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大切なことを忘れていませんか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:園田 美穂(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
『いい接客』この言葉を聞くと、あなたはどんなイメージするだろうか。
 
19歳の夏。『なんか、楽しそう!』そんな軽い気持ちで始めた、居酒屋でのアルバイト。入ってみるとイメージとは違った少しお堅めの雰囲気に、私は初日から挫折しそうになっていた。
 
「笑顔意識して! 接客の基本だよ!」
 
その居酒屋は30代以上がターゲットで、落ち着いた雰囲気が演出されている。カウンター席では料理長が目の前で魚を捌き、そこに座る客層は、会社経営者も多かった。その為、学生のアルバイトにも指導が徹底されていたように思う。
 
「立つ時の手の位置は、右手を下にして左手を添えて! これはお客様に対して敵意がないですよって意味ね」
 
そう指導する元ホテルマンのチーフの接客は、誰が見ても一流だった。常に笑顔を絶やさず、お客さんの変化にもすぐに気づき対応する。お酒の量が4分の1を切ると、次の飲み物を勧めにいく。お手洗いから戻ってくると、すかさず新しいおしぼりを提供する。常にお客さんへの目配りが大切だと教えられた。
 
少しずつ仕事にも慣れ始めてきた頃、休憩室に一枚の紙が貼られていた。そこには、接客態度の評価が書かれてあった。読み進めると私の名前があり、隣には『接客態度の悪かった人』と記されている。
 
「え! なにこれ!」
 
私は状況が飲み込めず、その場に立ちすくんでいた。
 
「あーこれね。この店、定期的に覆面調査が来るんよ。接客の良い人と悪い人が毎回掲載されてる。嫌よねー」
 
気にしなくていいよと先輩は言ったが、私はかなりショックだった。そして追い討ちをかけるように、次の研修の話しがやってきた。
 
「今週の日曜日、接客のマナー研修を行います。社長も来るので全員参加でお願いします」
 
その研修では、言葉遣いや声のトーン、お辞儀の角度などを習った。一人ずつ社長の前でテストされ、合格するまで練習は続いた。私はカウンター席担当だったので、厳しめに指導を受けた。
 
そこから研修で習ったことを活かし、丁寧な接客を心がけていった。笑顔や言葉遣いはもちろんのこと、常にお客さんに目を配り速やかな対応をした。そして努力の甲斐もあり、褒められることが増えていった。
 
「お姉ちゃん、笑顔いいね」
 
「ちょうど今お酒頼もうとしてたのよ。タイミングいいね」
 
そしてついには、覆面調査で『良かった人』の欄にも名前が上がるようになっていた。厳しい指導のお陰で接客にも少し自信がつき、学生卒業と同時にアルバイトを辞めた。
 
 
そして何年か経ったある日、『おもてなし』に力を入れている社長から仕事の話しをもらった。仕事内容は運営している店舗の一つである、パン屋での接客。まずは見学からということでその日は店を見に行くことになった。
 
「僕の仕事は、お客様に空間を提供することです。パンを売るというよりも、ここにまた来たくなるような、気持ちの良い場所作りを大切にしています」
 
すれ違うお客さんと挨拶を交わしながら、社長はそう話した。確かにどの店を覗いても、柔らかい雰囲気が広がっている。今まで学んだ接客の経験を、この場所で活かしたい。私はここで働くことを決めた。
 
初出勤の日、社長はこう言った。
 
「ここでは、接客マニュアルはありません。『お心遣い』この気持ちを大切にしてください」
 
私は、アルバイトで学んだ接客を最大限に発揮した。常に笑顔を意識し、困った様子の人はいないかお客さんに目配りをした。そして何日か経ったある日、社長からこんなことを言われた。
 
「肩に力が入りすぎですよ。もっと自分らしく、心配りをしてみてください」
 
『自然体な接客』ということなのだろうか? それからはさりげなくを意識しながら、お客さんと関わっていった。そんなある夜、社長からメッセージが届いた。
 
『お心遣い、もっと学んだ方がいいですね』
 
心が沈んでいくのが分かった。私なりに、一生懸命心遣いをしているつもりなのに。もやもやが心の中を渦巻いていた時、一本の電話が鳴った。
 
「美穂さん、新しい仕事は順調ですか?」
 
カウンセラーの仕事をしている知人からだった。助けを求めるように、今までの出来事を話していった。
 
「なるほどー。美穂さんは心遣いとは、どういうものだと思いますか?」
 
「えっと……。相手のして欲しいことを考えて、叶えること。ですかね?」
 
「そうですねー。それだったら70点ですね(笑)」
 
あんなに接客を学んできたはずなのに、答えが見つからなかった。
 
「僕は、心遣いとは相手の幸せを願うことだと思います。それを根底に望んで人と接することが出来れば、本当のお心遣いが出来ると思いますよ」
 
それを聞いて、ある出来事を思い出した。その日は、仕事の帰りが遅くなり終電を逃してしまったので、タクシーに乗った。その運転手さんは気さくな人だった。
 
「お仕事帰りですか? なんだかお疲れのようですね」
 
「今日は仕事でくたくたで。明日も5時起きなんですよー」
 
「あと4時間しか寝れないじゃないですか。それなら都市高速に乗りましょう。私からのサービスです。着くまでの間ゆっくり寝ていてください」
 
少しでも早く帰れるようにと、自らお金を払って高速道路を走ってくれた。そして家に着きタクシーから降りようとした時、運転手さんは私の前に手を差し出した。
 
「今日はお疲れ様でした。これよかったら」
 
目の前に広げる手の平には、小さな飴がのっていた。そこから伝わる温度は、私の心を優しく、穏やかにしていった。
 
『心遣い』この根本的な意味を、私は考えたことがあっただろうか。お客さんが何を求めているのか察すること。先回りすること。そんな行動ばかりを考えていた。『相手を心から想う気持ち』この心を忘れてしまっていたのではないだろうか。
 
社長は表面的なテクニックではなく、根底の想いを私に教えてくれようとしていたのかもしれない。『目の前の人の幸せを願うこと』接客を通して、大切なことを思い出した気がした。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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