人見知りだった彼が教えてくれた「センス」の方程式
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
「そういえば、最近なんか手際良くなったよね」
日曜日の午後6時、テーブルに料理を並べている最中だった。
子供たちとその食事の席に着きながら夫が私に向かってこう言った。
確かに。クオリティはさておき、スピードは速くなった。
「ほぼ毎日、繰り返しやってるからね。慣れかな」
少々ドヤ顔で夫にこう返す。
「センスって量らしいよ」
褒められて気をよくしている私に夫が続ける。
夫は仕事上、講師として人前で話をする機会がある。その精度を上げるべく昨年1年間「トーク力」を磨く講座に通っていた。センスと量の関係はその講師が教えてくれたのだそうだ。
ほう、なるほど。センスって量なのか。センスって生まれ持ったものだと思っていた。
新婚の頃は料理するのが億劫で憂鬱だった。ある程度の時間で何品も作るのが苦手だったのだ。
料理に取り掛かる前に、まずはレシピ検索。
そのレシピの紙を握りしめスーパーへ。この頃は融通が利かず、レシピ通りの材料が揃っていないと料理を始められなかった。買い物の抜けや、あると思っていた冷蔵庫の調味料が切れていると分かった日には「あー、ダメだ。これじゃ完成しない」とすぐに戦意喪失するのだ。
やたら時間がかかって作られた料理たちはいつもライブ感などまるで無く、しょんぼりとした様子でテーブルに並んでいた。レシピ通りに作ったにも関わらず思ったような味にならない事も多々あった。
ところがどうだろう。結婚して8年目に入る今は、夕方初めて冷蔵庫を開けて材料を確認し、数分で3.4品の献立を組み立てることも可能になった。味付けも以前はレシピとにらめっこしながら一個ずつ丁寧に計量して調味料を入れていたが今はだいたいが目分量だ。茹でたり、煮たり、焼いたり3口コンロも同時進行で使いこなせるようになった。調理開始から出来上がりまでは大体40~50分。味も想像の範囲内に納まっている。
新婚時代、何度も失敗した結果が少しは実を結んだようだ。
「センスは量」
夫に言われたこの一言で、私は好きなあの人の事を頭に思い浮かべていた。
出会いは約13年前。彼の仕事が順調に軌道に乗り始めた頃だった。
最初はその童顔ゆえの可愛らしさが目に留まり、次第に注目するようになった。そしてその可愛らしさとは裏腹にたまに発せられる少し毒っ気のある言葉がギャップとなり、ますます私を虜にした。
初恋の相手でも、元カレでもない。
彼はお笑い芸人「オードリー」のツッコミ担当、若林正恭だ。
ご存知ない方に紹介すると、オードリーは2008年、日本で一番大きいとされている漫才の大会「Ⅿ-1グランプリ」に出場し見事「準優勝」を勝ち取った。その年の視聴率が関西地区で35%を叩き出したこともあってか、優勝こそ逃したもののオードリーは翌日からテレビで引っ張りだこの人気者となった。
しかし、この急上昇した人気が皮肉にも彼を苦しめたようだった。
のちに彼はこの頃の事をこう言っている。
「訳もわからず目の前の仕事をこなしていた。ただただ必死だった」
そしてある日、事件は起きる。
バラエティ番組の収録中に上手く立ち回れなかったことがショックで号泣するのだ。
自分の実力がまだまだであることを否が応でもつきつけられたのだろう。お笑い芸人ということもあってその場面は面白可笑しく放送されたが、これが普通の会社員だったらなかなかの痛手を負うところだ。
本人が感じていた「不甲斐なさ」をよそに、どんどんテレビへの出演を重ね、コンビの「ツッコミ担当」という立場上、番組のMCなどを任されることも増えていった。
さらに、彼は極度の「人見知り」という一面も持っていた。
日頃関わりのないスタッフと二人きりにされようものなら口を真一文字にして黙りこくり、椅子にぎこちなく腰掛け体は固まる。そして、そのしーんとした空気に耐えられないのかテーブルに置いてあった缶コーヒーを手に取りラベルの中の「成分表」を読み込む……というフリをしてなんとかその時間をやり過ごすのだ。自分から何か話しかけることは皆無だった。
しかし、毎日のように襲ってくるテレビ収録をなんとかこなすうちに場慣れもあるのか、MC姿も板についてくるようになった。
初期の頃から持ち合わせていた多少の「毒」に、状況を俯瞰してみる観察眼がプラスされ、鋭く切り込んだりツッコミを入れるのをテレビの前で私はとても楽しみにしている。
「Ⅿ-1グランプリ」という大舞台から13年。
今ではテレビで見ない日はないというくらいの活躍ぶりだ。7-8本のレギュラー番組に加え、ラジオ、書籍、ドラマ出演など勢いはまだまだ続いている。そして見るものに「安心感」すら与えるようになった彼がテレビの中で泣くことはもうないだろう。
そしてここ数年は、あの極度の「人見知り」ももう治った、とテレビで語っている。
「あき竹城と毎日ロケしてんだよ? そんなもん治るに決まってんじゃん!」
確かに年齢も性別もバックグラウンドも違う人と毎日のように仕事して、しかも「笑い」に変換すべく頭をフル回転させるのは「人見知り」の荒療治にもなりそうだ。
表舞台で仕事をする「量」に比例して、どんどん芸人としての「センス」が磨かれていったように感じさせられる。一般人からすると、もともと努力しなくてもできてしまう天才肌は見て楽しませてくれる分にはいいが、親近感が沸くのは「努力」してその立場を勝ち取った人だ。「量」を重ねればいつかは「センス」に行き着くのかも、という希望を持たしてくれる。
だから、最初は顔がタイプだった彼のことを今は中身もひっくるめて好きだ。
そういえば、今習っている「ライティング」の先生も言っていた。
「インプット」よりも「アウトプット」を意識することでライターズ思考に近づく、と。
とくかく書け、と。
ライティング、洋服、メイク、ゴスペル、ヨガ……好きだけどまだまだ磨かれていないものが私にはたくさんある。まずはやってみて、何度も何度もやってみて、やった分だけ結果に近づくと信じて積極的に挑戦していきたい。
そして、いつか言われたい。
「なんか、あの人ってセンスあるよね」
***
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