食いしん猫に本当に必要なこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西條みね子(ライティング・ゼミ2月コース)
ガサ、ゴソ……
ビニールが擦れ合うような音に、眠りかけていた意識が引き戻された。なんだなんだ…と布団から這い出て、真っ暗な台所に向かう。
目にしたのは、3週間前に家族になった黒猫が、食パンの袋をくわえて運ぶ姿であった。
保護団体から2匹の猫を引き取った。黒猫のお母さん猫と、2か月になる子猫である。
いつか猫を飼おう、と心に決めていた私はようやく願いが叶ってウキウキしていた。実家では2代に渡り猫を飼っていたが、自分自身が猫と生活するのは実に20年ぶりである。年に数回、実家に帰ったときに猫を愛でるのみだったが、これからは毎日、猫と一緒なのだ。
猫の扱いには慣れているつもりだし、何の心配もしていなかった。
しかしである。この黒猫のお母さんが、とんでもない食いしん坊であると気付くのに時間はかからなかった。
初日、試しに1日分の半量のキャットフードをあげてみた。
瞬でなくなった。あっという間に食べ尽くすと、まだないかと周囲を探し回る。
「え、もう食べちゃったの!」
仕方ないので残りをあげると、これも瞬で食べてしまった。
子猫の離乳食用に、ふやかしたキャットフードを作ったが、これも黒猫のお母さんが全部食べてしまった。
ものすごい食欲である。
猫も人間も同じで、肥満は健康に良くない。適度な運動と共に、飼い主が食事の量をコントロールしてあげなければならない。
とはいえ、この食欲である。
「うーん。困ったな」
私の夕食時、食いしん坊はパワーアップした。
煮物だろうと野菜だろうと、お皿に首を突っ込みまくるのである。黒猫から3つのお皿を守ろうにも、私には手は2本しかない。史上最速で夕飯を食べ、速攻でお皿を洗う。食べ終わったお皿や、台所にある残りのおかずも狙われるのだ。
煮物でこれである。焼き魚になると、更に攻防戦は激しくなった。
猫が来てから1週間後、初めて焼いたアジはお皿から黒猫にかっさらわれ、床に散らばったところをかき集めて取り返し、この日の夕飯は立って食べる羽目になった。
「もしかしたら、落ち着いて食事ができる日は、もう来ないのかもしれない……」
ぼんやり考えつつ、布団に入る。
翌朝、台所の床に、生ゴミ用のタッパーが蓋が開いたまま転がっていた。あー、こりゃ生ゴミの置き場所を考えないとな、とタッパーを拾って気づく。
「んん!?」
昨夜のアジの残骸が消えているのである。アタマ(生)も、背骨も尾びれも、全て跡形もなくなっていた。
「アジ、どこやっちゃったの! 食べたの!!?」
黒猫は素知らぬ顔でパタパタとしっぽをふった。
もう、食べ物に関しては1ミリも油断できない……。
私は頭を抱えた。Googleでいろいろ調べてみる。食べ物や生ゴミを猫の見える所には置かない、というのは当たり前だが、底なしに食べる、というのはまた別問題だ。
お腹にムシがいると大食いになるが、ムシがいないことは既に確認済みである。
栄養が足りていないと、足りない成分を求めて食欲旺盛になることがあるそうだ。私は黒猫に避妊手術後用の栄養価を抑えたキャットフードをあげていた。避妊や去勢手術をすると、消費エネルギーが2割(!)落ちて、太りやすくなるのだ。子猫用の少しハイカロリーのキャットフードに切り替えてみたが、味が良くなったせいか、ますます食欲旺盛になった。
ホントに困った……。
ある時、知人が家に来たので、宅配のピザを取った。話も弾み、つい、油断した。目を離した隙に、ピザの切れ端を狙われたのである。アッッッ! と声を出した私の目に写ったのは、姿勢を低く下げ、ピザを加えたまま鋭い目つきで見上げる、痩せた黒猫だった。完全に野良猫である。
そうだ、彼女は2ヶ月前まで野良だったのだ。生まれて1年間、近所の人にごはんをもらいながら生きてきて、お腹に赤ちゃんができたので、さすがに野良はきつかろう、と保護されたのだ。
まだ1歳の彼女は肩甲骨が触ってわかるほど痩せており、毛色は黒猫でありながら赤茶けていた。
お腹いっぱいごはんを食べたことなど、なかったのではないか。そこに来て子猫の出産と授乳である。食べても食べても子猫に吸い取られる。
この子にはまず必要なことがあるんじゃなかろうか……。
よし。好きなだけ食え!!
私は腹を括った。朝ごはんは、ウエットフードとドライフードの豪華2種盛りである。お昼以降も、欲しいと訴えたときにはドライフードをあげ、1日5回はごはんタイムだ。一般的な猫飼育書には「生まれて半年くらいから徐々に回数を減らし、成猫は1日1回が望ましいでしょう」と書かれているが、それが何だ。この子にはそれより必要なことがあるのだ。
こうして、3ヶ月経つ頃には、ふくふくの、毛艶も黒々した立派な黒猫が出来上がった。
もう、子猫のごはんを横取りしたりはしない。1日数回ごはんを欲しがるが、トータルで食べる量は適量である。黒猫は、満足を知ったのである。
ある日、子猫が去勢手術をすることになり、手術日の朝は絶食のため、お母さん猫だけ洗面所でこっそりごはんをあげようとした。
いつものように食べ始めたとき、
「アオーンアオーン」
洗面所の外に閉め出された子猫の鳴き声を聞いた途端、食べるのをやめたのである。
この、何はなくともごはんごはんの食いしん坊が……!
何度あげても、子猫の声が聞こえると食べるのをやめ、決して食べようとしなかった。洗面所のドアを心配そうにフンフンと匂う黒猫の姿を見て、軽く感動を覚えながら、私はドアを開けた。親子が対面し、ペロペロとお互いを舐め合う。
この朝は、黒猫も子猫と一緒に絶食した。
当初、私は「この食いしん坊を太らせてはならない!!」と食事を制限することばかり考えていた。「適量」を与えなければ、「ねだればいつでも貰える」と舐められないようにしなければ、とばかり思っていた。
間違ってはないのだろう。ペット界の話題は圧倒的に肥満対策の方が多いし、獣医にも「あげ続けると際限なく太ります!!」と「肥満は天敵」を強調された。
か、そればかり気にして、我が家の猫がガリガリに痩せた赤茶けた黒猫であることが目に入っていなかった。2ヶ月前まで野良をしていたことを忘れていたのである。
むしろ逆だ。「この家では、ごはんが欲しければいつでも、ごはんが貰えるのだ」という、心身ともに満ち足りた状態を作るのが先だったのだ。制限するのは、後からで良いのだ。
「一般常識に囚われて、危うく、うちの黒猫を身も心も飢えさせるところだった。危なかった」
本当に必要なものは何なのかはケースバイケースで、それは時に、事実を目で見て、見極めなければならないのだ。
黒猫は予想通り、少しポチャになった。満ち足りたのである。
「でも、これ以上は太っちゃダメよ??」
黒猫は眠ったまま、パタパタとしっぽをふった。
***
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