カルガモ親子の命を懸けた授業
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山本和輝(ライティング・ゼミ超通信コース)
「結構、降っているなぁ」
早朝、まだ暗い窓の外からパラパラと屋根を打つ雨音が聞こえる。
こんな雨の日に時々思い出すことがある。近所の川に生息するカルガモのことだ。 毎年5-6月になると、カルガモ親子のお引越しのニュースが流れる。 親ガモの後をよちよちと雛が列になって歩いていく姿は本当に可愛い。その様子を見ると、ほのぼの、ほっこりした気持ちになる。
私がカルガモを意識するようになったのは、数年前に何気なく見ていたテレビ番組に見覚えのある風景が映ったからだ。そこには近所の恩田川の景色があった。そして番組で特集していたのは、その川に生息するカルガモ親子の引っ越しだった。
恩田川は、町田市から横浜市にかけて流れる川だ。町田市の住宅地を縫うように走っており、川の両岸には遊歩道が整備されている。散歩やランニングをする人々が行き来し、私もランニングでよく訪れる場所だ。
カルガモの雛は、川から200mほど離れた貯水池で生まれる。大雨が降った時に、雨水が川に一気に流れこまないようにするために、住宅地の真ん中につくられた調整池だ。
そこは50メートル四方程度の大きさで、深さ3m程度はあろうか? 池の底には花壇のような草木が生える場所が作ってある。この茂みで親ガモは卵を産みふ化させる。
通常、親ガモは雛が生まれたら、数日間は動きがしっかりするまで移動しない。しかし、この貯水池の鴨は生後わずか1日~2日で川への移動を開始するというのだ。なんでも、ここには複数のカルガモ家族がいて、子どもの成長に必要な食べ物も少ないからだという。
番組で取材されていた地域のご老人がこう言う。
「そろそろ、今日あたり行くでしょうね」
そして、カルガモ家族の移動が始まった。
第一の難関は、深さ3mの貯水池からの脱出だ。
幸いなことにこの貯水池には、長さ15mほどのコンクリートのスロープがつくりつけられている。先導する親ガモの後をついて、8羽の雛たちがヨチヨチ上りだす。人間でも辛い斜度約20%の急こう配だ。
上に到達すると、今度は幅わずか10cm程度の池の縁にそって移動する。 右側は垂直な壁で足を踏み外せば、池の底にまっさかさまだ。 はらはらして見ていると、案の定一羽の雛が、ぽろりと落ちてしまう。
私はもう、画面から目が離せなくなってしまった。
落ちた雛を追って、親ガモが池の底へジャンプすると、残りの雛たちも次々と後に続く。 また最初からやり直しだ。見守っていた地域の人も、撮影スタッフもはらはらしたに違いない。
2回目のチャレンジで、無事に貯水池からの脱出に成功したカルガモ親子は、こんどは約200mの道のりを住宅地の道路を通って川を目指す。人の足でゆっくり歩いてわずか4分程度の道のりだが、生まれたばかりの雛たちにとっては大冒険だ。
そして、番組は恩田川にカルガモ親子が無事到着したところからさらに続いた。
川に到着しても、そこがゴールではないのだ。
住宅地を流れる川は川底もコンクリートで整備されており、雛の生育に適した茂みや植物、コケなどが少ない。そこから2km以上下流の田園が広がるあたりまで移動しなくてはならないという。 そして、川を下っていくその途中には、さらなる試練が待っている。
時には、大人になったカルガモが縄張りを主張するために襲ってくることもある。 そして、番組は雛にとっての難所の話へと移っていく。
その難所は、川の水をせき止め、水量が少ないときにでも枯渇しないようにする段差だ。これも見たことがある光景だ。1mほどの水が流れる急坂を前にして戸惑う雛たち。でも、ここも滑り台の様にお尻を滑らして乗り切った。
そして、次に画面に出てきたのは、ワッフル状の四角い穴の開いたブロックが敷き詰められた箇所で、ここも見覚えのある場所だ。
親ガモならハマることの無い穴。で
も雛にとっては自分の体の3-4倍はある大きさだ。
このブロックの穴やすき間に落ちると、大変なことになりそうだ。
水の流れもぐるぐる渦巻いていて、一旦ハマると簡単には抜け出せそうにない。
親ガモは、ブロックを避けて川岸に近いところを迂回しようとする。しかし、ここで事件が起こる。水の流れに負けた雛が四羽ほど、ブロックの中に吸い込まれていった。
大ピンチだ。本当にヤバイ。
渓流に遊びに行って流されそうになった、自分の娘のことを思い出す。
水の勢いは、はたから見るよりはるかに強い。
水流に逆らえば逆らうほど、体力が奪われていくものだ。
テレビ画面には、難所を回避し下流の岸辺で雛を探してキョロキョロする親ガモが映る。そして、一羽、二羽、水流を脱出した雛が現れる。無事、親ガモと合流した。
「よかった~っ!」
しかし、もうしばらくして流れ出てきた雛は様子が違った。
首を横たえて水に浮かび、動いてはいなかった。
残念ながら水流に巻き込まれ、おぼれてしまったようなのだ。
「あぁ~っ、そんな~」
家族も思わず嘆き声をもらしている。
木の葉のように水に流されていく、動かなくなった雛。
さっきまであんなに元気よくママの後ろについて動き回っていたのに。
そして、最後の一羽が出てきた。 弱々しく動いているが、なんとか生きているようだ。
親ガモとは離れた、川の中州に打ち上げられた。
「少し休憩してくれ!体力を回復して!お母さんはすぐそこだよ!」
祈るような気持ちでテレビ画面を見つめる。
その時突然、カメラに黒い影が映った。
カラスだ!雛に向かって飛んでくる。
そしてあっという間に、弱った雛を口に咥え飛び去って行った。
家に娘の悲鳴が響いた。 番組の特集はそこで終わった。
日曜のゴールデンタイムにお茶の間に流れた、カルガモ親子の残酷なサバイバル物語。平和な住宅地に繰り広げられている命がけの子育て授業。
「これ助けてはいけないんですよね?」
傍観をせざるをえない苦悩を口にする取材スタッフも生々しかった。
私は翌週、家族でその川を訪れてみた。
そして上流から川の難所を一つひとつ確かめるように歩いた。
普段は、水深が浅く、深いところでも30cm程度しかない穏やかな川。雛が命を落としたワッフル状のブロックも改めて観察してみた。おそらく、ブロックの下には空間があってほんの少し水中にもぐれば、脱出できたのだろう。命を落とした雛は、水中にもぐり切れず波にもまれて体力を無くしたに違いない。
私が日常生活を送る何でもない住宅地にも、自然界の厳しさがあり野生の動物たちの命を懸けた生存競争が繰り広げられているのだとしみじみ感じた。
「あの子たち、大丈夫かな?」
あの時の番組を見て以来、雨が大量に降ると娘がそう聞いてくる。 今年もカルガモの子育ての時期だ。次の週末は、また娘と恩田川に行って、雛たちの成長を観察してみよう。そして、川に住む生き物たちから、命の授業を受けたいと思うのだ。
***
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