おくりびととなる者
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:河野眞寂(ライティング・ゼミ2月コース)
もし、自分の最後を、見守ってもらえるなら、誰に見送ってもらいたいですか?
一人で、あの世に、旅立つ人もいるからみんな一緒ではないけれど、人は、この世から旅立ってあの世に行くとき、誰に見守ってもらうか、決めている。そんな経験をした。
母方の祖父が亡くなった。
亡くなる前の日、入院している祖父の容体が悪化して、医師から危篤だと告げられた。
「ご家族を、呼んでおいてください」
祖父は、がんを患いここ3年ほど治療を重ねていたが、90歳近い年齢だったにもかかわらず、がんは進行し、その体をむしばんでいった。祖父の家から一番近くに住んでいた私は、看護師だったこともあって親族の連絡役になっていた。私は急いで、祖父の“危篤”の知らせを、親族全員に連絡した。だが、結局、私と祖母以外は、その場に立ち会えなかった。こんな時なのに、なぜかみんな“用事”があった。そして、その次の日の早朝、祖父は亡くなった。
「お亡くなりになりました」
医師が死亡宣告し、その場にいた人たちが一斉に頭を下げた。それと、ほぼ同時に、母と自分の娘を連れた兄が、病室に飛び込んできた。
「間に合わなかった」
息があるうちに会っておきたかった兄は、ショックでそのままベッドに近づくこともなく部屋から出て行った。
私たち兄弟の中で、祖父の存在は、大きかった。
病気がちな母が入院すると、長い休みは、祖父の家で過ごした。祖父の家は農家で貧しかったが、食べ盛りの二人の孫の面倒を見てくれた。祖父は、とても穏やかな性格で、私たちが悪いことをしても、大きな声で怒鳴ったり怒ったりはしなかった。ただ、自分の職場である田んぼや山、牛小屋へと連れていき仕事をしながら遊んでくれた。それが、とても楽しく、祖父のことが大好きだった。
翌日、祖父の葬儀が行われた。熱心な仏教徒だった祖父は、僧侶の読経に送られ、いよいよ、火葬の時を迎えた。
参列者が、祖父の棺桶の中に花を入れ、最後の別れをしていく。大きいな体が埋まるほどたくさんの花に囲まれ、じいちゃんは笑っているように見えた。祖父との楽しかった思い出が、次々によみがえる。
ツンと耳が詰まり、一瞬、音が無くなる。そして、あふれてきた涙に、視界がゆがむ。
それまで抑えていた感情が一気に爆発し、一瞬、私の視覚と聴覚を奪った。そして、徐々にはっきりとしてくる世界で、私は、人目をはばからず泣いた。
「じいちゃん!!」
叫び声にハッとする。私の声ではない。
ふと見ると、棺桶の蓋をさせまいと、泣き叫び、棺桶のへりにしがみついている兄がいた。
「いやだ!いやだ!……」
最後は、もう言葉にはなっていなかった。
もう、40を過ぎた大きな大人が、棺桶のへりにしがみつき、泣き叫んでいる。
でも、誰もそれを止める人はいなかった。
人が、火葬され、骨になるまで2時間ほどかかる。
『火葬のスイッチを入れると、ホッとするのだ……』
本で読んだことがある。
本当に、そうだと思った。
嵐のように、私を支配していた感情が、スゥーっと引いていくのがわかった。それは、兄も同じようだった。自分でも抑えの効かない感情に振り回され、ぐったりと座り込んだ。
線香の匂いがした。
「線香だ……」
いつも嗅ぎなれている匂いだった。
センコウノニオイガスル
意味もないことだった。でも、匂いがしていることを考えている。
考えなくても入ってくる情報に、思考をゆだねていた。
脳が、悲しみという強烈なストレスから、脳や体を守ろうと、思考を逃そうとしている。
ぼんやりと、祭壇を見ていた。僧侶の法話がはじまっている。
後ろから、誰かが、片足を引きずるように、よろよろと歩いて行った。そして、一番前まで行くと、喪主である祖母のとなりに腰掛け、法話を聞きはじめた。
「じいちゃん……」
どよめきも何も起こらない。たぶん、私だけが見えている。よそ行きの恰好をして、棺桶に入れたはずの兄からもらった帽子をかぶっていた。それは、私の極度の衰弱した精神状態が見せた“まぼろし”だったかもしれない。でも、その“まぼろし”は、はっきりとしていた。
法話が、終わり参列者が一斉に立ち上がる。祖父の“まぼろし”も立ち上がり、こちらを見た。そして、何も言わず、手をあげた。いつもの別れ際のように、手を振っているみたいだった。そして、バタバタと出ていく参列者の中に消えてしまった。
もし、祖父の呼吸が止まるその瞬間に兄がいたら、兄はどうなっていただろうか。葬儀の時の兄の様子から、耐えられなかったかもしれないと思った。祖父からは、何もかもお見通しだったのだろう。そして、死に際は、祖母と私でいい。この二人にとっては、自分との死に際の別れが必要だ。そう、判断したのだ。
愛しているから、見送らせなかったし、立ち会わせたのだ。
「ありがとうなあ」
祖父は、最後に、死に際を見送った私に、お礼を言いに現れたのだ。
その頃、看護師という職業柄、人の死に際に立ち会うことが多かったが、不思議と死に際は、亡くなる人に選ばれた人が立ち会っていると感じた。あくまで、自分の経験からだし、死んだ人から聞いたわけではないが。
よく、「立ち会えなかった」、「自分が見送ってしまった」と後悔する人がいる。でも、やはり、私は思う。選ばれても選ばれなくても、それは、亡くなった人からの“愛”の贈り物だと。
***
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