時間旅行。変わったのは街だけじゃなくて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:相澤 めぐる(ライティング・ゼミ日曜コース)
「当機は着陸態勢に入ります。座席に着いてシートベルトをしっかりとお締めください」
機内の窓から、海にポコポコと浮かんだ小さな島々が見えてきた。凪いだ穏やかな瀬戸内の海。それを見ると私は、「ああ、帰ってきたなあ」と、なんとも言えない穏やかな気持ちになる。
私は四国の松山で生まれ育った。
暮らしていた時は当たり前過ぎてわからなかったけれど、気候が穏やかで海と山に囲まれた、こぢんまりとした田舎町だ。
結婚で地元を離れてから25年になる。
いつからだろう、帰省をする度に、懐かしさとともに知らない街に旅行に来たような気持ちになることが増えた。
最初は、それは街の風景が変わったせいだと思った。新しい道路が通ったり、建物ができたり、宅地が造成されたり。25年も経てば、当然街も変わる。でも、次第に、それは私の内面も関係していることに気が付いた。
松山と言えば、「坊ちゃん」である。
言わずと知れた夏目漱石の小説だ。
地元から離れてすぐの頃は、「出身は松山です」と言うと、9割くらいの確率で、「坊ちゃんですね」と言われた。それが誇らしかった。日本人ならみんな知っている坊ちゃん。その舞台が私の故郷なのだ。
しかし、東京で暮らし始めてから、坊ちゃんを読み返して驚いた。
坊ちゃんは、松山を褒めてなんかいない。むしろ、ディスっている。
「この田舎町は、東京にくらべると全く面白くないことだらけ」だし、路面電車は「まるでマッチ箱のようだ」し、登場人物は「ぞなもし、ぞなもし」と方言丸出し。
松山で暮らしていたころは、有名な小説の中で故郷が取り上げられていることがただただ誇らしくて、その内容まで理解できなかった。いや、理解できないのではなく、疑問すらも持たなかったのだ。東京と比べると、そりゃあ田舎だし、せまい街だし、何もないし、全部事実。比べられてもねぇ、というのが、本音だった。
ところが、一度東京で暮らした後なら、坊ちゃんが言っていることがよく理解できるのだ。自分の経験から、東京と松山を実際に比較できるからだろう。
映画、小説、旅行先。どれも同じことが言えると思う。
同じものを観たり読んだりしても、自分の経験やその時におかれている立場によって、感じることは異なる。
中学生の時に、夏休みの課題図書で太宰治の「人間失格」を読んだ。最初は宿題の読書感想文のために厭々ページを開いたのだが、引き込まれて一気に読んでしまった。自意識過剰な中学二年生のあの時期に、この小説の内容がぴったりハマったのだと思う。常に人の目を気にして、作り笑いを浮かべている主人公葉蔵。今でも覚えているが、あんなに心を揺さぶられる小説を読んだのは初めてだった。しかし、これも大人になってから読み返して、全く感情移入できなくて驚いた。
逆に、「坊ちゃん」は、大人になって読み返した時の方が面白さを感じられた。
若い頃に読んだ時は、坊ちゃんの青春記だと感じた記憶がある。しかし、今読むと、坊ちゃんの冷めたものの見方や、分析の鋭さに気が付いた。お手伝いの清さんの、無償の愛のような温かい存在にホッとした。夏目漱石は幼少時に何度か里子に出されたそうだが、母親への愛情を求めるあまりに清のような登場人物を表したのかなと、勝手ながら想像した。
そのいずれもが、若い頃に読んだ時には全く感じもしなかったことだ。
これらの経験から、私は本は処分せずに手元に残すよう心掛けている。いつかまた読み返すかもしれないから。読み返すごとに、違った感想を持つだろうから。もしかしたら、「人間失格」も、またいつか面白く読む時が来るかもしれない。
どう感じるか、実際にその時になってみないとわからないし、それを発見するのも小さな楽しみとなった。
コロナ禍ということもあり、松山へは2年近く帰省していない。
こんなに長く帰省しないのは、地元を離れてから初めてだ。
私は想像する。今度の帰省時に機内からポコポコと浮かぶ瀬戸内の島々を見て、どう感じるのだろう。飛行機が着陸して空港のターミナルへ降り立った時の、モワッとした空気。明らかに東京よりも2,3度高い気温と湿度。
「ただいま」と、懐かしく感じるとともに、また新たな発見があるかもしれない。
地元に暮らしていた当時は見向きもしなかったじゃこ天や蒲鉾を美味しく感じたり、うどんの出汁のおいしさに感動するかもしれない。単なる田舎だと思っていた古い町並みを、おしゃれな古民家だと感じるかもしれない。
二度と同じ街へは戻れない。それは、私自身が色んな経験をしたから。そのおかげで感じることが変わってしまったから。
でも、決してそれは悪いことではない。
次の帰省でどんな発見があるか、今から楽しみにしている。
ちなみに、念のために付け加えておくが、「坊ちゃん」の舞台が松山であることに、やっぱり今でも誇りを持っている。松山のことをディスっているかもしれないが、地元の人が読んでも嫌な気持ちにならないのは、さすが文豪のなせる業だと思う。
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