週刊READING LIFE vol.160

”宇宙人”と戦った鎌倉幕府~「VUCA」を生きる私たちへの処方箋~《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
突然ですが、質問です。
 
いま、あなたは日本の総理大臣です。
 
もしこれから宇宙人が地球に攻めてくるとしたら、どうしますか?

 

 

 

現代は、「VUCA(ブーカ)の時代」だなんて言われたりしているらしい。
Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の4つの英単語の頭文字をそれぞれとって、VUCAという。
 
確かに現代の社会の変化は目覚ましい。目まぐるしい。
いつの間にか「ケータイ」は「スマホ」に取って変わり、コロナが流行って地球の温度はぐんぐん上昇している。この世の変化のスピードは、どんどんギアを上げているかのようだ。そのうち我々人類そのものが、世界から追いてけぼりになってしまうのではないかというぐらいだ。まさしく息つく暇もない変化っぷりである。
 
そんな現代においてさえ、まだまだようやく日本人の実業家が宇宙まで私費で旅行に行けるようになったぐらいのこと。さすがに「地球の外」なんて、まだまだ我々一般人からしてみれば遠すぎて想像だにできない。ましてや、宇宙に別の生命体があり、彼らが地球に攻めてくるなんて話はさすがにファンタジーの世界でしかない。
 
しかし、実はこれに限りなく近いような出来事が、およそ900年ほど前の日本で起こっていた。
 
そんな事実を、アナタはご存知だろうか?

 

 

 

「文永の役」・「弘安の役」。
ピンときた方もいることだろう。
 
そう、モンゴル軍が海を渡って日本に攻めてきた「蒙古襲来」というやつである。
 
「はあ?」というアナタのツッコミも分かる。
 
「所詮は同じ人類同士の、地球上での戦争だ」と言われてしまえば、「宇宙人の地球侵略」に比べたらスケールはうんと小さくなるかもしれない。
 
だが、当時は鎌倉時代なのである。
当たり前だが電話もインターネットも、飛行機もない。「海外に出かけていく」という発想なんてあるわけがない。当時の日本の海外との繋がりといえば、朝鮮半島や中国大陸との貿易が限定的に行われたぐらいのものであったといわれている。古代日本の大々的な国際戦争といえば、663年の白村江(はくすきのえ)の戦いが最後だ。そして蒙古襲来は1274年。
 
つまり、およそ560年ぶりに、海を渡って異国が攻めてくるというのである。しかも相手はかつて戦ったことがあり、多少どんな人たちかが分かる中国や朝鮮の軍ではない。どんな人たちか見たことも聞いたこともない、遠い北の果ての「モンゴル」が攻めてくるのである。
 
皆さんも、想像してみてほしい。
今から考えると、「560年前」は1462年。京都で応仁の乱が起こったのが1467年なので、「それくらい昔のこと」だと思っていただければよろしい。
 
現代の我々が無理やり想像するとすれば、「見たことも聞いたこともない国の人たちが、近々攻めこんでくるらしい。戦争の規模は560年前の応仁の乱ぐらい」みたいな感じであろうか。
 
いやー……、マジで想像がつかない。
 
「見たことも聞いたこともない国の人」と言われたってどんな敵か分からないし、「560年前の応仁の乱と同じくらいの規模」と言われたって誰も生きている人がいないのだからどんなことになるのやら、想像がつくわけがない。
 
そんなわけで、皆さんにもお分かりいただけたであろうか?
 
当時の「蒙古襲来」とは、恐らく「現代の地球に宇宙人が攻め込んでくる」くらいの恐怖やインパクトがあったはずなのである。当時の幕府の人たちは、まさしく「まさか、こんな目にあうとは!?」と腰を抜かしていたに違いない。

 

 

 

ところで、歴史の教科書では、だいたい「鎌倉幕府は二度にわたるモンゴル軍の襲来を退け、ついにモンゴル軍から日本を守りぬいた」という一行くらいの記述であっさり終わっている(と、私は記憶している)。
 
いやいや……、
 
おかしいでしょうが!!!
 
さっきの議論からすると、鎌倉幕府は「地球防衛軍、宇宙人に大勝利!!!」くらいの大偉業をやってのけているのである。
 
歴史の教科書を思い返せば、聖徳太子やら織田信長やら坂本龍馬にはたくさん記述があったり、特別なコラムが載っていたりした。当たり前だが、そりゃ彼らもスゴい。確かにスゴいかもしれない。でも彼らが成し遂げたことは所詮、日本列島の中でやってのけたことにすぎない。
 
繰り返すが、鎌倉幕府は宇宙人と戦って勝っている。
 
得体の知れない宇宙人に、それも二回もだ。
 
いやいや……、不当すぎでしょうがよ!!!

 

 

 

というわけで、私は恐らく日本史の教科書で最も成果と待遇が見合っていないと思われる、不遇極まりなき「日本史上イチのコスパの悪さ」を誇る鎌倉の皆さんの頑張りを、ぜひ皆さんにも知ってもらいたいのだ。
 
「VUCAの時代」どころの騒ぎではない存亡の危機を乗り切った彼らの考え方や生きざまは、きっと現代の我々にも大いに参考になるはずである。

 

 

 

それでは、鎌倉幕府はどうモンゴル軍の襲来に立ち向かったのか? 蒙古襲来は今から900年も前のことである。正確なことはそんなにはわかっていない。
 
だから、人は「事実と事実のあいだ」を想像する。想像で「歴史の行間」を埋めていく。そして「埋められた歴史の行間」という大いなる仮説を目の当たりにして、我々はまた彼らの功績の偉大さに気づくことができるのである。
 
というわけで、ここからは高橋克彦氏の小説『時宗(ときむね)』を題材に、鎌倉幕府の人々の「未知なる脅威」への正しい向き合い方をご紹介していきたい。

 

 

 

『時宗』は、当時の鎌倉幕府の最高権力者であった北条時頼(ほうじょうときより)と、その息子の時宗が二代がかりで周到な準備を重ね、モンゴル軍から日本列島を守り抜いていくという史実に基づいた物語である。その詳しいストーリーは本書を読んでいただくとして、彼らは「宇宙人襲来」クラスの大ピンチをどう乗り切ったのであろうか?
 
①圧倒的なアンテナの高さと、卓越した情報収集
天才軍略家・孫子先生も「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と仰っている。当たり前かもしれないが、ワケの分からない大ピンチのときこそ情報収集による「予習」が大切なのである。
 
ぶっつけ本番、何も知らずに宇宙人と戦えば、相手の戦法も武器も分からずにボコボコにされてしまうかもしれない。けれども「こういう集団戦法をとってくる」「日本にはない、火薬を用いた武器をつかう」といったようなことが分かれば、攻略の糸口が見えてくる。より有利な場所を戦場に選ぶなど、戦いのシナリオも具体的に描けていくというものである。
 
それでは、北条家は未知なるモンゴル軍に対して、どのように予習を重ねていったのか?
 
もちろん、それにはちょっとした「運」や「縁」もあった。
蒙古襲来から25年ほど前の鎌倉幕府の内乱で、たまたま北条家の敵対勢力を支援していたのが九州に住み着いた、謝国明(しゃ・こくめい)という宋(当時の中国)の貿易商人一家だったのである。
 
時頼は謝の一族を説得し味方に引き入れることで、うまく内乱を終結させることができたわけであるが、彼がすごかったのはそれだけではない。
 
時頼は彼らから、「モンゴル軍の猛攻で宋は滅亡寸前である。そうすれば日本も危ない」というコメントをもらうのである。
 
ここで、考えてみていただきたい。
あなたがこのとき、時頼という首相みたいな立場だったとして、味方になったばかりのちょっと怪しい外国人から「いまうちの国は宇宙人に攻められていて危ないです。何年か後に日本にも宇宙人が攻めてくるかもしれません」なんて言われて、彼らの発言をマトモに受けとることができるだろうか?
 
当時は情報収集だって簡単ではない。多分、「その国ならではのブラックジョークだろう」
とか言ってあっさり流してしまうのがオチではないだろうか? まして、結果としてはモンゴルが日本に攻めてくるのはそれから25年も後のことなのである。
 
ところが、ここが時頼のすごいところであった。
この謝の発言に対して、天才政治家・時頼の脳内で警告のサイレンが鳴り響いたのである。
 
時頼は謝国名の一家が信頼に足る者たちであることを確かめると、以降は一家を重用し、徹底的にモンゴル軍のことについて調べさせていくのである。そして時頼・時宗親子の「調べっぷり」は卓越していた。謝国名の息子に加えて、信頼のおける北条一族の者をもモンゴルに朝鮮半島や中国本土へ送りこみ、人智を尽くして彼らの内情を丸裸にしていったのである。
 
②危機を見据えて、ビジョンを描く
たいていのピンチは、情報が集まっただけでは乗り越えられない。情報が集まったら、今度は「勝つための作戦」をつくっていく必要がある。
 
時頼はモンゴルについて知見を深めていく中で、モンゴル軍の強大さや、「普通に戦っても勝てない」という思いを募らせていく。だが、モンゴルに負ければ国は滅亡である。
 
熟慮の末、時頼は「これならモンゴルに勝てる」という奇策を思いつく。
ところが、この策は「まともにやったら勝てない」がゆえの、いわば「奇策中の奇策」であった。
 
モンゴルに軍は船で日本にやってくる。だがどんな航路を辿ってくるかも分からないし、当時の日本には中国大陸のような優れた造船技術がない。時頼は、海戦ではモンゴルに勝てないと踏んだ。
 
だから、彼は「肉を切らせて骨を切る」戦法を選んだのである。
要は、ある特定の人々や地域を囮にして、多大な犠牲も覚悟の上、モンゴル全軍を日本列島に上陸させたうえで、そこで本土決戦を行うという勝ち筋を、ビジョンを描ききったのである。
 
③人の心を動かす、「旅」と「言葉」
さて、情報は集まった。いくら相手は得体の知れないモンゴルだと言ったって、内情もかなりわかってきた。スパイ活動が実を結び、相手の作戦や日本侵略の予定、船の数や兵数もはっきりしつつある。時頼のシナリオ通りに事が運べば、負けることはなさそうだ。
 
まさに、理想的なシナリオである。
時頼と息子の時宗のここまでの「日本防衛大作戦」は、完璧に進んでいるといってもいいだろう。
 
だが、時頼親子には、鎌倉幕府には、さらに超えなくてはならないハードルがもう一段あった。
それは、「モンゴルに勝つために、日本をひとつにまとめる」という仕事である。
 
外国の襲来は、鎌倉幕府の敵対勢力からしてみれば大チャンスでもある。
「幕府はモンゴルとの戦いで疲弊して力を失うであろう。だから戦に加わらないほうが後々良いかもしれない。」
「いっそのことモンゴルと手を組めば、いっきに日本をわが物にできるかもしれない。」
 
こんなことを考える輩も当然いたことであろう。
 
だから、時頼親子は「国をひとつにまとめる」ために、やんごとなき身分にありながら日本中を旅して回ったのである。
 
モンゴルは日本海を渡って攻めてくる。
だが鎌倉幕府は強い水軍を持っていない。従って、日本海のなかで強い水軍を持つ者を仲間に加える必要がある。
 
こういったわけで、時頼は幼い時宗を連れ、鎌倉から青森まで危険な旅路を乗り越え、豪族・安藤家を従えることに成功した。さらには九州の海賊・松浦党(まつらとう)と安藤家を引き合わせ、一致団結、一丸となって日本の海を守るという男の約束を取り付けた。同時に時頼は時宗に為政者としての心構えも旅の中で身をもって伝えた。旅をしながら嫡男に帝王学を授けていくということも同時に実現したのである。
 
一方で、蒙古襲来は防衛戦争だ。勝っても新たに領土が増えない以上、御家人たちにも褒賞をやることはできない。
 
だから彼らに対して、時宗は直接、心のこもった言葉でモンゴルに立ち向かってほしいと語りかけた。その言葉に動かされ、御家人たちは文字通り「幕府のために命をなげうつ」覚悟を決めていく。この時宗の演説はあまりにもアツすぎて涙なしでは読めないので、気になる方はぜひ本書を手に取ってみていただきたい。

 

 

 

こうして、時頼・時宗親子は蒙古襲来という未曽有の危機に対して、文字通りやるべきことをすべてやった。そしてついに、2回にわたるモンゴル軍の撃退に成功するという偉業を成し遂げたのである。
 
まさしく、鎌倉幕府は、歴史の教科書1行で書かれるにはもったいなさすぎるぐらいの大仕事をやってのけたのだ。

 

 

 

技術も世界の情勢も環境問題も、驚くべきスピードでめくるめく現代社会。
確かにいまは「VUCA」なのかもしれないが、分からん分からんとウンウン悩んでばかりいても気が滅入るばかりである。
そんなときは、過去の歴史を紐解いて、偉大なる先人たちの知恵を借りてみてもいいのではないか。
 
情報も通信技術も、とっておきの秘密兵器もない900年前に、未知なる「宇宙人」との決戦に人生をかけて挑んだ北条時頼・時宗親子。
 
彼らの挑戦と知恵を目の当たりにすれば、現代の悩める我々にも強い勇気が湧き上がってくる。きっと彼らのように、私たちも「VUCA」の時代を泳いでいけるはずなのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鳥取の山中で生まれ育ち、関東での学生生活を経て安住の地・名古屋にたどり着いた人。幼少期から好きな「文章を書くこと」を突き詰めてやってみたくて、天狼院へ。ライティング・ゼミ平日コースを修了し、2021年10月からライターズ俱楽部に加入。
旅とグルメと温泉とサウナが好き。自分が面白いと思えることだけに囲まれて生きていきたい。

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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