発表会でのハプニング
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:牧 奈穂(ライティング・ゼミ12月コース)
「あぁ、緊張する……」
そう言いながらも、どこか楽しそうだ。
入試直後で迷ったが、息子はピアノの発表会に出る決心をした。
選んだ曲は、YouTubeでライブを行うピアニストの曲だ。いつか作曲をしたい夢がある息子にとって、初めてクラシックではない曲を演奏する記念の発表会だ。息子のデビュー戦とでも言えるだろうか。
ここ数日、ピリピリしては、私に強い言葉を投げつけていた。当たり散らされ、嫌な空気が続いていた。息子なりに、不安だったのだろう。
息子が通うピアノ教室は、少し他とは違う、こだわりの教室だ。こだわりがあると言っても、コンクールの受賞を狙うような教室でもない。「1時間レッスン」などと、時間で区切ったレッスンもしない。
先生が、納得のいくまで、熱心に指導してもらえるのだ。最近の息子の場合は、レッスン時間は2時間くらいになることもある。レッスンする側も、レッスンされる側も、体力勝負……というハードなレッスンでもある。
「うん、今の音、いいね。もう1回弾いてみて!」
「ここ、難しいね。難しいから練習しておこう。じゃぁ、もう1回!」
「もう1回」の前につく言葉は違うのだが、「もう1回」弾かねばならない。決して厳しいわけでもなく、柔らかく話しては、繰り返しをさせる先生の話術に、何度もリスペクトしたものだ。
だが、何度も弾かねばならない息子は、幼い時に、よく嫌な顔をした。「はぁ……」とため息をついては、すぐに弾こうとしない。息子も、穏やかに拒絶する。そんな息子を後ろで見ながら、私はレッスンの間、ハラハラしていた。
それでも、先生はいつも微笑みながら、息子を見て、「大丈夫。上手だよ。もう1回弾いてごらん?」と負けない。決して、「弾かなくていい」とは言わなかったが、私はその妥協のないレッスンがとても好きだった。
「小さなピアニストを育てているつもりです」
いつも先生は、そう語っていた。小さな反抗を繰り返していた息子は、大きくなるにつれて、少しずつピアノに考えを持つようになり、「ここは、こう弾いてみたいのですが……」と先生と、音について話すようになっていった。
そんなピアノ教室の大切な発表会だ。出たい気持ちはあるが、高校受験をしていた息子は、ピアノを弾いている時間もなく、ギリギリまで考えて、出る決断をした。だから、暗譜までは間に合わなかったので、楽譜を見ながら弾くことにした。
個人演奏の最後……いよいよ息子の出番になった。
弾き始めは、順調だ。いい音も出ているし、表現がいい。
順調だったのだが、少しすると、トラブルが発生した。どこからか柔らかい風がフワッと吹いてきたようだ。
すると、弾いている最中に、楽譜の一部が風に吹かれて落ちてしまった。
「あっ」という素振りで、息子は、片手で楽譜をキャッチしようとしたが、それもならず、思い切り舞台の床に飛んで行ってしまう。
「あぁ、せっかくいい調子だったのに……」そう思いながら、私は息子を見ていた。腱鞘炎になるくらい弾いていたのを知っていただけに、気の毒にも感じる。
だが、息子なら何とか乗り越えるだろう。そう思いながら、あまり心配せずに見ていた。
息子と一緒にオリジナル曲を聴いていた私は、合っていないメロディに気づく。オリジナル曲とは全く違う部分が多く、ミスばかりでボロボロになっているではないか。
舞台から戻った息子に、「大変だったね……」と声をかけた。
「うん。まさか楽譜が落ちるとは思わなくてさぁ。しかも、一番覚えていなかったところの楽譜がなくなっちゃったんだよ。だから、頭が真っ白になってしまって。もう、残っていた楽譜もどこを弾いているのか探す時間もなくてさぁ」
「でもね、あの時、楽譜通りに弾くのをやめて、自分の心のままに弾きなさい。と言われた気がしたんだよ」
だから息子は、瞬間で「感じたまま」を弾いたそうだ。焦りは当然あったし、決して上手くは弾けていなかったが、息子らしい独特の空気を出していた。
生演奏にハプニングはつきものだ。その経験を通して、ピアニストとして、成長していくのだろう。息子が、思った以上に晴れやかな顔をしていたのは、きっとお粗末ながらも、「心のままに」自分を表現できたからだ。
息子は、今、好きな曲を弾く「自由」がある。
当たり前のようで、当たり前ではない。先生が、難しい曲を根気よく、細かく指導してくれなかったら、技術も上がらず、きっと楽譜を見て、弾きたい曲を弾ける自由は得られなかったはずだ。
先生は、「コンクールに出したいとは思わない」と以前話していた。それは、「人に好まれる形」を教えねばならないからだ。「嬉しい時、悲しい時、友達のように、子供たちの横にピアノがいてほしい」そう語っていた。
先生の教えのように、今、息子の隣には、友達のようにピアノが存在している。長い時間を通して、先生は、とても大切なものを息子に残してくれた。
「もう1回」
あの言葉がなかったら、息子は今の「自由」を得られていなかっただろう。
何かを長く学ぶことの先には、技術だけでない、心の豊かさが待っている。
発表会で、音が乱れながらも、心のままに弾いた息子の演奏は、今までで一番の出来だったのではないだろうか。
そして、これからも私は、息子の演奏の一番のファンでありたい。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~21:00
TEL:029-897-3325