っていたが、切り方を改めて見直すべきかもしれない。
今まではお米を浸水させるために時間を置いていたが、この炊飯器には必要ない。ボタンの押し忘れの心配もなくなりとても快適。蓋を閉めて炊き込みごはんモードにし、スイッチを押した。
 
50分経って音が鳴った。どれどれどうなったかな? 炊飯器に手をかける。
 
蓋を開けた瞬間一気に釜の中に引き込まれた。
 
熱とともにふわっと醤油と出汁の甘い香りが立ち昇る。
真っ白な湯気がはけると全体像が見えてきた。あざやかな人参、つやつやなしめじ、その間から粒だったうす茶色を纏ったお米が顔をのぞかしている。
これぞまさしく理想の炊き込みごはん!
 
感動に浸っているとふとこの感覚に既視感を覚えた。何かに似ている……。アルバムを開いたときのあの感覚だ!
 
本棚の下にひっそりと、でもどっしりと存在感を放ちそれは在る。ケースから出し、分厚いハードカバーを開くと私の心は高校生だった当時のあの頃に一気にタイムスリップする。
 
教室の窓から見える新緑、いつも走って買いに行った購買のチョココロネ、制汗剤の匂いで溢れた部室、夕陽の射す放課後の自習室、冬の石油ストーブの香り。
 
ページをめくるたびに当時の熱、匂い、音を思い出し、一気にその世界に没入して行く。
 
ほんの3年間。でもとっても濃厚な時間がそこにはあった。それが、アルバムを開けるとたちまち香り立ち、当時の気持ちが甦る。しかしそれは一瞬の輝き。最後のページを閉じると途端に現実に戻る。もう手に入ることのない儚く懐かしいもの。思い出なのである。
 
炊き込みごはんを開ける時にも私はこの儚さを感じる。
蓋を開けた瞬間の香り、熱で一気に幸福感が上昇し、湯気の下から現れた中心に寄った具材のインパクトでさらに感動を覚える。でもそれはほんの一瞬のこと。釜の中に凝縮されていた香りは部屋に解き放たれ、せっかくの綺麗な具材はご飯と混ぜられ分散してしまう。なんとも儚い。
 
まあそのままにしていてもしょうがない。混ぜたほうが美味しいのは確かだ。
新しい炊飯器は3.5号炊きだから混ぜるのも余裕。いい感じのおこげも発見。茶碗によそって食卓へ運ぶ。
 
これこれ! この味この食感!
 
思った通りの大成功。自信満々で夫に感想を求める。
 
美味しい!
 
いつも通りだった。
 
その後、トウモロコシと出汁と後入れバターの炊き込みや、桜えびと生姜の炊き込み、アナゴと枝豆などもやってみた。どれも美味しく、私のレシピ集の仲間入りをした。トウモロコシの炊き込みに関してはまだコンソメバージョンも試したいと思っている。相変わらず旦那の反応は変わらないが、気にしない。蓋を開けたときの濃厚で凝縮された一瞬の幸せを味わうために、私は今日も炊き込みごはんを作る。
 
 
 
 
***

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2021-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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