餌やりさんとの戦いの後に
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記事:古田綾子(ライティング・ゼミ平日コース)
夏の終わり頃から、家の横の道に猫の餌が置かれるようになった。
消火栓の標識の根元に山盛りに置かれた餌。野良猫が食べ、カラスがつつき、辺り一面に散らばった食べ残しを私が片付ける。この面倒な作業を、週に2、3回行わなければならなかった。
野良猫に餌をやる人は「餌やりさん」と呼ばれている。餌やりさんのせいで、余計な作業が増えたことが私にとって一番の問題だった。餌をやるのはいいけど、私が片付けなくてもいいようにして欲しい。
どうしたらいいだろうか?
夫とも相談したが、餌やりさんに直接、話をするしかなさそうだ。ただ、相手がいつ来るのかわからない。
近所に餌が置かれているのは、公園の木の下、駐車場に停めっぱなしの車の下、そしてウチの3か所。私たちはその3か所で餌を見つけた日時をカレンダーに書き込み、餌やりさんの動向を探ることにした。
公園の餌は夕方によく見かけた。それに対し、ウチと駐車場の餌は、夜から早朝の間に置かれているようだった。行動パターンが違う。置かれている餌の形も違う。
餌やりさんは、二人いるのかもしれない。
ある日、お風呂に入っていると、すぐ横にある消火栓の標識の近くで自転車の止まる音がした。そんなところに自転車を止める理由がない。怪しい……
耳を澄まして様子を伺うと、ガサガサとビニール袋から何かを取り出す音がした。
もしかして……
急いでリビングにいる夫に伝える。
「来たかも。ちょっと見て来て」
夫が見に行くと、思った通り、餌が山盛りに置かれていた。
周りを走って探す。道路の角を曲がった先まで見に行ったが、餌やりさんの姿は見えなかった。
餌やりさんとの戦いは3か月目に突入した。もう風が冷たくなり始めていた。
これまで集めたデータから、おおよその日時は把握できたものの、餌やりさんが自転車でやって来て餌を置くまでの間に、その行動を察知し、リビングから玄関に飛び出し、その場所に行くことができるのだろうか。冷静に考えてみると、ほぼ不可能に近かった。
もうあきらめて毎回掃除するしかないのだろうか。
猫に餌をやりたい気持ちはわかる。私だって動物が大好きだし、お腹が空いて死にそうな猫がいたら何か食べさせてやりたいと思うだろう。でも、ウチに来る餌やりさんは、食べ残しを誰かが掃除しなければならないということまでは考えていない。そんな人が近所に住んでいると思うと、少し嫌な気持ちになった。
その日、夫は残業でまだ帰ってきていなかった。
お風呂に入っていると、また、自転車の音が聞こえた。
キーッ。カタッ。
急いでお風呂の電気を消し、窓の外に目を凝らす。
暗闇の中、道の反対側に自転車を止める人影が見えた。
ガサガサッ。
ビニールの音!
ザッ。ザッ。ザッ。
足音が近づいてきて消火栓のところで止まる。
どうしようと考える前に私は叫んでいた
「エサ撒くのやめてくださいっ!」
ここ数か月の不満が口をついた。
心臓がドキドキしている。
すぐに外に出て行くつもりはない。急いで出て行っても餌やりさんはもういないだろうし、変な人だったら自分の身が危ない。たっぷり時間をおいてから、その場所を見に行った。
餌があった。ただ今回は、消火栓の根本から左の方向に筋状に散らばっていた。
餌を置こうとした瞬間に暗闇から声がして、相当慌てたのだろう。
それ以来、ウチに餌が置かれることはなくなった。
公園には今でも餌が置かれている。もう一人の餌やりさんは健在のようだ。
ある朝、公園の横を通ると、一人のおじさんが食べ残しの餌を片付けていた。
最初は、公園の管理をしている人なのかなと思った。でも、よく見ると、そのおじさんには見覚えがあった。
以前、同じくらいの時間に帰ってきた時、家の近くですれ違ったことがある。
あのホウキ。あのちりとり。間違いない。
あれっ、もしかしたら……
おじさんはあの時、ウチの横にあった餌も片づけてくれたのかもしれない。だって、確かに30分前に家を出たときは、食べ残しが散らばっていたのに、帰って来たときにはなくなっていたからだ。
その時は、カラスが残りを全部食べたのだと思っていた。でも、あんなにきれいに一粒も残っていないなんておかしい。
隣の人にそれとなく聞いてみる。
「ああ、それはたぶんあのアパートに住んでいる人だと思うよ。毎朝この辺りを掃いて回っているから」
知らなかった。
知らないうちにおじさんに掃除してもらっていたなんて。
おじさんのおかげで、食べ残した餌を片づけなくてもいい日があったなんて。
自分の住んでいるところだけじゃなく、周りの道路も毎日掃除しているおじさん。
なんてすてきな人なんだろう。
人のために行動できる人。そんな人が近所に住んでいる。
今までは、この町の嫌なところが目に付いた。でも、おじさんのおかげで、この町のいいところも同じくらい、いやもしかしたら、それ以上にあると思えるようになった。
ウチの横に餌が置かれなくなってから、おじさんには一度も会っていない。もし今度会えたら、絶対に声をかけようと思う。
「おはようございます。いつもありがとうございます」
***
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