メディアグランプリ

危ないアルバイト

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:旅路(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「お兄さん〇〇に興味ない?」
いきなり声をかけてきたのは、背の高く堀の深い男だった。いわゆる、ソース顔である。
私は、驚いた。というのも、私は大学に入って3か月。新しい授業に、新しい仲間。今までの田舎の環境とは、まったく異なる世界にようやく慣れ始めた頃。突然、背の高く堀の深い男に声をかけられたのである。
大都会、東京、新宿。建物一つ一つが私を取り囲む。私は、子犬にでもなった気分だ。全てのものに興味が沸く。そこには怯えも同居している。しかし、3か月もすれば、慣れる。好奇心も恐怖も徐々に薄れていく。もうそこは、私にとっては日常。いつもの道を歩くだけ。ただそれだけのことになっていた。大学までは、地元の駅から終点西部新宿駅まで乗り、そこから5分ほど新宿駅まで歩き、新宿駅から10分もすれば大学に着く。事件は、この中間地点の5分の歩行中に起きた。
「お兄さんホストに興味ない?」
「ん?」
私は耳を疑った。その人は笑顔で声をかけてきた。
ホストは、私の中で、都市伝説の世界だった。名前しか知らない。なんなら、私には大学で学んだトロブリアンド諸島のほうが身近なくらいだ。大学では、文化人類学を学んでいる。
「世界の謎の文化がどんな思考で成り立っているのか」を知るのが、私の興味の対象だった。ちなみに、トロブリアンド諸島は、文化人類学では必修項目の土地である。そこは、クラという交換制度がある。私はそれを「新宿歌舞伎町」で、実地に学ぶことになった。
ホストの世界は、まさに「クラ」そのものである。
クラという交換制度は、パプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島を含むマッシム地方で行われる部族間の貿易である。赤い貝から作るソウラヴァという首飾りと、白い貝から作るムワリという腕輪が、青くキラキラした海の上を複数の部族間で円状に循環する特殊な貿易だ。これらは、儀式的舞踊や祝祭などの重要行事で身につけられ、日常の装飾には使われない。これは、商品交換とは違い、「贈与」交換である。商品交換は、利潤を追求する個人的な商品の交換であるのに対し、贈与交換は、送り主と受け取り主を繋ぐプレゼント交換である。このプレゼント交換によって、パプア・ニューギニア諸島の部族は平和を保ち続けている。
ホストの世界も同じだ。お客様からホストは贈与される。金色のシャンパンが、黒くキラキラしたフロアで飛び交う。これは、商品のやり取りではない。商品のやり取りなら、そのシャンパンたちは、もっと安い。その値段の裏には、送り主と受け取り主を繋ぐ「愛」がある。だから、シャンパンそれ自体に価値があるのではない。だから、シャンパンコールという、いわば儀式的舞踊、祝祭が行われる。これらの行為を通して、お客様とホストは平和を保ち続けられる。これは、まさに「クラ」ではないか。
しかし、プレゼントの交換には、一種の恐怖がつきまとう。以前、私は大学で女性が「〇〇ちゃんにお誕生日プレゼントをあげたのに、私の誕生日には返してくれなかった。縁を切ろう」と言っているのを聞いてしまったことがある。そう、プレゼントには「お返し」という恐怖がつきまとう。ゲルマン語系の語源をたどると「ギフト」には「毒」という意味がある。贈り物には、お返しをしなければ死ぬ毒が含まれているのである。お返しは、義務だ。
クラもお返しが必要である。正確には、クラの場合は円状に循環させるので、返すことが必要である。そのまま保有し、交換の循環を途絶えさせてはならない。交換を途絶えさせてしまうと、貿易ができなくなりその部族は死んでしまう。ホストの世界も一緒だ。お客様は見返りを求めている。もしお返しをしなかったら、関係が途切れ売り上げがなくなってしまう。それだけならまだいい。本当に殺される可能性もある。
危ないアルバイトと聞いたら、「高収入」「誰でも簡単」という言葉を想起する人がほとんどだろう。
しかし、本当に危ないアルバイトは「価値観を変えてしまう」アルバイトだと、私は思う。
私は、ホストのアルバイトを通して、「人間の闇」を見てしまった。私は、出会うすべての人間にこの側面、普段人には見せない一面が隠れているのではないかと思ってしまうようになってしまった。価値観は一度変わってしまうと前には戻れない可塑性がある。もう、このアルバイトをする前のように人を簡単に信じられない。今の私だったら、純粋無垢に街中で声をかけてくる人についていかないだろう。特にソース顔の男には。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~21:00
TEL:029-897-3325



2022-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事