吾輩は節分にやって来る《週刊READING LIFE Vol.158 一人称を「吾輩」にしてみた》
2022/02/22/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
2022年2月3日、娘の保育園では一年の中で最高潮に緊張する行事が催される。
節分だ。
未就学児の施設には、節分に鬼が来てくれるのはよくあることだけど、娘の通っている保育園にやってくる阿児(あご)と呼ばれる鬼は、とにかく、ハンパなく怖いらしい。聞くところによると、大人でも気を抜くとかなり怖いのだとか。
1月も半ばを過ぎると、いつも賑やかな園での子供達の様子が心なしか重苦しく感じられる。入園して9か月目の娘が帰りにポツリと、
「もう、保育園を辞めたい……」
とつぶやくようになった。
保育園児というのも楽な仕事じゃないんだな。ストレスに押しつぶされそうになったサラリーマンのようにしなびた雰囲気で、若干気の毒ではあるが、ちょっと面白くてニヤニヤもしてしまう。
阿児は、娘の通う地域に昔から伝わる伝統的な鬼で、秋のお祭りにも神様を乗せたお神輿を守る存在として登場する。阿児のことを説明した保育園の園長お手製の絵本によると、阿児の仕事は、草や花や動物たちを守ったり、人間の子が大きくなって優しくて強くなるように守ったりするのが仕事らしい。
なんだ、ずいぶん、優しい鬼じゃないか。見た目だけで判断しちゃいけんよね、と思いながら絵本を読み進めると、子供を強く、優しく、賢くするために、こどものお腹の中にいる目に見えない虫をとるのも仕事で、長い爪をヘソに入れて、中の虫を掻きだすらしい。血が出るし、痛いし、怖いのだそうだ。
こっわっ、めっちゃこわいやん!
真剣に怖がる娘をニヤニヤ眺めていたのを反省し、こりゃあ大変だねえと声をかけると、娘が悲壮な顔で、
「でも、休んだらおうちに来るんだって……」
と言うもんだから、そりゃ、困るねえ。と相槌をうつ。そりゃあ、願わくば、家にまで来てほしくないよね。
でも、子供達にも起死回生のチャンスはあって、自分の中にいる悪い虫を自分達で見つけ出して、なくなるように頑張れば、鬼は許してくれるらしい。
節分に向けて、子供達は、厳粛な気持ちで自分の中にいる悪い虫と向かい合い、自分達の鬼の作った鬼の面を被って、恐ろしい阿児の前で自分の虫は自分自身で退治しますと宣言する。そのための自分との戦いが園児たちの中では始まる。
園では、毎日、同じ学年の子供達が集まって、自分達の中にいる虫について討論するらしい。みんなが思う虫と、自分がなくしたい虫をすり合わせて行くらしい。
それはそれで、なかなかメンタルを刺激する話し合いだ。
「お前の悪い所は、ここだろ?」
って、衆人環視の中で言われるってことよね? イヤだ、私、それを仲がいい人に言われたら、阿児が来る前にメンタルやられるわ……。でも、当の娘は気にすることもなく、
「『自分だけ虫』があるんじゃない? って言われたんよー。そっかーって思って、それにした」
と言う。それだけ、同級生との普段の生活で信頼関係を築いていて、友達の指摘を素直に受け入れているんだなあと、娘の柔軟さには感心するばかりだ。
我が子は、初めての対阿児作戦は順調に準備が出来ているようだったけど、同級生が2人どうしても虫が決まらなくて苦戦している様子がお便りに綴られている。外野で文面を見るだけの私も我が子のことのように気になってくる。
阿児がどうしても怖くて怖くて、準備になると向き合えずにパニックになるSちゃん。普段は自分のことがよくわかっていて大人びていて、本当は自分の悪い所は分かっているけどうまく表現ができず、周りに意見されると納得がいかなくて悩んで迷宮入りしているYちゃん。それぞれ、同級生や周りの大人のサポートでどうにか、自分の虫を決めることができたと聞いてホッとする。
いよいよ節分の前日になると、園長が阿児に扮してリハーサルがおこなわれるという力のいれようだ。フォーメーションも重要らしくて、年長園児が最前線、娘の所属する年中園児がその後ろで、年少を守る。年少未満はお散歩コースの神社まで避難して園で先輩園児たちが阿児と対峙する様子を見守るのだ。
同じ学年の中で手をつなぐのも位置取りがあって、端っこは片手がお留守になるから不安だし、真ん中は阿児がやってくるポジションだから怖い。そのポジション決めも、学年内の話し合いで一つ一つ決めていく。
勇気を出して怖いポジションを買って出る子、阿児が怖くて尻込みする子。二転三転しながら、当日が刻一刻と迫って来る。
夕方に迎えに行った時に、寒い風に思わず身を縮めた。室内から出てきた娘はリュックサックを引きずりながらノロノロと靴を履き、「カバン持って……」と一言つぶやいたきり、身ひとつでトボトボと駐車場に向かった。リハーサルでもこたえた様子に、かける言葉も見つからないまま帰途についた。
いつもなら、家に戻ってから一通りごねて明日の準備をなかなか始めないのに、今日は、黙って準備をしてさっさと寝てしまった。当日も、いつもなら寝ている時間から起き出し、静かに登園準備を始めた。昨晩から、どうも静かすぎる。淡々とご飯を食べ、早く出かける準備も済ませて、
「早く行こう」
と言われたことに驚いた。彼女の中で、逃れられないものは逃れられないと腹が据わったのか、私が追いかけるように慌てて玄関を出た。
広島では、いまも鬼の文化が生きている。
娘の保育園の地域に住む阿児、呉市には、やぶ、尾道市周辺にはベッチャーなど、様々な名前の鬼達が存在して、それぞれの地元の祭りを盛り上げている。
私がかつて住んでいたいくつかの地域には、お祭りもそんなにさかんではなかったし、ましてや鬼はいなかった。だから、鬼というのは、昔話に出てくるような人に悪さをしたり、お姫様をさらったりして、最後には成敗されるという悪者のイメージだ。
見た目にしても粗野にして乱暴な悪者という印象しかなかった。
でも、阿児にしてもやぶにしてもベッチャーにしても、神様の使いだったり、鬼神という神様そのものだったりして、見た目は怖いけれど、地元の人達に愛されている。
子供達にとっては、きっと怖いばかりの存在だけど、敵ではないけど絶対的に怖い存在って、私は必要だと思うのだ。
鬼ではなかったけど、私は、小さい頃から、「お天道様が見ているよ」と言われて育ってきた。悪いことをして、それがうまく人の前でごまかせたとしても、お天道様が見ていて必ずバチが当たるよと言われることで、自分の心の中に自分をいさめる気持ちが育まれたのではないかと思っている。
だから、子供達の心には鬼の目があって、自分達の心の中に悪い虫がいることに向き合い、友達や周りの大人の力を借りながら自分でなくそうと戦う経験が、大きくなってから自分自身の弱さと戦う時に活かされるんじゃないかなと思っている。
2月3日当日、驚くくらい落ち着いて保育園の門をくぐった娘は、帰りのお迎えの時には、しっかりとリュックサックを背負って部屋から出てきた。こころなしかシャンと背が伸びて、大人びた表情をしている。
「母さん、泣かずに踏ん張ってよく頑張ってたよ! 練習の時よりも大きな声ではっきりと話していたしね」
担任の先生の声が心なしかうるんでいた。子供達に寄り添って日々を過ごしているからこそ、本番でみせた急激な成長に感激もひとしおなのだろう。
お礼を言って、娘を引き取り、車に乗り込む。
「すっごいね、声だったんよ! 来たって指さした方向から阿児が来てね、ものすごい声でね、『うぉーーー』って叫んでね、怖かったけど、泣かんかったよ。一生懸命大きな声で決めていた『自分だけ虫を取ります』って言えたんよ」
緊張がゆるんだのだろう、興奮気味に阿児との顛末を誇らしげに話す娘をミラー越しにながら帰途についた。
これで、娘の節分の話はおしまい、また、来年は年長としてどんな風に阿児と対峙してくのか、今年も踏まえて一層楽しめそうだ。
が、しかし……。
鬼はこんなに怖いままで子供達に恐れられたままだと、ちょっとかわいそうにもなってくる。最近は、鬼滅の刃などで、鬼も色々な境遇があってというエピソードを読むとなんとなく鬼にも同情してしまう。
毎年、毎年、結局、節分に現れては、大した悪さをするわけでもないのに、人から豆をぶつけられ、逃げて、を丁寧に繰り返してくれる。
なんだか気の毒だなあと思うわけだ。
なんとか、鬼の地位は向上しないんだろうか……、ふと、娘や保育園の子達が「鬼は叫び声が怖い」と言っていたのが改善点なのではないかなと考える。
実は、今年の節分にはオマケ話があって、家に戻ってから、子供達が「節分の豆まきをやりたいから、母さん、鬼になって」というものだから、気軽な気持ちで、鬼の面をその場でつけ、かなり激しい叫び声を出して子供達に迫って行ったら、保育園では泣かずに頑張っていたハズの娘が大号泣、した。
おいおいおい、ちょっと待ってくれよ……、今、目の前で鬼になったのよ? 私。
保育園に来た阿児より怖いんかーい! それとも普段の私の行いのせいか……とか、ちょっとショックを受けながら、やっぱり鬼って叫び声とか唸り声をあげるから怖いんだろうなあと考える。
もしも、鬼が、怖い恰好で来たとしても、
「えっへん、吾輩は鬼である~」なんて入ってきたら、ちょっと笑っちゃうもんね。
鬼も、もうちょっとイメチェンしたら、もう少し子供にも好かれて地位向上するかもしれないよね。
そんなくだらないことを考えながら、娘の泣き叫びながら布団に隠れて泣き寝入りして汗だくになっていたのを直しながら、やれやれと思う。
節分が過ぎれば春到来。
今年こそは、私も鬼ババ返上と行きたいところだ。まずは、怒りのボルテージが上がったら、
「吾輩は怒っているぞ!」
と、言うところから始めてみようかな。
鬼はー外、福はー内、鬼ババもー外!
□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済の在り方を模索し続けている。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、エッセイ、フィクションに挑戦中。腹の底から漏れ出す黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写をとことん追求したい。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。
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