私は、福笑いがしたい《週刊READING LIFE Vol.157 泣いても笑っても》
2022/02/14/公開
記事:mihana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
まずかった。
そのラーメンは、とんでもなくまずかったのだ。
私は、サウナ帰りにラーメンを食べるのが好きだ。サウナ後、30分以内に食事をすると、味覚が鋭敏になっているため、美味しく感じやすくなると言われている。これは通称、「サ飯」と呼ばれている。
先日、いつも行く銭湯の近くで、いつも寄るラーメン屋に入ろうとしたら、不運にも定休日だった。私は、事前にインターネットで定休日調べておかなかったことを悔いながら、街中を放浪し、他に良い店は無いかと、探すことにした。
正直、かなり焦っていた。「サ飯」のタイムリミットの30分は、刻々と迫っている。普段、ラーメン屋に行くときには、必ずグルメ系の口コミサイトで評判を確認してから行くのだが、そんな余裕も無かった。
苦心して、やっとショッピングセンターのレストランフロアにある、ラーメン屋を見つけた。都心に本店があると看板に書いてあったので、良い店なのかもしれないと、あまりよく確認しないまま、入ることにした。
注文した醤油ラーメンを待っている間、私は、遅ればせながらスマートフォンで、お店についての情報を検索した。その後すぐに、検索すべきではなかったと思った。複数の口コミに、今いるラーメン屋は「美味しくない」「まずい」と書いてあったのだ。
私は落胆した。まだラーメンも来ていないのに、しっかりと落胆した。私は間違った選択をしたのだ。そして思った。これから運ばれてくるラーメンは、きっとまずいにちがいないと。
案の定、運ばれてきたラーメンは、美味しいとは言えなかった。しかも、サウナ後で鋭敏になっている私の舌は、その味を敏感にキャッチしてしまうのだ。滅多に食べ物を残すことがないのに、半分も食べられなかった。
せっかくサウナでいい気持ちになったのに、私は悔し涙を浮かべながら、家路についたのだった。
さて、ここまでお読みいただいたあなたは、どう思っただろうか。
「ちゃんと定休日を調べて、営業している日に合わせて、サウナに行けばよかったのに」
「急いで知らない店に入らないで、ちゃんとゆっくり調べて、良い店に行けばいいのに」
そうです。仰る通りです。ごもっともです。ぐうの音も出ません。
私がちゃんと、調べればよかったのです。
でも一方で、思う。私に、美味しいラーメン屋の匂いを嗅ぎ分けることができる嗅覚があれば、こんなことにはならなかったのではないかと。
最近、嗅覚が衰えてしまったと感じている。
10年ほど前、渋谷で遊ぶとなれば、渋谷で待ち合わせをして、友達と落ち合ってから、店を決めていた。人がたくさん並んでいるお店や、料理が美味しそうに見えるお店、いろいろ回った上で、「ここなら美味しいものが食べられるかな?」と、期待を胸に入店していた。
もちろん、その期待は、外れることもあった。でも、もし外れても、自分たちで考えて決めた店だから、「そんなもんだよね」とどこか諦めがついたし、それすらも楽しんでいたような記憶がある。
しかし最近は、どこで何を食べるか、お店を事前に調べてから行くことが、本当に増えた。その傾向は、コロナ禍で更に加速した。
「少しでも美味しいものを」
「少しでもコスパのいいものを」
インターネットは、私たちにその情報を、惜しみなく提供してくれる。
もちろん私だって、何も考えていないわけじゃない。
情報をもとに、どこのお店にするか、ちゃんと考えている。
そして良さそうな店を見繕い、予め予約して、店に行く。
もちろん、前評判通りの美味しさ。大満足で帰宅する。
私たちは、インターネットのお陰で、無駄なく、スマートに生きられるようになった。
行った先でお店を選ばなくても、美味しい料理が食べられるのだ。
でも、一方で、少し寂しい気持ちにもなる。
美味しいお店を、自分で見つけることが出来なくなってしまったような。
自分にとって大切なものを嗅ぎ分ける嗅覚が、衰えていっているような気がするような。
そんな感じがするのだ。
小学生の頃、正月には、必ず父方の実家に挨拶に行っていた。私はそこで、親戚の人と福笑いをするのが大好きだった。目隠しをして、目・鼻・口・耳、顔中の様々なパーツを手で触り、顔が描かれた紙の上に置いていく。そして、「正解」の顔を作っていく。
もちろん、目隠しをするから、ちゃんと頭の中で想像しなければならない。このパーツは、目なのか、口なのか。目のように思えたパーツが、実は口だったりして、すごく変な顔になったりした。ひどいときには、顔の上ではない部分にパーツを置いてしまうこともあった。
でも、変な顔になっても、それ自体が面白かったりするもので、私は何回も飽きることなく、遊び続けていた。この遊びが、とても好きだった。
福笑いは、目隠しがあるからこそ面白いのだ。
どんな顔になるか分からないから、「またやろう」と思う。
目隠しのない福笑いは、きっとつまらない。
正解は分かっているから、ただ、パーツを置いていくだけになってしまう。
世の中には情報が溢れていて、私たちが見えないあらゆる世界を、可視化してくれた。
私たちは情報を利用して、「正解」を、簡単に見つけることができるようになった。
美味しいお店も、おしゃれな洋服も、時には素敵な恋人まで、
キーボードや画面をクリックすれば、簡単に出てくる時代になった。
でも、「正解」の分かっているゲームは、わくわくしない。
それは、カンニングをした問題の、答え合わせのようなものだ。
ケーキが美味しいと評判の店に行けば、多分、そのケーキは美味しい。
というよりも、そう思って食べるケーキは、きっと滅多にまずくはならない。
もしまずかったとしても、私の脳が辻褄を合わせて、「美味しい」と思い込む可能性もある。
そうすると、一つの疑問が湧いてくる。
私が冒頭に話したラーメンは、本当にまずかったのだろうか?
確かに、まずいと感じた。二度と食べに行かない、と思った。
でも、食べる前に「美味しくない」という口コミを見たから、まずく感じたのかもしれない。
本当は、美味しかったのかもしれない。
だって、口コミを投稿した人の舌と私の舌は、別物だ。
私の感想は、私しか話せない。私目線のレビューは、私にしかできない。
だから、常に注意しなければならない。その情報の、確からしさを。
「正解」だと思ったものは、本当に私にとっての「正解」なのかどうかを。
情報化社会は、私たちの暮らしを便利にした。
私も、その恩恵を受けている。否定する気は毛頭ない。
でもたまには、情報に頼らず、福笑いをしてみるのも悪くない。
目隠しをして、自分の嗅覚に頼って、判断をしてみても良いと思うのだ。
最初のうちは、思うようにいかず、失敗するかもしれない。
目だと思ったものが口で、鼻だと思ったものが耳で、すごく変な顔が出来上がるかもしれない。
でも、何回も挑戦していると、次第にパーツごとの特徴が、手で触ると分かるようになる。
そして、なんとなく「正解」はこれかな?と、推察できるようになる。
「正解」が見つかったような気がして、目隠しを取ると、全然想像していたものと違って。
でも前回よりも、「正解」へと近づけているような気もして。
もちろん、「正解」なんてないのだけれど、次第に福笑いをしていること自体が楽しくなって。
楽しいから、もう一度やってみようと思って。
大切なのは、出来上がった福笑いの顔が、泣いているか、笑っているかではない。
福笑いをしている自分が、楽しんでいるかどうか、笑っているかどうかだ。
人生も同じだ。私たちは、少し先の未来ですら分からない。
分からないなら、分からないなりに、結果ではなく、プロセスを楽しめばいい。
だから、福笑いっていいな、福笑いがしたいな、と思う。
私は、美味しいラーメン屋に巡り会えるだろうか。
次の福笑いも、楽しみだ。
□ライターズプロフィール
mihana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。30代OL。2021年8月開講のライティング・ゼミ受講後、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。趣味は入浴。
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