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八方塞がりだった私を救ったのは意外なものでした


*この記事は、「実践ライティング特別講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

「実践ライティング特別講座」文章を書く前にするべき7つのこと

記事:今村真緒(実践ライティング特別講座)
 
 
「こうじゅうじんたいこっかしょうに、間違いありません」
大学病院の医師の発した言葉が、何を意味したのかさっぱり分かりませんでした。病名であることは分かっても、それがどのような病か、ましてやどのような漢字で書くのかも分かりませんでした。
「……すみません。どんな字を書くのですか?」
まずは、字面から理解してみようとしました。
「後縦靭帯骨化症、と言います」
医師は、紙に漢字で書いてくれました。
 
後縦靭帯骨化症とは、簡単に言うと背骨の中の靭帯が骨化していく病気で、脊髄の入っている管を圧迫して様々な症状を引き起こすとのことでした。原因不明で治療法のない、いわゆる難病指定の病気です。重症になれば、歩行困難や、一人で日常生活ができず介助が必要な人もいるというのです。
 
まさか、自分にそんなことが起こるなんて考えもしませんでした。ここ数年、ひどい肩こりに悩まされていましたが、ただの肩こりと高を括っていました。けれど受診をする1か月前くらいに、肩がいつもよりも重くなり、右腕に今まで経験したことのない鋭い痛みを感じました。しばらく様子を見ていたのですが、少しも良くなる気配はなく、次第に指先に力が入らずに物を何度も落としたり、字を書くのが辛くなったりしていました。
 
しかも、大学病院を受診する前に交通事故にまで遭ってしまい、更に自覚する症状が増えていました。船酔いのような気持ちの悪さと、右足の感覚までおかしくなっていました。さすがにただごとではなくなり、地元の病院から大学病院に紹介をしてもらったのでした。
 
「どうにかならないんですか?」
縋るように尋ねた私に、医師は言いました。
「残念ながら完治することはありません。症状を抑える薬もありません。しかし、手術をすれば少しは症状が軽減されるかもしれません」
医師の説明によると、手術をしても改善が見込めるのは50%だといいます。もしかすると、手術をしても何も症状が変わらない場合もあるのです。手術は、私にとって賭けでした。けれど、半分可能性は残っているのです。夫と相談した結果、手術をお願いすることにしました。
 
首を手術した後、首にコルセットのようなものを装着した私は、何日か真っ直ぐに座ることもできませんでした。背もたれがあっても、フニャフニャと身体が滑って姿勢を保てないのです。何とか起き上がれるようになると、私はリハビリに全力を尽くしました。幸い術後の経過は良く、大学病院からリハビリ専門の病院に転院した後も、筋力を取り戻すためのトレーニングに励みました。
 
けれど、職場復帰するのには当初の予定よりも時間がかかりました。頭を支える首の負担が、どれほど大きいのか思い知りました。少し作業をしているだけで、首が辛くなるのです。早く復帰しなければという思いで、私は焦っていました。
 
時期的に急がなければならない仕事や、処理しなければならない仕事が山積みになっているのを気にしながらも、なかなか思うように復調できずに情けなくなりました。何とか状態が落ち着いて復帰した私は、これからやれるだけのことをやって退職することを決意していました。もう、潮時だと思ったのです。
 
私が役所に勤めて、20年が経とうとしていました。様々な部署を経験していく中、年齢的なこともあったのでしょうが、私は相談業務のような仕事を多く担当していました。相談に見えるお客様は、様々な年齢、価値観、バックグラウンドを持っており、自分が常識だと思っていたことが打ち砕かれる場面も多々ありました。
 
「どうにかできないんですか?」
役所勤めの私のところに来る人たちは、皆そんなことを言いました。
泣きそうな顔をして来る人、怒りながら来る人、能面のように感情を押し殺した人など、やって来る人たちは様々でしたが、共通していることは、皆何かを抱えた人たちということでした。
 
ここに来るまできっとどうにもならない思いを抱えてきたのだろうと思うと、話を伺うこちらも気が引き締まります。椅子を勧めて、お客様のタイミングで話しだすのを待ちます。もちろん初めから静かなお客様だけではありません。自動ドアに突進しそうなほど、荒々しい感情を露わにして来る方もいましたから、いきなり怒鳴りつけられたのも一度や二度ではありませんでした。
 
よく「お役所仕事」と言われることがあります。そう言われるときは、あまりいい意味ではないでしょう。イメージとしては、融通が利かない、冷たい、保守的といったところでしょうか。困りごとを相談したいのに、取り付く島もない、愛想もない。そんな風に思われていることも多いような気がします。
 
私はそう言われるのが、とても嫌でした。確かに役所というのは、公共サービスであり住民の皆さんにとって公平であらねばならないという不文律があります。特定の個人に肩入れしてサービスするということはできないのです。けれど、もうちょっと笑顔で対応したり、分かりやすく説明したりすることで、印象を変えることができると思いました。
 
また、役所に相談に来るお客様は、問題がどうしようもなくなってから来られる方も多い印象でした。家族間、ご近所づきあいなどで解決できなかったことを持ち込まれるケースもよくありました。それで問題が随分とねじれてしまっていることも多く、第三者が入っても感情的に受け入れられなくて、行き場のない思いをぶつけられる場面もよくあることでした。どうにかしてあげたいけれど、法律や制度と照らし合わせて説明し提案をすることしかできません。そんなお客様に少しでも納得していただくにはどうしたらいいのか、自問自答を繰り返す日々でした。
 
私にできるのは、ひたすら相談者の気持ちを尊重しながら聴くということでした。正直に言えば、同調できることもそうでないこともありました。どうしてそんな風に思うのだろうと不思議に思う人もいました。けれど、相談に来る人は「分かってほしい、聞いてほしい」「解決してほしい」と思ってやってくるのです。何の権限もなく、ましてやカウンセラーでもない私にできることなど限られています。お話を伺って、その人が使える制度や機関を紹介し、申請のお手伝いや不安がないように仲介をするという、解決への糸口までお供することぐらいです。
 
だからこそ、その入口へたどり着くまでを、私は大切にしたいと思いました。それが、決まりごとに囲まれている私ができるサービスだと思ったのです。不安や怒りなど、その人がそう思った経緯や価値観が私とはまるっきり違うものであったとしても、一旦受け入れる姿勢で聴こうと思いました。何時間も理不尽なことを繰り返し言う人であっても、こちらが真剣に聞いている姿勢が伝われば、怒りを鎮めて冷静に話してくれる人もいました。
 
けれども、そんなことを繰り返すうち、知らずに私の中には滓のようなものが常に積み重なっていきました。どうにもできないことをどうにかできないかと悩み、思うようにいかないことに無力感を感じることが増えていました。マイナスの感情に引きずられて、家に帰ってもずっと仕事のことを考えていることが多くなりました。
「今病気になったら、仕事のこと考えずに済むかな?」
まさか本当に病気になるとは知らずに、そんな思いがよぎったこともありました。
 
「どうにもならないかもしれないけど、どうにかしたい」と思うのは、誰にでも少なからずあるのではないでしょうか。私に相談してきたお客様の中も、「どうにかできるならば」と期待して来る方がほとんどだったはずです。自分では解決策が思い浮かばないから、相談してみて何某かのヒントや解決に繋がる知識を得ようとして足を運んでこられたのです。
 
もちろん、自分が思うようなものが得られなかった場合もあったと思います。けれど話をすることで問題の整理ができたり、次は何をした方がいいのかという行動に繋がったりと、お客様の変化を間近で見られたことは私にとって意義深いことでした。たとえ問題自体はどうにもならなくても、どういう風に対処していくかということで、問題に対する視点や気持ちの持ち方を変えることができるからです。
 
退職の日まで、私はできる限り仕事に打ち込みました。最後の最後まで私なりに走り続けて、20年以上お世話になった職場を去ろうと思ったのです。
退職の日も、私は残業していました。やり残したこともあったかもしれませんが、自分が決めたところまでやってから終わりたかったのです。
 
本当は、退職することに負い目を感じていました。病気のことがあるとはいえ、長年勤めた場所を早期退職するということが、仕事から逃げ出すように思えたからです。例えば、マラソンでみんなと一生懸命にゴールを目指して走ってきたのに、自分だけリタイアして投げ出してしまうような感覚でした。けれども、無理をしながらこれまでのペースで走り続けるよりは、一旦リセットしてまた別の道を自分のペースで進もうと、ようやく自分の中でケリをつけることができました。
 
それから3年が経ちました。病状は今のところ落ち着いていて、右半身の痺れや手先の細かな動きがスムーズにいかないことはあるものの、自分で日常生活を送ることができています。仕事も短時間のパートに変更し、家にも早く帰ることができるようになりました。
 
今は、日の光の暖かさを改めて感じることが多くなりました。明るい内に家に帰っているせいもありますが、時間に余裕ができ気持ちにも変化があったせいだと思います。どうにもならないと仕事で悩んでいた私は、どうにもならない病気を経験したことで、思うようにいかないことに対しての免疫ができたような気がします。
 
今まで、思うようにいかずに無力感に苛まれたり、絶望のような気持ちに襲われたりすることがありました。けれど、病気によって、自分の体が自由に動ける時間というものが、ひょっとしたら期限があるかもしれないと思ったとき、私の中で意識が変わりました。「どうにもならないことをどうにかしたい」と悶々と悩むことで時間を使うより、「どうにもならないこと」を事実として受け止め、その対処法を考えて行動していく方が、自分の気持ちを楽にできることに気がついたのです。
 
できることを活かして、できないことは認めて受け入れよう。悩んでも仕方のないことは、悩む時間がもったいない。そんな風に思えるようになりました。フッと肩の力が抜けると、温かい日差しや自然の豊かさに目が向くようになり、しぼんでいた風船が膨らむように明日への期待が生まれるようになりました。
 
ある意味、八方塞がりだと感じていた私を救ってくれたのは、病気だったのかもしれません。「どうにもならないこと」である病気が、考えようによっては新しい一歩を踏み出させてくれたのです。全く違う方向へと人生の舵を切ることは勇気が要ります。けれど、変化を楽しめるようになれたことで、私は自分の新たな可能性を見つけ始めたような気がしています。
 
 
 
 
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2021-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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