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週刊READING LIFE vol.134

「アリかキリギリスか第三の道か」《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》


2021/07/12/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
その知らせを聴いたのは、蕎麦屋のカウンターだった。
 
「この道程なら、ぜひ紹介したい蕎麦屋さんがある」
 
気のおけない友人たちとの旅行。友人の言葉で帰りに寄った和歌山のこだわりの蕎麦屋さんだった。出てきた蕎麦懐石をカウンターで食べながら、店主の説明をうなずきながら聴いていた。食事が半分ほど進んだ頃だろうか、手元のスマホがピロリンと鳴った。LINEだ。あけてみるとそれは父がなくなったという知らせだった。
 
思わず、声が出た。そこからの帰り道のことはよく覚えていない。友人たちが新大阪まで送ってくれて新幹線で自宅へ。夕方に駆けつけたときには、父の体にはまだ温もりがあった。
 
父が倒れたのは4月の半ば。自宅に帰ってきた母が転んで起き上がれなくなっていた父を見つけたという。意識ははっきりしていたが、なにかあると行けないということで大学病院を受診した。脳のMRIを撮って見えた影。父はそのままその場で入院になった。
 
昨今のコロナで病院からの呼び出し以外は面会謝絶。検査が進むにつれて、父は脳の悪性リンパ腫ということがわかった。悪性リンパ腫の中でも進行が早い類型だった。医師からも余命が短いということを告げられた。そこから3週間すると、父は話すことができなくなっていた。
 
せめて面会ができるようにと、実家の近くに終末期医療の施設をみつけた。そこであれば毎日でも面会に来ていいという。父がその施設に移って、1週間。先はまだもうすこしあると思っていたのに。父の肌に触れることはまだできると思っていたのに。終わりは突然やってきた。
 
父が自宅で転んで起き上がれなくなってから35日間。あっという間に父は逝ってしまった。身近な人の存在が突然なくなるということは、まるで自分の行きている世界がそこだけ空洞になったような感覚だった。その空洞はそこにあったものがなくなったという輪郭だけをくっきりと示していた。
 
父の葬儀からしばらくして、自宅で1冊の書籍が目に止まった。しばらく前に買って一度読んだ書籍『DIE WITH ZERO』だ。
めくると表表紙のカバーの裏に書かれた一行の言葉が目に飛び込んできた。
 
「人生で一番大切なのは、思い出をつくることだ」
 
涙があふれて止まらなくなった。父が死んで私に残っているのは、父との思い出のシーン、父に言われた言葉のいくつか。父は戦中に生まれて、高度成長の日本の中で育ち、結婚し、3人の娘を育てた。派手な生活もせず、そんなに旅行もせず、勤勉だった。
 
この本のまえがき冒頭に、イソップ童話の話が書かれている。誰もが知っている「アリとキリギリス」のお話だ。アリが冬への備えのためにせっせと寸暇を惜しまずに働いて、キリギリスは蓄えもせずに遊び回っている。冬になってみると、一生懸命食料を蓄えたアリはゆうゆうと暮らし、キリギリスは食べるものもなく餓死してしまったというお話だ。人はいつも勤勉に働くべきだという教訓話であるが、この本はその価値観に疑問を呈する。
 
「アリはいつ遊ぶのだろうか」
 
勤勉一辺倒が称賛されるけれども、それで一生を終えていいのだろうか? という疑問。アリのように働くからといって、キリギリスのように楽しく遊ぶことを捨てていいのだろうか?
 
我が家の息子ふたりは、それぞれホームステイしてオーストラリアの州立高校に入学した。彼らが口を揃えて言うのはホームステイ先のホストマザーやホストファーザーが人生を楽しんでいるということだ。
 
もちろんそれぞれの経済状況はあるけれども、息子たちがお世話になった4つのホストファミリーはホリデイになれば車をドライブして、オーストラリア縦断旅行に出てみたり、川にボートハウス(ボートの中が暮らせるようになっている)をレンタルして1週間川をボートで旅しながらのんびりしてみたり、家族との時間を大事にしているという。
 
2021年4月の日本銀行の調査によれば、日本人の「タンス預金」が初の100兆円突破したという。お金を貯めるという行為は不安の裏返しでもある。すると、どうお金を稼ぐか、どうお金を貯めるか、どうお金を節約するかということに意識が集中する。
 
もちろん、生活していくためにお金を貯めることは必要だ。何かを達成するために我慢も節約も大事なこともあろう。しかし、事実として、死後にはお金は持っていけない。個人的には、死後に持っていけるのは思い出と体験だけだと考えている。
 
『DIE WITH ZERO』ではお金をどう使っていくかを考えろ、という。あなたはお金をどうつかうか考えているだろうか? あなたの人生のためにお金を使い切って死ねと。お金を使うべきは、「今しかできないことに投資する」ことや「思い出をつくることにお金をかける」こと。
 
40代の私がなるほどを思わされたのは書籍の中にある「タイムバケットを書いてみる」という提案だ。人生を5年毎の区切りのタイムバケット=時間のバケツをつくって、そこにやりたいことを書き出してみる。今の年齢なら苦もなくできることが、あと20年先にはそのままはできないだろう。私も実際に書き出してみたが、気がついたことは「残り時間はそんなに多くない」という事実だった。
 
そうだとするならば、人生を楽しむことを先送りにはできない。やりたいことに自分が時間とお金を使っていけるかどうか。それをやらないままひたすら仕事をして時間を過ごしていくかどうか。
 
自分の人生を納得して終わらせていくにはアリでもなく、キリギリスでもなく、その間をとった第三の道をそれぞれに歩く必要がある。それはバランスだ。
 
看護師が聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5ということがネットで記事になっていたりする。他人が期待するような生き方ではなく、もっと“自分らしく”生きれば良かった、仕事ばかりしなくても良かった、言いたいことを我慢せず、言いたいことを言えば良かった、もっと友達とつながればよかった、そして最後に「もっと自分の幸せを追求すればよかった」と語るという。
 
父は自分の余命も知る前にやりとりができなくなっていたが、もし、自分の命の終わりを知ることができたとしたら、なんと言ったのだろうか。
 
お金も時間も、人が行きていくための要素でしかない。だとしたらそれを「自分の幸せ」のためにどれだけ使うことができるのか。使うための計画をたてて実行することができるのか。『DIE WITH ZERO』はあなたにそんな問いを投げかけてくれる一冊になるはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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