おっぱいが出ない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石川良美(ライティング・ゼミ12月コース)
一人目の赤ちゃんを出産したのは、クリスマス数日前の夜中だった。
朝に産科の検診があり行ってみると、その時点で子宮口が開いていると言われ、急遽入院となった。入院して16時間もの間、なかなか間隔が縮まらない陣痛にエネルギーを奪われ、意識がもうろうとした中で、2800gの女の子を産んだ。
ずっとおなかにいた赤ちゃんが、今目の前にいる。小さな目と、小さな口。感動し、ほっとした。
赤ちゃんは新生児室に連れていかれ、私は4人部屋の病室に行き、ベッドに横になった。朝起きたら、母乳をあげるんだ。なんの疑問も持つことなく、私はそう思って眠った。
翌日の朝から、授乳が始まった。私の赤ちゃんは平均的な赤ちゃんよりも少し小さめで、そして口がとっても小さかった。乳首を出して吸わせたのだが、20分くらい経って体重を量ると、ほとんど体重が変わっていない。つまりおっぱいを飲めていない、というサインだった。そのためおっぱいを吸わせた後で、足りない分ミルクを作って、飲ませた。
新生児は2時間か3時間おきに授乳をする。時間になったら授乳室というところに行って、授乳前の赤ちゃんの体重を量り、20分ほど授乳して、また体重を量る。1日目はことごとく、飲めなかった。赤ちゃんも小さいし、1日目だから飲み方が慣れていないのかな。仕方ないか。最初はそう思った。でも2日経ち、3日経っても、飲む量はほとんど増えなかった。というより、自分の乳房から、絞っても母乳がほとんど出なかったのだ。特に病気もなく健康体の私だから、出産すれば自分は自動的に母乳が出ると信じて疑わなかった私は、その事実に強いショックを受けた。必死で看護師さんに教えてもらった母乳マッサージをしてみたり、母乳の出がよくなるようにと母にあんころ餅を持ってきてもらったりした。でも一向に飲む量は増えなかった。
私はだんだん不安になった。どうして母乳が出ないんだろう。どうしたらいいんだろう、とだんだん思い詰めていった。4人部屋にいる他のママさんたちは、順調に母乳が出て、赤ちゃんたちの体重が授乳後に50g、60gと増えている。でも私は、どんなに長く乳首を吸わせても、5g、10gというありさまだった。みんなができていることなのに、私は出ない。強烈な劣等感を感じた。夜ベッドに横たわりながら、授乳時間や睡眠時間を記録しているとき、ふいに涙が止まらなくなったりした。
1週間後、赤ちゃんといっしょに退院した。そして実家に1か月ほど残り、両親の助けを借りて体を休めつつ、赤ちゃんを育てることに慣れていった。でも、その間にも母乳の量は増えることはなかった。朝も夜もなく、おっぱいを吸わせて、その後ミルクを作って飲ませる。ふらふらになりながら、暗い顔をしてミルクを作っている私に、母は言ったものだ。「なんでそんなに母乳にこだわるの。出なかったらミルクでもいいじゃない。心配なくてもミルクでちゃんと子どもは育つよ。あなた自身もミルクで育ったんだから」と。
でも、私は自分の母乳で子どもを育てる、というのが一つの夢だった。母親になったら自然と母乳が出て、それを飲んで子どもは育つように、人間というのはできている。そんな風に考えていたのだ。だから、あきらめることができず、鬱々と過ごしていた。
1か月後、私は赤ちゃんと共に家に戻った。そこから本当の育児が始まった。一人で家事もやり、育児もやり、授乳も行う。体力は戻っているというのに、相変わらず母乳は出ないままだった。私の顔はますます曇っていった。そこで藁をもすがる思いで、母乳育児相談所を探した。すると家から電車で30分くらいの場所に母乳マッサージをしてくれる助産婦さんがいることが分かり、子どもと共にその助産院を訪れた。
助産婦さんに乳房マッサージをしてもらったところ、「中の筋肉がとても硬いね」と言われた。そして、ともかくできるだけマッサージを受けに来なさい、と言われた。食生活も変えなさいと言われて、健康的な食事に変えた。私は1か月ほどほぼ毎日、そのマッサージに通った。そしてマッサージの後に必ず授乳し、体重を量った。でもなかなか母乳の量が変わらない。助産婦さんも首をひねる。絶望的な気持ちになった。
マッサージに通い始めて1か月半ごろ経った頃、助産婦さんが私の様子を見かねてか、ある器具を勧めてくれた。それは小さな点滴袋のような見た目をしていた。プラスチック製の平べったい水筒のような形をしており、その上部には首から下げられるように紐が付いている。そして、その水筒の下は少しすぼまっていて、キャップのようなものの先からは50センチほどのごく細いシリコンチューブが伸びていた。
これはメデラ社のSNSという母乳保育補助システムだという。SNSは、未熟児や口唇口蓋裂児の場合、そして私のように母乳分泌が悪いママが直接授乳できるための補助器具として使われているらしい。水筒の中にミルクを入れてキャップをし、首からこの水筒を下げる。そしてシリコンチューブの先を、自分の乳首の先に合わせるようにして、医療用のサージカルテープで張り付けるのだ。つまり、乳首を吸わせながらシリコンチューブを通してミルクを飲ませるような形になる。
私は、それで少しでも飲めるようになるのならと、早速そのSNSを使い始めた。それは哺乳瓶よりも扱いが大変だった。でも今までのようにおっぱいを上げてからミルクをあげる、という二度手間にならないでいいので、授乳時間が短縮され、少し楽になった。そして最初は違和感があったものの、だんだん慣れてきて、おっぱいをあげるのとあまり変わらない感覚で、SNSつきの授乳時間を楽しむ余裕が出てくるようになった。
SNSを取り入れる前の私は、本当に毎回切羽詰まった表情で授乳をしていた。そこに「おっぱいの点滴装置」なんて見たこともない器具を使い始めたことで、両親や、夫や、友人は、そんな私をきっと心配していただろう。でも温かく見守ってくれたおかげで、私はSNSでの授乳に慣れ、外出時もSNSを持参して授乳できるようになった。そして1歳の直前に卒入するまで、ずっとSNSを愛用した。最後まで娘は、満足できるだけの母乳を飲むことは難しかった。けれども私はSNSを使ったことで、たとえ本当の意味で母乳育児ではなかったとしても、母乳育児とほぼ同じスキンシップを、彼女と持つことができた。今大きく成長した娘を見て、それには意味があったと自信を持って言えるし、そうやって彼女を育てることができたことに心から感謝している。
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