週刊READING LIFE vol.152

中国人の「おもてなし」で感じることができた正月気分《週刊READING LIFE Vol.152 家族》


2021/12/20/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「春節は日本に帰らないの?」
中国語の個人レッスンが終わると、先生は私にそうたずねてきた。
 
「うん、元旦に帰国させてもらったから、春節は休日出勤するの」
「そうなんだ。私も春節は帰省せずにこっちにいるから、仕事が終わったら私の家に遊びにおいでよ。中国の家庭料理を食べさせてあげる」
 
中国人の春節の過ごし方は、中国語のテキストで読んだことがあるが、実際に経験できるのだと思うと嬉しくて、私は先生に「行きます!」と返事をした。
 
あと1週間ほどで春節の休暇に入る中国では、あちらこちらに赤い提灯がぶら下がり、建物の入口には「福」の字を書いた赤い紙などが貼りつけられていた。日本の年末のような、何だかソワソワするような雰囲気を漂わせていた。
 
そして迎えた「除夕」、日本で言う大晦日の日。その日、私は休日出勤をしていた。仕事を終えて帰宅すると、携帯電話に先生からメッセージが入った。
 
「今日、何時頃来れそう? 今日は最初の予定より人数が増えるけど、気にしないでね」
 
誰か他の友達でも呼んだのだろうか。今までにもよくあることだった。
「人数が増えるなら少し多めに持っていこう」と、私は日本から買ってきていたお菓子をもうひと箱追加して袋に入れると、「今から出るね」と先生にメッセージを返した。
 
家から歩いて15分ほどで先生の家に到着した。扉を開けると、見知らぬ人が「入って入って」と手招きする。
 
先生は炒めものをしている最中で手がはなせなかったらしい。
「座ってゆっくりしてて」と台所から声をかけてくる。
 
部屋には年配の女性が二人と、先生と同じ位の年齢の若い女性が一人、そして小さな子どもが一人いた。先生の友人が遊びに来ているとばかり思っていた私は、ちょっと驚いた。
 
先生は「みんな私の親戚。おばさんと従姉妹、そして従姉妹の子どもね」と紹介してくれた。どうやら帰省できない先生に会うために、親戚の人たちが遊びに来てくれたらしい。
 
初対面の人たちに囲まれて、私はちょっと緊張しながら、皆にすすめられるままに果物やナッツを食べた。
 
集まっていた親戚の人たちは、日本人に会うのは初めてだったようだ。
「中国に来てどれくらいになるの?」
「何の仕事をしているの?」
「中国語はどれくらい勉強しているの?」
「四川の辛い料理は食べられるのか?」
などと、次々に質問してくる。知っているありったけの中国語を使って何とか答えるが、自分の思うようには話せないから会話が弾まない。一問一答みたいな会話で、合間におとずれる沈黙がちょっぴり居心地悪い。
 
「何だか場違いな所に来ちゃったかも」と思うが、彼らはあかの他人が混じっていることなど全く意に介していない様子で、話をしたり、テレビを見たりしている。
 
しばらくすると食事の準備ができた。4人掛けの食卓を6人で囲む。食卓の上には乗り切らないほどのお皿が並んだ。
 
「これは美味しいから沢山食べて」と、年配の女性が料理をとって、私のお皿にポイポイとのせてくれる。もう一人の女性が「スープ、もう一杯どう?」とすすめてくれる。
もうお節介なくらいに、「あれ食べろ、これ食べろ、もっと食べろ」とすすめてくれるのだ。おかげですぐにお腹はいっぱいになった。
 
食事を終えると、先生はテレビのチャンネルを変えた。
「これがテキストに出てきてた番組ね。日本にも大晦日に紅白歌合戦があるでしょう? それと同じ感じね。中国では大晦日、家族皆でこれを見るの」
と先生が説明してくれる。
 
すると横から先生の従姉妹が、さらに説明をしてくれた。
「昔はね、テレビ見て、それから皆で爆竹したの。でも、今はこの辺り、爆竹は禁止されてるから、できないのよ」
と残念そうに言う。
 
中国語のテキストで見たような、爆竹を打ち鳴らす賑やかな大晦日とは少し違うが、お腹いっぱいになり、皆でテレビを見て過ごす夜は、賑やかでありながらも穏やかな時間だった。最初は会話が弾まなくて居心地の悪さを感じていた私だが、皆で食卓を囲み、同じテレビ番組を見ている内に、「その場にいるだけでいい」という安心感が芽生えてきた。家族のように、別に何も話さなくても、同じ空間にいて同じ時を過ごす、そんな安心感だ。
 
私は初めて中国人と一緒に中国の大晦日を過ごせたことが嬉しかった。突然先生の家に遊びに来たという親戚の人たちが、日本人の私をオープンに受け入れてくれたことも嬉しかった。そして何よりも、大切な年越しの時間なのに、家族ではない他人が混ざっていても、全く意に介さず、むしろ喜んでもてなしてくれたというのが、不思議でもあった。
 
もしも私だったら、「家族が集まっている大晦日の晩に遊びに来るなんて、非常識」と思うだろう。そして、もしも「家族が来ている」ということを事前に知っていたら、私は先生の家に遊びに行くことを遠慮したかもしれない。でも、そんな遠慮は無用だったようだ。日本人の私が持っている感覚とは随分違うんだなと思いながら、私は真夜中に帰宅した。
 
それから1年後。また春節の時期がやってきた。
 
春節とは言え、私の勤めていた工場は24時間365日稼働している。だから私の部署も皆で交代で休日出勤をしていた。
 
大晦日の日、昼食を終えると、一緒に仕事をしていた中国人の同僚が声をかけてきた。
 
「今晩、家に遊びに来て下さい。一緒にご飯を食べましょう」
 
単身赴任をしている彼のところへ、飛行機に乗って両親と奥さんと子どもが来ているという。
 
普段なかなか会えない家族と過ごす時間なのに、私がそこにお邪魔してもいいものか迷ったが、せっかく誘ってくれたのを断ったら、彼の面子をつぶすかもしれない。
 
私は彼の申し出をありがたく受け取った。
 
仕事を早めに切り上げて、彼の車で一緒に家に向かった。彼の家に着いて部屋に入ると、お母さんと奥さんが魚を揚げたり、餃子を並べたりしていた。まだ幼い娘さんは、家の中でおもちゃを広げて遊んでいた。
 
挨拶をすませると、「さぁ、ちょうど食事の準備ができたから、座って座って」とお母さんが言う。「日本酒があります。飲みましょう」と奥さんがコップを出してくる。
 
私はこんな一家団らんの場に居ることが、ちょっと申し訳ないような気持ちがした。普段なかなか会えない家族との時間を邪魔してしまうのではないか。1年前、中国語の先生の家に遊びに行った時、「遠慮は無用だったんだ」と感じたけれど、さすがに気が引けた。
 
「せっかく家族で過ごす時間なのに、招待してくれてありがとうございます」と伝えると、同僚のご両親はこう言ってくれたのだ。
「中国ではそんなの気にしなくていいの。大晦日は大勢で賑やかに過ごすのがいいのだから」
 
私はその言葉がありがたかった。1年前よりは少しは中国語を話せるようになっていた私は、会社での同僚の働きぶり等を話し、いつも助けてもらってありがたいという話をした。同僚のご両親はその話を聞いて喜んでくれた。
 
食事をひとしきり食べると、同僚の奥さんが「デザートがあるから、ぜひ食べて」とお皿を持ってきた。お皿の上には、サイコロ状に切った黒いお菓子が載っていた。
 
「これは日本のお菓子。えーっと、TORAYA」と奥さんが言う。
 
「TORAYA? あぁ、虎屋! あんこを固めた甘いやつね」
羊羹を中国語で何と言ってよいか分からなかった私は、そう答えた。
 
「そう、これ美味しいです。日本に遊びに行った時に買ってきたものです。今日一緒に食べようと思ってとってありました」
「こんな高級なお菓子、まさか中国で食べられるとは思わなかった」
「良かった。どんどん食べて」
「ありがとう。でもせっかく買ってきたものなのだから、皆さんこそ食べて」
 
羊羹をつまみながら、ご両親や奥さんは、「日本には3回遊びに行ったこと、沖縄の海がきれいで気に入ったこと、次は北海道に行ってみたい」等と、口々に話をしてくれた。
 
「おもてなし」とは日本の代名詞のように言われることがあるけれど、日本人の私のために日本で買ってきたお菓子を食べさせてくれるなんて、なんという優しい心遣いなのだろう。そこで過ごした数時間は、久しぶりに感じる温かで優しく、豊かな時間だった。
 
「こんな風に過ごすのは、何年ぶりだろう?」
 
両親をなくし、「実家」というものがなくなってからというもの、私は年末年始を家族で過ごすことはなかった。おまけに、大晦日や元旦も仕事をしていることがほとんどだったから、私にとってはお正月といっても普段と変わらない生活をしていた。それが中国で、久しぶりに「お正月気分」を味わうことができた。
 
夜も更けてきて、同僚がタクシーを呼んでくれた。大晦日の夜ともなると、タクシーはなかなかつかまらないものだが、運良くすぐにつかまった。
 
タクシーに乗り込むと、私は運転手さんに
「大晦日の夜なのにお疲れさまです」
と声をかけた。
 
すると、
「俺まで故郷に帰っちゃったら、車に乗れなくて困る人がいるだろう?」
運転手さんは、笑いながら返事をしてくれた。
 
その言葉を聞きながら、私は
「今この時間も、会社では夜勤の人たちが、工場で年越しをしているんだな」
と思っていた。
 
春節は中国の人たちにとっては、家族や親戚、親しい人達と一緒に過ごす特別な日だ。日本人がお正月に抱く思いと同じか、それ以上だと思う。国土が広くて移動に何日もかかるとか、都市部に出稼ぎに出ていて、家族に会えるのは春節の時だけとか、帰郷することそのものが簡単でないことがあるからだ。その特別な日に、日本人の私を家族同様に迎えてくれたこと、そして、そんな日も帰郷せずに仕事をしている人がいることに感謝しながら、私は帰路についた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。

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2021-12-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.152

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