外の師匠
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤ゆずは(ライティング・ゼミ2月コース)
小学校から帰った長男がめずらしく自分から手渡してきた学校からのおたよりは、「離退任式のお知らせ」だった。プリント一面にずらりと記された教職員の名前の中には、長男が1年生の時に担任を受け持ってくれた先生の名前があった。
「C先生、違う小学校に行っちゃうんだね、寂しいね」と声をかけると、長男はだまってコクっと頷いた。
C先生は、大学でバドミントン部の主将を務めたバリバリの体育会系女子だ。長男の担任だった5年前は、まだ教師歴2年目でとても初々しかった。幼稚園を出たばかりのよちよち歩きの1年生を受け持つのは、かなりのプレッシャーだったにちがいない。1年生最後の懇談会のとき、「1年間、こんな私に大切なお子さんを預けてくださってありがとうございました」とC先生は泣いた。
先生の涙……というキーワードは、私を中学3年時の卒業式の日にタイムスリップさせてしまう。卒業式が終わった後、3年A組のホームルームで繰り広げられた学園ドラマも真っ青な光景は、あれから30年近く経ったいまでも鮮やかに脳裏によみがえる。
担任だったW先生は学校一厳しい部活と評判だった剣道部の顧問で、日々鬼のような形相で学校内の風紀を取り締まってもいた熱血教師だ。そんなW先生がホームルームの最後に「みんな。ご卒業おめでとうございます。今日まで本当にありがとう」と涙すると、女子はもちろん、先生と衝突してばかりだったちょい悪グループのリーダー、Yまでもが泣きはじめたのだ。その様子を見て先生はさらに号泣。教室にはしばらく、生徒たちが鼻を啜る音と先生の嗚咽だけが響きわたっていた。私はあの光景を一生忘れることはないと思う。
W先生が男泣きする姿を見たのは、卒業式の日が初めてではなかった。そこから遡ること数か月前、支援学級に所属するある男子生徒が剣道の級審査に合格し、朝礼で賞状が授与された。彼が賞状を受け取りながら涙する姿を見て、熱心な指導を続けていたW先生ももらい泣きしていた。W先生はどんな生徒の可能性をも信じ、共に歩んでくれる人だったのだ。
数年前、ママ友から勧められた本にW先生そっくりの小学校教諭が登場することで驚いたことがある。本のタイトルは『向日葵のかっちゃん』。NHKの子ども向け番組の脚本家や小説家として活躍する西川司さんの自伝的小説だ。支援学級に通っていた西川少年が、あるすばらしい先生と出会い、奇跡の成長を遂げる物語なのだが、これが涙なしでは読めない。
自分を受け入れ、信じ、寄り添ってくれる人が一人でもいれば、どんな困難でも乗り越えられることを教えてくれる、一冊だ。
『向日葵のかっちゃん』で西川少年が森田先生と幸せな出会いをしたように、私ももっとも多感な時期に、W先生のようなアツい先生に出会えたことが本当に幸福だったと思う。
学級通信のタイトルだった『負けてたまるか』という言葉は、仕事や人間関係で躓きそうになったとき、いつも私を奮い立たせてくれる。そしてW先生が口癖のように言っていた「人の話を聞くときは、目を見ろ!」という言葉のおかげで相手の目を見ながら話すのが習慣化したせいか、初対面の人ともコミュニケーションが円滑に進むことが多い。他にも、ここには書ききれないほどの大切なことを、W先生は教えてくれた。
かつての私がそうだったように、思春期にともなると、子どもは親の言うことなど聞かなくなる。そんな時には、「外の師匠」を頼るといい……そんな話を聞いたことがある。「外の師匠」は学校や塾の先生、または部活動や習い事の先生などのことで、子どもの心身ともに鍛えてくれる年長の第三者のことだという。反抗期になると子どもたちは自ずと「外の師匠」を求め、家族のいうことを聞かなくても、外の師匠の言うことは素直に聞くという。「子育て」は「孤育て」ではいけないのだ。子どもたちにも、すばらしい「外の師匠」に出合って欲しいなぁと切に願う。
私にとって、最高の「外の師匠」はまぎれもなく、W先生その人だった。W先生とは、中学卒業5年後の成人式で会って以来だ。今や二児の母となった私だからこそ、先生に聞いてみたいことが山ほどある。ネットの情報によるとW先生は県内のある中学の教頭先生をしているらしいから、コロナ禍が落ち着いたら会いにいこうと思う。できれば、反抗期真っ盛りの息子たちを連れて。
開口一番、先生がどんな言葉を発するのか、今から楽しみでならない。
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