メディアグランプリ

鼻の奥がツンとなった、その先に


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:レティシア(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
演奏が終わると、ギタリストのトシが言った。
 
「今日調子悪い? 高音、出にくいみたいだけど」
「なんか、喉がイガイガするんよね……。換気していい?」
 
マイクをスタンドに戻し、分厚いスタジオの扉を開け放つと、冷たい空気が流れ込んだ。
ミネラルウォーターで喉を湿らせ、バッグから取り出した飴を口に放り込む。
和歌山からお取り寄せしている、黒あめの「那智黒」。これまで様々なのど飴を試したが、今のところこれが最高だ。スース―するものは、直後に歌いにくい。
 
新曲の音合わせは、深夜0時近くまでかかった。週末にしか集まれない社会人バンドの練習は毎回長丁場だ。月末に立て続けにライブ予定が入ったため、それでも時間が足りない。
 
次の日、仕事中に何度か鼻をかんだ。熱もないし、他には特に症状もないのだが、鼻水がやたらと垂れてくる。同僚がスース―するのど飴をくれた。
 
「花粉症? つらいよね」
「やっぱ花粉症かなあ? ついに私も花粉症デビュー?!」
 
春先によく聞く症状と、これまで私は無縁だった。
スギもヒノキもどんと来い。49品目のアレルギー検査でひとつもヒットせず、医師に、
 
「現代人にしては珍しいですね」
 
と言わしめた私だったが、ついに時代の波に乗ったかもしれない。これで私も脱・原始人。不快な症状は憂鬱だけど、なんだかちょっぴりうれしくなった。
 
家に帰ると、「花粉症になっちゃったみたい」とアピールしながら、家族の花粉症の薬を飲んだ。鼻にかかった声は、我ながらちょっぴりセクシー。儚く繊細な、都会人なアタシ。
 
しかし、薬はあまり効かなかった。鼻水は止まったが、喉の奥がゴロゴロする。
 
家族が言う。
「風邪じゃない?」
「そうかも。風邪薬買ってくるわ」
 
体温は36.4度。平熱。どうやらコロナではなさそうだ。
 
風邪薬がずらりと並んだ棚の前で、はて、どれがいいんだろうと迷う。
金と銀のベンザブロックは効き目がどう違うのだろう。しかしなぜ「ベンザ」なのだろう。つい漢字変換してしまうのは私だけだろうか。
 
店の薬剤師が声を掛けてくる。
 
「どんな症状でお困りですか?」
「鼻水が出るんです」
「他にも症状はありますか?」
「喉が少し痛いかも」
 
成分の説明を聞いてもよくわからなかったので、ライブ前なので、のどを優先することにした。薬の箱を手に取った私に、薬剤師がにこやかにおすすめしてくる。
 
「こちらのプレミアムはいかがですか?」
「いや、いいです、これで」
「こちらはソフトカプセルになっていますので、早く効きますよ」
「いや、いいです、これで」
「喉が痛いのは、口呼吸をしているからかもしれないですね」
「それはあるかもしれませんね」
「寝ている間に口が開かないように、口に貼るテープはいかがですか?」
「いや、いいです。ありがとう」
 
私はそそくさと売り場を立ち去った。
鼻が詰まって口呼吸をしているのに、テープで口を閉じたら、死ぬがな。
 
口に貼るテープの代わりに、私は「鼻洗浄マシーン」を買ってきた。マシーンといっても、手動だが。片方の鼻の穴にノズルの先を当て、容器をつぶして水を送り込み、鼻の奥を洗浄する道具である。「鼻うがい」とも言われる。
 
花粉症の友人から「鼻うがい」がいいと聞いてはいた。しかし、小学校のプールで水を鼻から吸い込んでツーンとなって以来、私の鼻の奥は何者も踏み入らない秘境となっていた。
 
しかしライブも近いし、背に腹は代えられない。勇者よ、いざ行かん!
 
マシーンと一緒に買ってきた専用洗浄剤をぬるま湯に溶かす。鼻水と同じ塩分濃度なら痛くなることもあるまい。
 
説明書通りノズルの先を右の鼻の穴に当て、「エー」と発声しながら、ボトルを押して、お湯を送り出してみる。発声するのは耳への圧力を軽減するためだそうだ。鼻・喉・耳は繋がっている。
 
プシュー。
おお、この感覚は初体験。
 
鼻の奥がかすかにツンとしたが、これなら大丈夫そうだ。思い切ってもう1プッシュしてみると、もうひとつの鼻の穴から生温かい水が流れ出てきた。
 
鏡を見る。
 
長い髪の女が、鼻の穴にノズルを突っ込み、片鼻から水を垂れ流している。ホラー映画の1シーンのようだ。流れ出ている液体が透明なのが救いである。ノズルの角度を変えると、喉の奥にお湯が当たるのを感じた。
 
その時だ。半開きの口から白い洗面台に、黄緑色をベースとした、なんとも極悪な色彩のアメーバ状のものがボタリと落ちた。
 
こいつだ。こいつが喉の奥に張り付いて、悪さをしていやがったのだ!
エヘン虫。あるいは、バイキンマン。
 
勇者は、悪者を駆逐するべく、さらにお湯を鼻の奥に送り込む。
シュポシュポという音とともに、お湯が尽きた。
 
ティッシュで鼻をかむと、アメーバの残骸が出てきた。
 
鼻が通る。鼻腔を空気が過ぎゆき、私は一瞬にして草原にいる気分になった。消臭剤のコマーシャルのような晴れやかさを味わいながら、私は排水溝に向かって言い放った。
 
「バイバイキン!」
 
それから2日。1回3粒の風邪薬と朝晩の「鼻うがい」ですっかり症状はなくなった。
ライブまであと2週間。のどの調子は、万全。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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