メディアグランプリ

乾いた心に水を与えてくれた猫たち、どうもありがとう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
不意に涙がぶわっと溢れた。
(おかしい……泣くような場面でもないのに)
目の前の全身全霊で踊るダンサーを見ながら私は泣いていた。
 
久しぶりに劇団四季のミュージカル「CATS」を観に来た。今日は長男も一緒だ。
 
前もって購入していた電子チケットを係員に見せ、いよいよ劇場内に入る。猫たちが住む都会のゴミ捨て場を現したそのステージは客席にまでその世界観が広がっている。古くくたびれたソファ、傷だらけのテニスのラケット、壊れたギター……そして、それを取り囲むようにカラフルな電球たちがぶら下がっている。薄汚れているはずなのになぜか活気に満ちた明るい場所。もう、それを見た瞬間から「CATS」の世界観にすっと引き込まれていくようだった。
 
その活気に満ちたステージとは裏腹に先ほどから「感染症対策」についての事務的なアナウンスが何度も流れる。観客は鑑賞中もマスク着用はもちろんのこと、歓声を上げることは禁止。そして会話も控えるように、とのことだった。観客たちはみなマナーよく座っているが、たまに隣の家族と少しのおしゃべりをしようものならすかさずアナウンスが流れる。そして、マスクとフェイスシールドと手袋をつけた係員たちが大き目のボードにマスクとおしゃべり禁止のイラストを頭上に掲げながら客席の通路を何度も行ったり来たりしている。感染症対策の徹底ぶりは安心感を与えると同時に少しばかりの緊張感も与えた。
 
客席がだんだんと暗くなり、場内放送で劇のスタートがアナウンスされる。
いよいよ始まるようだ。
暗くなった劇場内で猫の目がいたるところでピカッピカッと光る。緊張した長男が私の手をぎゅっと握ってきた。急に暗くなったところに光る猫の目が一瞬怖くなったのかもしれない。「大丈夫だよ」の気持ちを込めて長男の手をぎゅっと握り返す。
 
大きなバックミュージックと共に猫たちが登場して来て歌い、踊る。
猫たちは揃ったダンスを見せているはずなのに、その踊りの中で個性も見せてくれる。私は今回がおそらく3度目の観劇で熱狂的ファンに比べればCATSの知識はない。しかし、踊りや歌い方、セリフの言い回し、ちょっとした仕草をみているだけで
「この猫はきっと3枚目のキャラだな」とか
「人(猫)としてはだらしないけど、なんだかんだ女にもてるタイプだわ」とか
「ちょっと、このメス猫の色気、尋常じゃないんですけど!」
とか思ってしまうほど、演者の猫への投影ぶりがすさまじく、もう「なりきる」とかの範疇をこえているのである。
特に色気のあるメス猫のくねくねとしてなまめかしい動きを見ていると
「これ、5才の長男に見せてもいいんだろうか」と思ったほどだ。
 
そして、各猫たちの肉体美! 手足のすらりと伸びた長身の猫もいれば、少しむっちり(にみえる)さん、筋肉隆々の猫……みなタイプは違うのにその鍛え上げられた肉体はほれぼれしてしまうほどに美しかった。
 
その美しい猫たちがステージの上を所狭しと飛び跳ね、踊り、歌いあげる姿を見ていると心の底からエネルギーが湧いてくるような、そんな感覚があった。
 
「これだよ、これだよ……こういうのに触れたかったんだよ」
私は心の中でコロナによって諦めた色々なものを思い出していた。
 
本当は今年の夏、家族でオリンピックを観にいくはずだった。仙台で行われるサッカーの試合に当選していたのだ。結局、無観客での開催となったが、その前から我が家では何度も夫婦会議が行われオリンピック鑑賞をどうするかについて話し合った。子供に何かあったら、を考えると強行突破はできない、と泣く泣く諦めたのだ。
 
また趣味でやっているゴスペル教室が毎年開催している夏のフェスも勿論なくなり、私たちは日頃の成果を発表する機会を失った。
 
更には子供の運動会なども、感染症対策として「短縮・短縮」の2年だった。
 
もう慣れっこだよ、と思っていた。だって人の命には変えられない。だから今は我慢の時期なんだ、と。そして、もちろんみんなが我慢したおかげもあってコロナが落ち着いてきているのは間違いないだろう。
 
だからこそ、久しぶりに本物のエンターテイメントに触れたとき、自分の心が動くのを感じた。
いいものに触れるのって心の栄養だよなぁと。
そんな事を考えながら鑑賞していると、猫たちが客席にまでせりだしたステージの通路にやってきて、はちきれんばかりの笑顔で観客ひとりひとりの顔を見ながらこれでもか、とばかりに圧巻のダンスを見せてくれた。
すると、なぜか、胸にグッとくるものがあり気づいたら目には涙が溢れていた。
 
観客は全員マスク姿で歓声を上げることも禁止されている。猫たちからみたら無表情に見えるかもしれない。そんな観客相手にあれだけのパフォーマンスを渾身の力でやっているのを見ていたら
「伝わってるよ! 演者さんたちの気持ちは十分に伝わっているよ!」と思ったのだ。
 
コロナでみな我慢の日々が続いた。
私の心はいつの間にか乾物の「しいたけ」みたいになってしまっていたようだ。
からっからに乾いてしまっていた。しかも、そのことには気づかないでいた。けれど、この「CATS」を見た瞬間、私の心はたっぷりの水で戻されてふわふわな柔らかさと弾力を取り戻したようだった。
乾物は「戻す」ことで初めて、その素材を活かすことができる。人も生活に潤いを与えていくことで、より楽しく豊かな道が拓ける。そんな気にさせられた。
 
ステージが終わり、演者たちが何度も何度も出てきてはお辞儀をし、観客のみんなが拍手を送る。
そこにはバーチャルでは計り知れない感動の「熱」があった。
 
あれほど緊張していた長男も無事? ミュージカルの素晴らしさに魅了されたようで、帰り道何度も「ぼく、きょうは、たのしかったなー」と言っていた。
 
これからもコロナが完全に収束することは難しいだろうし、共生の時代になっていくと言われている。こんなご時世だからこそ心が潤うものをシャワーのようにたくさん浴びていきたい。
魅力的な猫たちと再会した夜、私はまた劇団のサイトを開いていた。
「次は、何を観にいこうかな」
 
 
 
 
***
 
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2021-11-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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