高齢者の心不全に備えて、循環器医師の本音に学んだエンド・オブ・ライフケア
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記事:永島 美与子(ライティング・ゼミ東京会場)
90歳を超えた義母が、コロナが始まって間もなくの夜遅くに「心不全で救急搬送された」と、お世話になっている九州の老人ホームから連絡があった。都内に住む私たちは、すぐに病院へ行けない。家族の付き添いが難しくなっている時期であったが、近くの親戚が向かってくれた。
「今、診てもらってるけん。あとで、お医者さんが電話を直接あんたらにかけるって」
しばらく経ち、循環器の医師から長男である夫に電話がかかってきた。「ひとまず処置はできましたが、ご家族に確認したいことがあります……」、スピーカーにしたスマホから声が聞こえた。
「高齢でもありますし、申し上げにくいのですが、次に心臓の状態が急激に悪くなった時には、できれば延命処置をしたくないのですが、そっとしてあげても良いですか?」
「延命しない?助けたばかりで?」夫は、状況が飲み込めないようだった。
医師によれば、心臓の動きは正常よりもかなりダウンしている。まだ予断を許さない状況で、引き続き安定させるように努力はするが、今晩のうちにまた状態が悪くなった際、「延命」とは、蘇生して気管挿管をすることだという。高齢の義母が、そこから正常な心身を取り戻すのは難しい、という話だったと思う。
「弟と相談するので、明日そちらに向かうまでは助けてください」と、すぐに答えの出せない夫は、絞り出すように伝えた。
すると医師は、「え?東京からは来なくていい……、来ないでください、来ても会えません……あ、あ、ま、また連絡します」と言って、通話は切られた。医師のまわりで、別の患者が搬送されたのか、誰かが急変したのか、何かが起きている様子だった。当時、コロナによる緊急事態宣言下ではなかったが、次々と運ばれてくる地域の救急医療を担う病院に、東京からウイルスを持って来られることを強く警戒されている状況は察しがついた。
夫は、大阪にいる弟に電話で経緯を伝えた。
「年寄りだから延命するのが面倒なんちゃう?」
少々憤り、病院の医師に不信感を抱いた様子だった。母親に少しでも長生きしてほしいという感情が先に立っていた。私たちも医師に対する疑念は少なからずあったと思う。長寿命化で最終的に心臓の弱る高齢者が増加し医療が逼迫することを、心不全パンデミックという言葉でおそれられていると、聞いたことがある。夫は次の日、状況を確かめるため、ダメ元で飛行機に乗り、入院先の病院に向かった。
「病棟には入れなかったけれど、先生には会えたよ」
半日かけてたどりついた病院からかけてきた電話の向こうの声は、昨晩とは違い、何かを悟ったように落ち着いていた。
「夜中も診てくれていた先生と看護師さんがさ、相談室みたいなところを用意してくれて、東京から来たのに会ってくれて……」
ありがたいことに、義母は昨晩から、投薬で落ち着き、最悪な状況にはならなかった。ただし、いつまた悪化するか分からないのが高齢者の心不全で、積極的な手術等の治療は現実的ではないそうだ。今後、うまく持ち直したとしても、いずれ同じような急変を繰り返す中で心臓と全身が弱っていく経過をたどるらしい。
「心臓が止まってしまうと、かなりの力で先生が胸のあたりを押すらしくて……、高齢者は骨折することもあるって。救急搬送された時は迷わずできるけれど、短時間のうちにまた起きると、治療しているのか、痛く苦しめているのか……分からずに正直辛くなるって、僕よりかなり若い先生が本音を話してくれて……」
「あああ、あああ、先生、それは辛いね……」
その時、私自身も夫を通じて医師の悲痛な声を聞いたように思え、不思議なくらいすっと納得してしまった。ドラマや映画で救急車から運ばれた人を、医師が心臓マッサージするシーンはよく目にしていたが、義母を見守る医師や看護師の生の言葉が、感触として入ってきた瞬間だったように思う。救急搬送されてすぐは、できる限りの治療をしてくださるのだろう。しかし、またすぐに同じ状態が起こってしまったとき、高齢者の体に医師自らの手で力をこめて重さをかける救急処置をすることが、本人や家族のためなのであろうか?そのことを、家族は問われていたのだ。思わず、自分の両方の手のひらを見つめた。
もちろん、医師をはじめとした医療従事者の方々が、その場で判断される数えきれないほどの緻密な処置が、素人の私たちに理解できる範疇であるはずがない。しかし、その前の晩、私たちが睡眠をとっている間も、医師や看護師は、「一度は持ち直したといっても、また状態が悪くなったら、家族のために処置をしなければ」と重責を感じながら、義母に最善を尽くしてくれていた。義弟も電話で納得してくれた。
義母はその後、医師たちも驚くほど回復してホームに戻ることができた。退院時、夫が感謝とともに、「今後は先生ができる限りのことをしてくださったら十分です」と伝えたところ、医師は、「また苦しくなったら、何度でも救急で来てください」と話してくれたそうだ。
コロナ禍で、高齢者を助けること自体、おざなりにされていないだろうか?と一瞬でも懸念したことは杞憂だった。丁寧に一人一人の容態に合わせて尽くしてくださっていた。医師から役割ではなく血の通う人の心を感じられたことは、「いつか来るその日」を不安に待つのではなく、無事な一日一日を大切に最後まで見守ろうと思える家族へのケアをであったと感じている。
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