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統計わんこよ、ありがとう!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飯田 裕子(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
「みなさん、授業には来なくてもいいですからね。来なくても、テストを受ければ単位はさしあげますから」
 
大学の中には、大学1、2年生に向けて、教養課程を用意している学校がある。これは必修で、文系科目も理系科目も、まんべんなく履修する必要がある場合がほとんどだ。卒業してから何年もたつ今は、いろいろなことを勉強しておく意義も理解できるが、数学嫌いが数学を、歴史嫌いが歴史を勉強させられる、というのも多くの学生には苦痛で、そういう学生は、新歓コンパで先輩から単位が取りやすいと教えてもらった授業に走るのだった。
 
「統計学の授業は楽だよ。出なくても単位くれるよ」
 
そう聞いて行ってみた講義室は、人であふれていた。120人収容の講義室に250人ぐらい押しかけていただろうか。部屋に入れない人もいた。その時先生がはなったのが冒頭の言葉だ。
 
「まだこんなに来るんですか。来なくても単位はあげると言ったのに」
 
先生が毎週そう言い続けるうちに、来る学生は減っていった。来るな、と言われるのに、わざわざ行かなくても……。そういう私は、この文が書けるのだから、一応真面目なヤツの方の部類で、時間もちょうど空いていて暇だったし、友達と来続けていた。「先生に悪い」という気持ちがあったのと(今思えば、先生は来ないでほしかったかも知れない!)、どうせなら何か学びたいなとも思っていたかと思う。
 
でも! それは表向きの理由。
 
実はもう一つ、よこしまだけど、通い続けた理由があった。その講義には、犬も参加していたからだ。当時は、ストリート犬がまだいて、大学にもよくエサをもらいに来ていたが、その中の一匹が、どうにもこの講義が好きだったようなのだ。その部屋に行くと、この講義の時間だけ、だいたいいつも演壇の脇に寝そべっていた。「何でくるんだろう? 聞いても分からないだろうに。今日も来てるのかな。どうしているかな」と、毎回足を運んでしまった。私は、彼女に「統計わんこ」とひそかに名前を付け、再会を楽しみにするようになった。先生も、授業中、統計わんこが演壇の脇で激しいくしゃみを6回も連発した日(あまりに匂うので、友達が犬の上の窓を開けたからだったのだが)以外は、彼女を特に追い出すこともなかった。「来なくていい」と言いながらも、それでも来る「学生」は、こばまず、のスタンスだ。
 
 
ある日、来た学生が6人だった。250人が受講する講義で、来たヤツが6人(私と友達を含む)!
 
先生は、「広い」部屋に散らばった学生の人数を数えると、
 
「うん、ちょうどいい数ですね。私は、これぐらいの人数になるのを待っていたんです」
 
ん? 何がちょうどいいんだ?
 
先生は、ニコニコして6人を前に集めると、教室を出て歩き出した。
 
これ、ほんとにやる気のない先生なら、行き先は喫茶店だったかも知れないが、行きついた先は、コンピュータ・センターだった。
 
まだ私が学生だった時は、大学ぐらいにしかコンピュータはなくて、それも時間貸しされていた時代だった。おいそれとは触れなかったのだ。今のようにコンピュータが一般的になって、みなが持ち歩くようになるなんて、誰が想像できただろう。
 
「これからはコンピュータの時代になるでしょうから、みなさんに、どんなものかお教えします。コンピュータは、コンピュータ用の言語を覚えないといけませんが、いろいろなことが出来るんですよ。コンピュータはそう簡単には壊れませんから、怖がらずに触ってみてください」
 
先生は、自分の周りを6人に囲ませて、実演をして見せてくれた。Windows95の発売前だったから、画面は真っ黒で、そこに緑の文字が点滅しているものだった。一人ずつ触らせてもくれた。
 
この経験は、来なかった多くの学生にとっては「ふーん」という一言で終わる経験だったようだ。が、その後は、だいたい20人ぐらいは集まって来ていたから、人数が多すぎるせいで、2度とコンピュータ・センターに行ける機会は訪れなかった。
 
ただ、私にとっては、この授業で得た経験は、大げさかも知れないが、将来をより楽しく生きていけるようになるための分水嶺になったように思う。その時、先生がコンピュータに触らせてくれたおかげで、食わず嫌いにならないで済んだと言おうか。他の文系学生の多くが卒業してから初めて職場で触ることになったであろう(そういう時代だった)コンピュータを、大学時代からすんなりと受け入れ、「何をしてもそうは壊れない」という先生の言葉を信じて果敢に挑戦してくることが出来たと思う。
 
先生にも「きちんと統計学を教えてやりたい」という気持ちがなかったわけではないだろう。「来なくていいよ」を連発することで、私たちの本気を試していたのかも知れない。
「そりゃあ、好きでもないことをするのは大変かも知れないけど、ついてきた人には、本気でいいことを教えてあげるよ」
そんなスタンスだったのかも知れない。
 
「○○はしなくてもいいよ。大変だからー」その言葉を真に受けていい場合もあるけれど、真に受けると損をすることも、人生にはあるのではないか。それをやるのが大変だ、と声をかけてくれるということは、ご本人は散々にそれをやってきて、大変だということを十分認識していることを意味しているのだろう。その人がその大変なことをやってきたことで成長して今があるのなら、やっぱり、大変でも、やってみた方がいいんだろう。
 
気乗りしないことがあっても、否定的なことを言われたとしても、まず続けてみる。自分でもちょっとやってみる。そうしていると、案外、何か得ることがある。それも、結構大きなきっかけとかを。
 
私の場合は、一緒に聴講していた統計わんこのおかげもあって、人生のきっかけの一つを得ることができた。統計学で犬に会ったのも何かのご縁。楽しみを見つけるようにすると、モチベーションも少しは上がるかも。
 
統計わんこに感謝! (もとい、先生ありがとう!)
 
ただ、正直に言えば、授業の記憶は鮮明にあっても「統計のいろは」はそれほど記憶に残らなかった。統計の記憶も残れば良かったけどね……。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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