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4分33秒、黙ってて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
世の中には、この人、口から生まれたんじゃないか……というくらいのおしゃべりな人がいる、というのは本当で、そいうい人と例えば酒席を共にしたが最後、お酒が進むにつれ彼の酔いは回り、どうでも良いことを聞かされた挙句、不愉快な思いをして怒り心頭、もう金輪際あんな奴と酒なんか飲むか! と、これ以上の酒席での付き合いを断る旨のLINEを翌日に送信して縁を切る、という状況があるのであって、何を隠そうこの私が、その縁を切られたおしゃべりな人、その本人なのである。
 
「もう一緒にお酒を飲むことはないと思いますけど……光山さんの……はとても不愉快でした……」
 
知人からのLINEには、私の酒席における言動に対する痛烈な批判及び今後私と酒席を共にすることは一切ない旨、事細かに書いてあった。
 
二日酔いの頭でそのLINEを読みながら私は茫然とした。
 
生まれて初めてこんな内容のLINEをもらった。
 
前日の飲み会の席で、場を盛り上げるために良かれと思って調子に乗り、ピエロを演じたのがいけなかった。
 
知人を笑いものにしたつもりはない。
 
が、知人にとってみれば私のお調子者的言動が不愉快だったのだ。
 
120%、私が悪い。
 
「うぅぅ……」
 
ベッドの中で言葉にならないうめき声を出しながら、私は昨夜の自分を呪った。
 
知人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 
思えば私は酒席で酒が回り楽しくなると、しゃべりすぎる嫌いがある。
 
それを面白がって友人知人の輪がどんどん広がる、というメリットもあるが、数年に一度、今回のような大失態をしでかすことがある。
 
もういい歳をした大人なのだから「男は黙ってサッポロビール」の三船敏郎ではないが、楽しくなってもはしゃぎ過ぎない、黙って飲むということを覚えなくてはならない。
 
では私のようなおしゃべりが、黙って飲むにはどうすれば良いのか。
 
と、そんな時に思い出したのが『4分33秒』であった。
 
『4分33秒』とはアメリカの作曲家、ジョン・ケージ(1912年~1992年)が1952年に作った曲のことである。
 
『4分33秒』は1曲が3つの楽章から成り、その楽譜には音符の記載がなく、ただの五線譜が3楽章分並んでおり、それぞれに「長い休み」を意味する「TACET(タセット)」という文字が全章に渡って表記してあるだけ、という曲である。
 
試しに楽譜を文字にすると……
 
第一楽章、TACET(長い休み)
第二楽章、TACET(長い休み)
第三楽章、TACET(長い休み)
 
……以上、終わり。
 
つまり『4分33秒』という曲は、曲と言っておきながらその実、演奏する方は基本休みなのであって、曲の最初から最後までずっと無音の曲、一切の音が鳴らない休符だけの曲なのである。
 
無音の曲。
音が鳴らない曲。
 
言葉にすると禅問答のようなこの曲を、私が最初に聴いたのは高校の時だった。
 
「すごい曲があるから、今日は皆さんに聴いてもらいます」
 
音楽の授業中に先生がそう言って、とあるレコードを掛けた。
 
この先生はクラシックが専門で音楽に造詣が深く、吹奏楽部の顧問でもあった。
 
「じゃあ、いくよ」
 
針がレコードに触れた。
 
「……」
 
一向に曲が始まらない。
 
「……」
 
まったく曲が始まらない。
 
何が起こっているのか、しびれを切らした私たち生徒は、皆「は?」となって互いに顔を見合わせた。
 
レコード操作、誤った? と思って先生に目をやると、プレイヤーの横で腕組みしながら目を閉じ、顔をやや斜め上に向け「うんうん」と悦に入っている様子で、特に操作に問題が起こっているようには見えなかった。
 
それから1分ほど経っても、曲が始まることはなく、時たま針とレコードが擦れる「プスッ」という音が聴こえてくるだけであった。
 
そのまま無音は最後まで続き、ほどなくして先生がレコードの針を上げた。
 
「どうでしたか?」
 
さっきより少しだけ目頭を熱くして先生が私たちに問いかけた。
 
「へ?」
 
私たちは狐につままれた表情をしていたように思う。
 
私は、先生、とうとう気が違ったか、とも思った。
 
私たちの反応は想定内だったらしく、先生は「うんうん、そうそう」とニヤニヤ頷きながら曲の説明を始めた。
 
この曲はジョン・ケージという人が作った曲であること。
曲と言いながら音が一切ない、実験的な沈黙の曲であること。
それは沈黙が、聴き手にまわりの何気ない音を音楽として捉えさせる効果があること。
つまりジョン・ケージは、音楽は身の回りにもあるし、受動的に聴くものではなくて自ら発見するものだ、ということをこの曲を通して言いたかったのです……云々かんぬん。
 
如何にこの曲がすごい曲かを熱く語る先生を前に、教室中のほとんどの生徒がポカン顔をしていた。
 
「じゃあ、もう一回聴いてみよう」
 
先生はそう言って楽しそうに、もう一度レコードに針を落とした。
 
すると不思議なことに1回目とは違って、色々な音が聴こえてきた。
 
服が擦れる音。
咳払い。
校庭から聞こえる生徒の声。
遠くに車の走る音。
自分が息をのむ音。
先生が教壇に触れる音……etc。
 
音楽とまでは言えなかったが、身の回りにはこんなにも音が溢れているんだ、と私は思った。
 
と同時に沈黙の中に入ることによって、音から得られる情報が目に見えるように頭の中に入ってくる感覚を味わった。
 
「沈黙は自分の周りの状況を自分に教えてくれる」
 
沈黙の効用を人生で初めて体験した思いだった。
 
そんな『4分33秒』を私は約20年振りに思い出し、知人との一件以来、黙ることのトレーニングとして事あるごとに聴くようになった。
 
この曲の良いところは、いつでも、どこでも、それもスマホやアプリなしで自由に聴けることだ。
 
『4分33秒』を聴いている間だけは、私は黙り、自分の周りの状況に敏感に意識を向けている。
 
そうすると、これまでは気付かなかった色々な発見がある。
 
相手の表情。
その裏に隠されている真意。
相手の話す音のトーン。
そこから聴こえてくる、相手が本当に伝えようとしていること……etc。
 
日常のあらゆる場面でこの曲を聴くことによって、色々な発見があった。
 
特にお酒の席で独り聴く『4分33秒』は格別だった。
 
アルコールによって思い付いたことをすぐにでも口に出したい自分と、その自分に『4分33秒』という手綱を使って暴走を制御しようとしている自分。そしてその両者を俯瞰してみている第三の自分。
 
「男は黙って……」の三船敏郎のように渋い飲み手になったような気分だった。
 
『4分33秒』を通して私は黙ることを学び、その効果を改めて感じたのだった。
 
今宵も『4分33秒』をBGMにお酒を飲もうと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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