今こんな時だからこそこの本を推します、“弱さを活かす! ”「マイノリティデザイン」《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》
2021/07/12/公開
記事:南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
子どもの授業参観に行って、目頭が熱くなったことがあります。
三人兄弟末っ子の小学校最後の授業参観。
ナイチンゲール、イチロー、スティーブ・ジョブズなど、自分が好きな偉人について発表していく授業です。生徒たちは一人一人順番に教壇に上がっていきます。
うちの子の順番がきました。
「僕は松下幸之助について調べました」~渋いチョイスにちょっと驚きました。
「松下幸之助は、ゼロから出発して、パナソニックという世界に名だたる大きな会社を創業・発展させて、”経営の神様”と呼ばれました。
幸之助は、後に成功の秘訣を聞かれてこのように答えた、と言われています。
『貧乏で学歴もなく、体も弱かった。だから成功した』と。
貧乏でお金の大切さをよくわかっていたからこそ、お金を大切にして経営に成功した。学校を出ていなかったからこそ、謙虚にたくさんの人の知恵を集めることができた。
生涯病弱だったからこそ、自分に代わって仕事をやってもらうために、事業部制という仕組みを思いつき部下の能力が思う存分発揮できるようにしたから会社が発展したのだそうです。
僕は松下幸之助を調べてみて、貧乏とか病弱とか普通だったらマイナスに思うことをプラスにひっくり返したところがすばらしいなぁ、すごいなぁと思いました」
と、かいつまんでいうと、こんな内容でした。
久しぶりに参加できた授業参観でした。
この子が小3のときから重症筋無力症という難病にかかり、一時は体中の筋肉が動かなくなっていたからです。私の病状が落ち着くまではさぞかし不安な日々を過ごしたことだと思います。
私は、一時手をあげることもできない、ものも噛めない飲み込めない、言葉のろれつが回らない、自分の頭を自分の首で支えることもできない、まぶたすらまともに開閉できず、しまいには息もできなくなって、救急車を呼んでもらい一命をとりとめたこともあったのでした。
その時家にいたのはこの子だけ。
小学校4年生だったこの子が119番に電話して救急車を呼んだのでした。
そんな発表を聞いて、
「これからの激動の時代には、松下幸之助のような自分の弱さを強さに転じる力が求められるのかも……」
と思いました。
かつては終身雇用制で、一度入った会社で死ぬまで面倒をみてもらえる人が多かった時代もありましたが、5年後10年後になくなる職業もある変化の激しい現代です。どんなに素晴らしい学力や体力があったとしても、逆境に遭遇したときに打ちひしがれてポキンと折れてしまうようでは、生き抜いていくことができないと思ったからです。
40人学級で、マイナスをプラスに転じる力について言及したのはこの子だけでした。
“艱難汝を玉にす”と言う言葉がありますが、この子は母が難病というみんなとは異なるマイノリティの苦難を味わったからこそ、そんなことに着目できたのかもしれません。
「半分寝たきりで塾の勉強も学校の勉強も全然みてやることが出来なかったけれど、
その間この子はこの子なりに他では学べない大切なことを学び成長していたのかもしれない」
と思うとなんとも言えない有難い気持ちになって、不覚にも涙がにじみ出てしまったのでした。
一方で、娘も私の闘病で少なからず大変な目に遭っていたようです。
そんなことはただ1度きりだったのですが、ある日入院していた私に電話をかけてきました。
中高一貫の進学校に高校から入学した娘は、今まで通っていた中学とは全然違って高度な授業内容だったので、みんなについていくのが大変だったようです。
「今テスト前でみんな一生懸命がんばって勉強してる。でも、私だけいろいろな家事をやらなあかんから、勉強する時間が全然ない。
それなのに、お父さんから『よしきの日曜授業参観、お父さん仕事で行けなくなったからお前行ってやってくれ』って言われた。
もう今度の日曜日しか勉強する機会ないのに……」
電話から、すすり泣く声が聞こえます。
「ごめんね、ほんまにごめんね。
お母さんが病気になってしまって、ほんとにいろいろな苦労かけてるよね。
ごめんね。お母さん病院を抜け出して授業参観行けたらいいんやけど……
でも、今の体調ではそれはちょっと無理やわ……」
子どもに迷惑ばかりかけている自分がふがいなくて、私もただ泣くことしかできませんでした。
でもしばらくして、ふと思い出したことがありました。
「お母さん、最近読んだ文章なんやけど
『細くて体重が軽くて、吹けば飛ぶような人でも両肩に重たい荷物を背負っていたら、どんな風が降っても飛ばされないし、誰かにどーんと、突かれたとしてもびくともしない。
人は重荷を背負ったとき強くなる』
そんな文章がね、東城百合子先生という自然療法家の先生の小冊子に載っててん。
今は、お母さんのせいで、まゆちゃんにいろんな重たい荷物を背負わせて本当に申し訳なく思っているけど、その分きっと強くなれるし、きっといいことあると思うから……」
「難病で入院中の無力な母には、なにを言っても仕方がないんだなぁ……」
と思ったのか、その後、娘が泣き言を言うことはありませんでした。
驚いたことに、勉強する時間がなかったにもかかわらず、その時の試験成績が娘史上最高に良かったと、後から報告を受けました。
「人は重荷を背負ったとき強くなる」
この言葉に出会えてなかったら、私も娘ももっともっと傷ついていたと思います。
苦境に立たされてお先真っ暗な気持ちになっていた私や子どもたちは、暗闇の中で、なぜかそのようにして私たちの前途を照らす言葉に救われてきました。
真っ暗闇でも、誰かが照らしてくれる光さえあれば自分の前にも道があることがわかる、道が見えれば立ち上がる元気も湧いてくるということを知りました。
私たちの前途を照らし、大きな力を与えてくれたのは先人たちが紡ぎ出す言葉だったのでした。
人生山あり谷あり、誰もが順風満帆な人生ではありません。
私のように、それまでお産と虫歯以外お医者さんにかかったこともなかったような人が突然恐ろしい難病にかかることもあります。
大手広告会社で名だたる企業のCMを手がけるコピーライターだった澤田智洋さんも、産まれた息子さんの目が見えていないことがわかり、一時は絶望的な気持ちになったそうです。
でもそのおかげで、視覚に障がいを持っている方だけではなく、たくさんの人々、私たちの前途を照らす名著【マイノリティデザイン】が生まれました。
発売1ヶ月で重版4刷突破、様々なメディアで紹介され話題沸騰のこの本の中には、私も大いに励まされた珠玉の言葉がいっぱい詰まっていました。
たとえば
”「ライター」は、もともと片腕の人でも火を起こせるように発明されたものでした。「曲がるストロー」は、寝たきりの人が手を使わなくても自力で飲み物を飲めるよう作られたものです。それが今では障害者、健常者、関係なく広く利用されています。障害者にとって便利なものは、健常者にとっても便利だからです。
つまり、「すべての弱さは社会の伸びしろ」
ひとりが抱える弱さを起点に、みんなが生きやすい社会をつくる方法論。
それがマイノリティデザインです。”
そして
”あなたの持つマイノリティ性=「苦手」や「できないこと」や「コンプレックス」や「障害」は、克服しなければならないものではなく、生かせるものだ。
そう伝えたくて、僕はこの本を書きました。”
このように読むだけで勇気づけられる言葉が詰まっていました。
澤田さんの感嘆に値するところは、そんなことをただ思ったり語ったりするだけではなく、実際にその方法論を使って、例えば福祉器具である義足をファッションアイテムに捉え直した「切断ヴィーナスショー」を演出し今までになかった深い感動を生んだり、運動音痴でも日本代表選手に勝てる「世界ゆるスポーツ協会」を立ち上げたりと、様々なプロジェクトを発案・運営されて、たくさんの人々をその楽しい活動に巻き込み、社会を実際に変えていっておられるところです。
この本にはそんな詳しい事例が満載でした。
そして具体的な発想・思考法や注意すべき点など、実践へのヒントも詳しく書いてくださっているところが素晴らしいなと思いました。
それも、大手広告代理店で活躍されてきた方だけあって、どうすれば大勢の人の心に訴えかけて、巻き込んでいけるのか、ご自身のご経験を踏まえながら、親切にこまやかに書いてくださっています。
例えば、“真面目な話は真面目に伝えた方が良いかというとそんなことはありません。程良いユーモアととっつきやすいチャーミングさがあった方が耳を傾けてもらえることがあります。テーマが難しくて重くて、自分事じゃないときこそこのやり方が必要” とか、
また、マイノリティデザインをつくって終わりではなく、つくって始まるための、「ppppp」〜 ピンチ、フィロソフィー、プラットフォーム、ピクチャー、プロトタイプをつくろう! という、どんなことを企画するにも役立ちそうなフレームワークや、「そのプロジェクトは伝えたい人にちゃんと届くか?」 を最終点検できるフレームとして 企画のあいうえお 【あ=遊び心、い=怒り、う=疑い、え=エール、お=驚き】という5つの要素になどについても詳しく教えてくださっています。
なにかをやろうとしているけど、それは自分1人で完結することではない~他の人を巻き込みながら何かを成し遂げようとしている人には、とても参考になることが多い本です。
また、“自分をクライアントにする方法〜企画書を自分宛に書いてみよう〜”という章では、自分を深掘りし、本当の自分と深くつながるための自己分析のやり方を紹介。
「これから自分は何をどうやっていったらいいのか」と途方に暮れている学生さんだけではなく、今までの仕事や育児が一段落して生きがいを探している中高年の方にもぜひお勧めしたいと思いました。
新型コロナの影響で自殺率が急上昇している今、子どもたちの自殺も急増し過去最多だそうです。
澤田さんいわく、生きる上で、持っておくべき力は【絶望を希望に翻訳する力】だと。
私も心から共感します。
逆境に打ちひしがれてしまうと、人はどうしても自分や自分の周りの弱いところや希望が持てない(と思い込んでしまっている)ところばかりに目がいってしまって、冷静な判断力を失い絶望的になってしまいがちです。
そんなときこそ、この【絶望を希望に翻訳する力】や、幸之助のようにマイナスをプラスに変える思考法、誰かの弱さを冷ややかに見るのではなく、お互いに活かし合おうとする温かいまなざし、助け合う社会が求められるのだと思っているからです。。
ひすいこたろうさんによると、「人は長所で尊敬されて欠点で親しみを感じ愛される。欠点というのは欠けてる点ではなく、その人に欠かせないところ」だそうです。
そのような考え方で、今までとは違う視点でお互いを見る~再びre+見spect 直し=尊敬respect し、愛し合えるようになれたら、どれだけみんな生きやすくなることでしょう。
いつも完璧で無敵の人なんているわけがありません。
人は誰もがどこかに弱さを抱えながら生きています。
目には見えない小さな小さなウィルスのせいで全世界が経済的にも精神的にも大きな打撃をこうむるときもあります。
こんな今だからこそ、一人でも多くの方に読んでいただきたい本なのです。
この本の中には、また立ち上がり、歩き出せる力がわいてくるような“弱さを活かす”ものの見方、そしてさらにその考え方を日々の暮らしの中で多くの人を巻き込み実践していく術を親切に教えてくれる言葉が詰まっていると思うからです。
あっ、言葉だけじゃありません。
この本には、義足のファッションモデル、ゆるスポーツをしている人々、おじいちゃんアイドルの写真なども載ってますが、どの写真を見てもみんなとびっきりイキイキして輝いています。
たとえ今は元気でも誰しもいつかは年を取ります。若いころにはなかった生き辛さを抱え障がいとともに暮らすことも考えられますが、“弱さとともに生き弱さを活かす、それもまた人生”と思わせる力が宿るビジュアルも掲載されています。
なお、この「マイノリティデザイン」という本は2016年の創業以来、たった5,6人のスタッフで驚異の重版率を叩き出してこられたライツ出版社から出版されてます。
ライツ社の合言葉は「writes」「right」「light」~書く力で、まっすぐに、照らす~とのこと。
この本によって、私の前途もどれだけ照らされたことか計り知れません。
そして、今後さらにたくさんの人々の心に灯がともされますことを祈り、この本を推します。
□ライターズプロフィール
南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪生まれ。姫路市在住。
重症筋無力症という難病で半分寝たきり生活を経て死にかけましたが、
たくさんの方々から元気を取り戻す方法を教えていただいたおかげで元気に……。
今度は私がお伝えする番!“災い転じて福にする”をテーマに、今しんどい人が少しでも笑顔になりお元気になられますようにと祈りながら、アメーバブログ、note、デジタルデンなどで発信中。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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