自分の中にある「知ってる」は「知ってるつもり」だった話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:深谷百合子(ライティング・ゼミ超通信コース)
四日市の工場夜景について取材を申し入れした時のことだ。
「僕らが小学生の頃と違って、今の小学5年生の社会科の教科書では四日市の公害のことだけで数ページも割かれているんですよ」
「そうなんですか!」
「公害の原因とか被害の内容だけでなく、その後どうやって改善してきたのかというところまで言及しているんですよ」
取材先の方からこの話を聞き、私は早速近所の書店へ行って小学5年生の社会科の『教科書ワーク』を買ってきた。自分が小学5年生だったのは遙か昔のことで、何を習ったのかすら記憶があいまいなのだが、今の社会科の教科書を見ると、時代が変化しているだけあって、産業に関する内容だけでなく、情報社会に関する内容も盛り込まれていて興味深い。そして、教科書の最後の章に環境に関する内容が載っていた。
私はページをめくってみて驚いた。四大公害病に関する内容だけでなく、大気や水質の汚染について、かなり詳しい内容が書かれていたからだ。
例えば、奈良盆地から大阪湾へそそぐ大和川の水質に関するところで、「BOD」という言葉が登場する。「BOD」とは川や海など、水質の指標の内の1つなのだが、はっきり言って専門用語だ。私なんて、30歳を過ぎて環境に関わる仕事に携わるようになって初めてこの言葉を知ったというのに、今や小学5年生でこの言葉を知るとは驚きだ。
なぜそんな専門用語が登場するのか? それは、ただ「公害があった」という事実を教えるのではなく、その後どう改善してきたのかを示すために必要な指標だからだ。つまり、経済の成長と生活の変化によって、空気や水を汚染する物質が増え、その後、法律の整備、技術の進歩、啓発活動、人々の努力などによって徐々に改善してきた経緯を、数値として示すために引用されているのだ。教科書には空気や水の汚染物質の濃度が、年々改善されてきている状況がグラフで示されている。
過去50年程の数字の推移を見ていると、ドラマを感じられるから不思議だ。グラフの線が急激にカクっと上昇したり下降したりしているところや、国が決めた基準を遂にクリアしたところなどを見ると、一体この時何があったのだろう? と興味が湧く。例えば大和川の水質は、1965年と比べて1970年の水質は3倍ほど悪化し、その後の5年で水質は2分の1程度改善するも、その後20年近くは横ばいのままだ。2008年以降は国の決めた環境基準をクリアして、今やピーク時の9分の1程度水質が改善している様子が見てとれる。
「ここは高度経済成長期で、流域に住宅や工場が増加した結果、急激に川の水が汚れたのだろうな」とか、「その後法律が厳しくなって、工場からの排水の水質が改善されたんだな」とか、「生活排水はなかなか改善しなかったんだな」というのがよく分かる。さらには、一旦汚染された環境は回復するまでに長い時間がかかることも見て分かる。
それでも、時間をかけて下水処理や浄化槽を整備したりすることで改善してきたというドラマがグラフの向こうに見えてくる。きっとこのグラフを見た子ども達は、「この先もずっと、基準よりもきれいな水質を保っていこう」と思うのではないかなどと想像する。
私が小学5年生の時は、まだまだ「渦中」にあった時代だから仕方ないかもしれないが、今の小学5年生は、「公害のその後」のことも知っている。行政、市民、企業がそれぞれどんな取組みをしてきたのかを知っているのだ。
だから、例えば「四日市公害って知ってる?」と問われた時、私たちの世代の「知ってる」と今の子ども達の「知ってる」には、大きな違いがあるのだ。
近鉄四日市駅近くにある「四日市公害と環境未来館」という施設を訪れた時のことだ。ちょうど小学生の社会見学に出くわした。大勢の子どもがうがいをしている写真や、喘息の治療を受けている人達の写真、煙突からもくもくと煙を出しているコンビナートの写真など、公害が発生していた当時の写真が展示されている大きなパネルの前で、語り部の方々か大勢の子ども達を前に、当時の様子を語っていた。
「コンビナートで石油を燃やした時に出た煙に含まれていた物質が原因で、喘息になる人が増えたんです。それじゃ、公害患者さんや地域の方のお話を音声で聞けるコーナーがありますから、ワークシートにお話をメモしてきて下さい」
語り部の方がそう言うと、子ども達が一斉に情報検索コーナーに散らばった。
私はその様子を見ながら、「被害に遭われた人々の話をメモし、公害の恐ろしさ、罪深さを学んで終わるのかな?」と思っていた。自分が小学生の時、公害によって引き起こされた被害を学び、それが工場から出る排気や排水によるものだったと知って、何となく子ども心に「工場はこわいもの、悪いもの」と感じたのが思い出された。だから、その後工場の環境対策に携わった身としては、「それだけで終わって欲しくないな。工場側の努力も知って欲しいな。工場なんて体に悪いモノを出すんだから、なくなればいいなんて単純に考えて欲しくないな」と思っていた。
その時、「じゃあ、そろそろこっちに集まって」と先ほどの語り部の男性が子ども達に声をかけた。そこは「環境改善の取組み」のコーナーだった。大気の汚れ具合を測定する機器が展示されていたり、行政、企業、市民それぞれがどんな事に取り組んできたのかが、パネルで紹介されている。
そこで語り部の方は、「公害のその後」を子ども達に伝えていた。法律が整備されたこと、有害なガスを処理する技術が取り入れられたこと、空気の汚染状況を測定するようになったこと等を説明し、子ども達は皆一生懸命メモをとっていた。その様子を見て、私はホッとした。同時に、私が子どもの頃には知り得なかったことを、今の子ども達は知ることができるということに、ちょっと羨ましさも感じた。
どんなことでもそうだが、私は「乗り越えてきた道のり」の中に「宝」があると思っている。なぜなら、同じような問題を抱えている時や新たな問題に直面した時の道しるべになるからだ。
上手くいったノウハウだけを語るより、上手くいかなかったところ、苦労したところもひっくるめた「ストーリー」があると、人は勇気づけられる。だから逆に、自分が何かを乗り越えた経験があるのなら、後に続く誰かのために、その道のりを形にしておきたいと思う。
そして何よりも、40年ぶりに小学5年の社会科の教科書を見て、「私は昔のまま止まっていたんだ。時代は進んでいたんだ」と感じた。自分が「知ってる」と思っていることは、実は「知ってるつもり」だけなのかもしれない。
大人になると、学校のように誰かが教えてくれるわけではない。だから、「もしかして、私は知らないかも?」という前提で物事を見ていくことが必要だと思ったできごとだった。
***
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