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フライング・ショッパー、口座からお金が消えていった日常

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あき(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
ある一枚の絵に引きつけられる。
吸い込まれるように導かれた場所に描かれたもの。
それは高いビルからショッピングカートを追いかけるように転落していく女性だった。
 
2011年ロンドンの高級ブランドショップが立ち並ぶエリア、そこにある取り壊しが決まった廃ビルに突如現れたストリートアート。
 
目を奪われながら、5~6年前の記憶が自然と膨れあがる。
時間が経つにつれ、私の頭の中が見ている世界はすでに目の前に存在する絵ではなくなっていた。
 
「フライング・ショッパー」
その絵に添えられたタイトルがチラッと目に入る。
意外だな、アートってもっと抽象的かと思った。
名前そのままだと身近に感じつつ、いつしかショッピングカートを追いかけながら破滅へと向かうこの女性と自分のイメージは重なっていく。
 
バンクシー。天才か反逆者か。
存在が謎に包まれたストリートアーティスト。
現代アートの世界で物議をかもしだすその作品が集められた展示会を訪れた。
 
これまで芸術は自分の人生とは殆ど無縁の世界だった。
子供の頃には人並みに落書きのような絵を描いたりするのも好きだったが、大人になってからはサルバドール・ダリの作品展に知り合いが行くからと1回だけ観に行ったくらい。
アートの世界なんて全くわからない。バンクシーなんて名前は聞いたことあってもどんなアーティストかなんて知らなかった。
 
そんな自分が天狼院書店に足を運んだとき、偶然スタッフの方から近くでバンクシー作品展が開催されていることを聞いた。
短いやり取りの中でその存在になんとなく興味を持つ。
 
近くだし暇だから行ってみよう。
作品展の入り口から中に入り薄暗い店内を見渡す。鳴り響く音楽。重低音のサウンドはワクワクとドキドキを重ねながら気分を高揚させ、少しの不安を織り混ぜるように鼓動を加速させる。
 
1階に展示されたバンクシー作品の代表の一つである反消費主義をテーマに掲げた社会を風刺する作品の数々。その中に置かれていたのがフライング・ショッパーだった。
ビルから転落していることに果たしてこの女性は気づいているのだろうか?
 
自分が落ちていることよりショッピングカートが手元から離れていくことを恐れているかのようだった。
必死に手を伸ばしカートを掴みながら落下していくその姿は消費という行為のなかに潜む、怖さ、愚かさ、中毒性をシンプルに伝えていた。
 
この絵が目に止まり対面する。
時が止まってどれだけの時間が経っていたのか。
真っ直ぐに作品を見つめながら私は動けなくなっていた。
悲しいことにその絵に描かれていたのは自分だったからだ。
 
5~6年前のあの時期、私はいくらお金を使っていたのだろう。
間違いなく消費依存だった。
 
以前の会社で働いていた頃、多くのストレスが溜まりに溜まっていた。人間関係や職場環境が破綻していくのを目の当たりにしながら何もできなかったことで無力さを痛感した。
その会社で仕事を続けていく未来も見えず、それにともなって社会に必要とされてないと感じる孤独感が日増しに大きくなった。
そのはけ口が私にとってはお金を使うことになっていたのかもしれない。
 
当時の自分にとって消費することは社会と繋がっているという証明だった。
 
食欲、性欲、睡眠欲。
人間の根幹は3大欲求と言われるが、ヒトを人として成し得ているものは自分という存在を求める承認欲なのではないか。
その形はさまざまだとは思う。
 
洋服や靴、時計、雑貨、さらに家具に至るまで。お店を周りながら欲しいと思うモノに対して財布を出すことに対する躊躇いがまったくなかった。
 
お金を払うことが自分という存在を認めてもらう手段となり、社会から必要とされてると強く感じるための承認欲を満たす行為となっていた。
 
途中ですでに自覚はしていた。
買うという行為そのものが感情を刺激するピークであり、手に入れたモノに対する愛着や利用頻度が極端に少ないことが何度あったことか。それでも止められない。
 
自分自身がすり減っていく。
そういった寂しさを埋めるように同僚や仕事関係の人と仕事終わりにご飯を食べにいく回数が増え、その度に全部ごちそうして支払いを済ませていた。金銭感覚が麻痺していたのだ。
結局その金額も重ねていくことで身の丈を大きく超えていく。
 
収入を超えるクレジットカードの明細が毎月のように届く。
銀行口座の残高は見たことないスピードで減っていく。
仕方ないと思いながら、支払いの延滞を防ぐ目的で分割払いにあとから変更した。その行為はとてもみっともなかった。
毎月の支払いは減っても、所詮は目先の問題を見ないように引き伸ばしているだけ。大量消費することで承認欲を満たした対価をこれからも支払い続ける期間を想像する。ただただ虚しくなった。
 
生活全てを変えるために私は転職を決意した。
4年前のことだった。新しい会社では環境、関わる人も当然変わっていく。幸運なことに自分の時間や収入は大きく増えた。
入社のタイミングにより最初のお給料が振り込まれるのが翌月に繰り越されると聞いていた。支払い予定の金額と銀行残高を見比べながら計算する。大丈夫、ギリギリ間に合うはず。
 
転職した会社での初めてのお給料日。その前日に私は銀行口座を確認した。そこに残っていたのは5000円程度の数字。
分割払いに変更して調整した支払いはこのタイミングで全て終えることができていた。身の丈を超えた消費でくだらない借金が発生するのは防げた。
 
通帳をぼんやり見ながらこれまでのお金の流れを思い返す。
自分がやったことなんだよな。
そこにあるのは口座に残った小さな数字、虚無感、そしてほんの少しの安堵だった。
 
振り返ると私は自分のことがずっと嫌いだった。
人生はやり直せない。
残酷でありながら、確かにそこに存在する現実。
 
それでも、もし過去の経験がなかったら?
同じアート作品を見たときに何も感じなかっただろう。
欲しいモノを買い続けたその反動なのか物欲がほとんど無くなり、今ではお金の使い方も変わった。
 
考え方や価値観、感情の揺らぎというのは間違いなく過去の重なりから生み出されていく。自分にできることは経験がどう活きるのか前を見ながら向き合っていくことだけである。
 
最近出会った1冊の本がある。
そこに描かれた言葉は優しくも厳しくも私を包んでくれた。
これからの未来は過去に対しての解釈を変えていくことができる。過去は変わらなくとも捉え方は変えることができるのだと。
 
 
「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」
引用元:『マチネの終わりに』平野啓一郎 著 毎日新聞出版 発行
 
 
 
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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