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優しさの盾と勇気の剣


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「やっぱり頭が痛いから、病院に連れて行って!」
ある日、息子が私に言う。
 
息子が小学5年生の3月のことだ。
息子は、ある男子から、殴られていたことがある。なぜ息子だけ殴るのか、その理由は分からずにいた。
 
初めて殴られたのは、1学期が始まったばかりの5月頃だった。その日、息子は、紅白帽子を持って帰ってきた。顎にかけるゴムが切れてしまっている。
 
理由を聞くと、サッカーをしている時に、息子のいるチームが相手チームと小さな口論になったそうだ。息子は、周りで見ていた。すると、ある男子が、カッとして、別な子に殴りかかった。それを、止めようとした際に、息子が逆に殴られ、紅白帽子をむしり取られたと言う。
 
その切れたゴムを見て、異常なものを感じ、学校に電話をかけた。だが担任の先生は、出張中だ。週末ということもあって、問題がすぐに解決できなかった。そして、次の週には話が曖昧になってしまい、喧嘩をしないように……と、全体注意で終わる。これが、暴力の始まりだった。
 
息子の5年生の時の担任の先生は、男性の先生だったが、子供達が怪我をすることを極端に気にする先生だった。子供達が怪我をすると、
「大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?」
と3回言うのが口癖だ。息子がする、先生のモノマネは、かなり笑えた。映画評論家の淀川長治さんの、
「さよなら、さよなら、さよなら」
に似ていたからだ。
 
先生が気にするからなのか、やたらと怪我人が絶えないクラスとなり、骨折をする生徒や、歯を砕いてしまう生徒など、日々、怪我人が多いクラスだった。
 
息子を殴る男子は、野生動物が獲物を狙う時のような目で、学期に一度くらいずつ、派手に息子を殴った。息子と一緒に遊ぶグループにいるが、面白くないことがあると、なぜか息子だけを殴るのだ。その度に、先生には相談をしていた。私も、「何か気に入らないことを言ったの?」と息子に聞いたが、「分からない」と言う。
 
そして、もうすぐ5年生が終わろうとしていた時、事件が起きた。
ある日、息子たちが、みんなでいつものように遊んでいた。息子を殴る男子に、何か気に入らないことが起きたようだ。すると、関係のない息子に向かって、突進してくる。息子は逃げようとしたが、逃げられない。息子が着ていたスウェットのパーカーのフードを、首にぐるりと巻きつけ、首を絞めたからだ。苦しがる息子を見ていた別の友人が、息子のパーカーのファスナーを緩めてくれたが、首が絞められていて逃げられない。そして、動けない息子の背中に馬乗りになり、後頭部を思いっきり殴った。
 
うちに帰ってきた息子は、コブを作った頭を見せて、私に全てを話した。話を聞いて、殴った子に怒りが湧いたが、もう5年生も終わろうとしている。連絡帳には、その暴力の様子を記し、「来年度はその子と同じクラスにしないでほしい」とだけ書いた。大騒ぎせずに、同じクラスにならない道を選ぶことにしたのだ。
 
だが、数日後、息子の頭の痛みが強くなり、息子自身が怖くなったようだ。息子の祖母は、階段で転び、後頭部を打って亡くなっている。自分にも同じことが起きるのではないか、と不安を抱いたようだ。
 
病院に行くとなると、事を小さくはできない。結局、学校の中で大きな問題になり、先生と生徒達で話し合うことになった。息子は、今までずっと抱いていた、シンプルな質問をした。
 
「なぜ、僕だけを殴るの?」
 
このシンプルな質問に、殴った本人は、
 
「殴り返さないから」
 
と、シンプルに答えた。
 
あまりにシンプルすぎて、逆に衝撃的だった。
 
「やられても、やり返さないように」
ずっと、私が息子に話してきた言葉だ。「暴力はいけないよ」とも言ってきた。男子の世界では、もしかしたら、通じないこともあるのかもしれない。
 
それから、息子は、父親から護身術を習い始めた。必要ならば、相手に怪我をさせずに、痛い目にあわせることを学びたいからだ。息子は、本当は人に痛い思いをさせることは好きではない。小さな頃、おもちゃを取られても、叩かれても、じっと我慢する子だった。わりと穏やかなタイプだったし、手を出す姿は見たことがない。
 
そして1年後、息子は、もうすぐ卒業を迎えようとしていた。
息子は、保護者に見せる「感謝の会」で、ピアノの伴奏をすることになった。一生懸命に伴奏をする中で、息子をひどくからかう男子がいる。その時に、息子は、「いまだ!」と思ったのかもしれない。
 
歌の練習を終えた後、からかった男子に向かって、護身術を使った。相手は痛い思いをしても、決して怪我はしない。息子は、冷静に、習った術を使ったようだ。すると、その男子は、痛みで倒れ、泣き出した。その状況を聞いた女性の先生は、慌てて飛んできた。息子は、先生が来ると、「僕がやりました」と言い訳をしなかった。すると、その先生は、「暴力はダメでしょ!」と、皆の前で、息子を叱りつける。
 
そして、そのすぐ後に、話を聞きつけた、息子の6年生のクラスの担任の先生が、慌てて飛んできた。「どうした? お前が暴力を振るうなんて、よほどのことだろう? 何があった?」そう息子に、真っ先に理由を聞いてくれたそうだ。息子は、バカにされた話を正直に告げた。すると、その担任の先生は、息子が痛めつけた男子に向かって、逆に叱ってくれたそうだ。
 
担任の先生から、その日の話を聞かされ、「どうか怒らないでやってほしい……」と私に話してくれた。その子が怪我をしたのではないかと心配にはなったが、息子とうちでゆっくり話しながら、息子からも状況を聞いた。初めての「逆襲」に、息子は少し満足気だった。そして、息子を信じてくれた担任の先生の心を、嬉しく感じていたようだ。
 
思春期の男子が生きる世界は、世知辛い。息子はますます技に磨きをかけ、中学生の今、喧嘩に強いと言われる男子からの暴力にも、立ち向かえるようになった。もちろん、暴力は良くない。だから、息子は決して人を怪我させたりはしない。自分を守るために、自分に降りかかる暴力にだけ、術を使う。しなやかに生きる方法を身につけたようだ。
 
人生に無駄な経験は一つもない。
あの日、殴られたおかげで、息子は今、様々な意味での「強さ」を手に入れたようだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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