メディアグランプリ

鋭い言葉が刺さった朝に


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記事:林明澄(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
心が痛い、痛い、痛い。
 
とある夏の朝、私は仕事へ行くため家を一歩出た。その瞬間、まるでバケツにいっぱいになった水が溢れ出すように、突然涙が溢れた。枯れることを知らない泉のように止めどなく溢れ、嗚咽がこみ上げた。
 
私はその年の3月に大学を卒業し、4月から社会人になった。私の仕事は、最初の2年間に様々な部署を数ヶ月ずつ経験し仕事内容を覚える。それまでに経験した3つの部署はどれも学びがあり、何より楽しかった。この仕事に就いて良かったと思ったし、新人ながらにとてもやりがいを感じていた。
 
その日は、新しい部署へ配属になってから20日が経過したときだった。
 
一緒に働く上司には様々な人がいる。年齢や性別、性格や後輩への教え方は様々だ。
とある女性の先輩と初めて一緒にしたとき、私は立ち振る舞いや仕事内容を鋭い口調で逐一細かく指摘された。指摘は、否定ばかりでどうしたら良いのかとその理由は教えてもらえなかった。それ以降も、一緒に仕事をするたびに指摘は続いた。
怒られた内容の中には、自分自身の至らなさや未熟さが原因で早急に直したこともあったが、許容される内容、間違っていない内容についても注意された。
 
違うと思ったとき、うまく言い返せれば良かったのだけれど、その強い口調と圧に負けて、私はただただ「すみません」というのが精一杯だった。
 
挨拶をしても無視。それは、その先輩が意図したことではなかったのかもしれないが、睨まれているとも感じることもあった。
 
先に配属を経験した同期から、その先輩は誰に対しても言い方がきついが、特に女子には厳しいと聞いていた。
ああ、この人は常に誰かを攻撃していないと生きていけない人なんだ。
 
私は大丈夫。その人は何かしらの満たされなさがあって、口調がきつくなってしまっているんだ。そう自分に言い聞かせて毎日仕事に向かっていた。
 
けれど、慣れない仕事、何をしても怒られる状況に徐々に心がついて行かなくなった。
その先輩の前では動悸がして頭が真っ白になり、体が固まった。他の先輩の前では出来ることが、その先輩の前では出来なかった。
 
朝早く、家の前で泣きながら私は思っていた。思ったように動けない自分が嫌い、標的にされてしまう自分が嫌い、と。
 
人の言葉に動じない強い人間になりたかった。そうなろうと思って“強い自分”を演じてみたこともある。けれど、そう演じると発する自分の言葉に無頓着になってしまう気がした。気づかないうちに、言葉で相手を傷つけてしまうのではないかという恐怖に駆られた。自分の中の大切なものを失う気がして怖くなった。
 
泣いて泣いて泣き疲れてきた時、私はとある友人の言葉を思い出した。
 
その友人はその頃、とある難病が見つかり幼少期からの夢であったリハビリの仕事を諦めなくてはいけなくなった。新しい部署へ配置換えをされたばかりであった。
 
「病気になってすぐは、その事実を受け入れられず泣いたけれど、今は病気になったのが自分で良かったなって思っているんだ。もし、誰かがこの病気になる運命だったのだとしたらね。大切な家族やパートナー、友人など周りの人が苦しんでいるのを見るのは辛いもの」
 
ああ、どんな世界であっても心に痛みを抱えている人がいて、いや、きっと誰もが心の痛みや満たされなさ、寂しさを抱えて生きていて、時にそれが言葉にのって誰かのところに飛んでしまう。
 
それなら、この職場において攻撃する対象が同期の子じゃなくて、周りの人じゃなくて自分で良かったのかもしれない。周りの人が傷ついているのを見るのは辛いから。
 
そう思ったら少しだけ心が軽くなった。
その日も相変わらずその先輩の当たりが強かったけれど、仕事で一緒になった男性の先輩は温かい言葉をかけてくれた。優しく分かりやすく教えてくれた。大きく深呼吸をして落ち着いて周りを見ると、きつい口調だったのはその1人だったのだと気づいた。
 
仕事が立て込んで遅くなった翌日、その日もずっと口調のきつかった先輩が言った。
「長い時間ありがとう。お疲れ様」
その瞬間、人の命を預かる仕事に張り詰めていた緊張の糸がほどけた。
 
仕事の帰り道に見た夜空の星は、涙で滲んでいた。
 
私は、時々言葉が鋭い刃物のように感じることがある。
一方で、美しいお花のように心を癒やしてくれることもある。
 
温かい人の声まで、鋭い一言でかき消されてしまってはもったいない。
そして同じ言葉を紡ぐなら、私は相手の心に花を咲かせられる人間でありたい。
 
この部署での仕事がしんどくないと言えば嘘になるけれど、鋭い言葉によって心が苦しいことだけで占領されてしまわないように。どんなときにも物事の楽しい面にも目を向けていられたらいいな。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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