メディアグランプリ

守られなかった待ち合わせの約束


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飛鳥(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私達はいつから、待ち合わせの時間を守らなくなってしまったのだろう。
スマートフォンを握りしめ、一向に彼からの連絡が来ないメッセージアプリの画面を見ながら、私は思った。
 
スマートフォンのある現代は便利だ。自分の状況も居場所も到着予定時間も、メッセージを送るだけで相手にリアルタイムで伝えることができる。
その安心感からだろう。私達は「時間を守る」ということに鈍感になってしまっている。
5分や10分程度待ち合わせに遅れるくらいなら、メッセージを一言入れて相手に謝れば済む話だし、相手もさして怒らない。携帯電話すら無い時代であれば破綻していただろう待ち合わせも、現代なら成立する。
 
だから、家を出る前に髪型が上手く決まらなくても再度セットし直す時間ができたし、服装に迷っても考える時間が5分増えた。目的の電車に間に合わなさそうであっても、駅まで走るという選択だってしなくなってしまった。待ち合わせの相手が好きな相手であったとしても、だ。
 
待ち合わせ時刻の直前になって、私達はスタンプを送るときのような手軽さでメッセージを送る。「ごめん、5分遅れる」と。
 
私だって人の遅刻について文句を言える立場ではない。むしろ、多少の遅刻で目くじらを立てられては肩身が狭い。
 
だが付き合い始めてからの彼は、徐々に遅刻の頻度が増えているし、遅刻の程度もひどくなっている。
最近では待ち合わせ時刻を10分過ぎてから「ごめん、あと30分くらいで着く」と連絡が来るのが普通になってしまった。1時間近く遅れることもある。
 
そのたびに私は怒ったゆるキャラのスタンプを送り、近くのカフェや駅ビルに入って時間を潰す。ようやく現れて平謝りする彼に、「本屋で読みたい本を立ち読みできたからちょうどよかった」「飲みたい思ってた新作ドリンクを飲めたから気にしなくていいよ」なんて言って、ちょっと呆れた表情を作って笑う。
 
以前の彼には、ここまで時間にルーズな印象は無かった。
実は彼は時間にルーズな性格で、付き合い始めてから月日が経ったことで、それが表面化してきたのだろうか。
それとも……。
 
寿命が近づいた蛍光灯のようにチカチカと私の頭の中に浮かぶ思いがある。
本当に彼が私のことを好きだったら、少しでも早く私に会いたいと思うのではないか? 彼にとって私との待ち合わせは、大した重さを持っていないのではないだろうか?
 
いや、そんなことは無いだろう。私が遅刻するあの5分と同じだ。5分が徐々に伸びていって、30分になっただけだ。微かな不安をスマホと一緒に鞄に押し込んで、私は彼に向き合うのだ。
 
その日も彼は遅刻するだろう、と私の予感が伝えていた。
だから、待ち合わせした時間よりも30分近く遅れて私は待ち合わせ場所に向かった。
「ごめん、かなり遅れちゃうかも」と送ったメッセージに返信は無かったので、彼もいつも通りまた遅刻するのだろう、と思っていた。
 
とは言え、連絡が付かなければその後の予定も立たない。
待ち合わせ場所は小さな地下鉄の駅で、近くに時間を潰せるカフェも駅ビルもない。改札の横に申し訳なさそうにこぢんまりと収まっている小さなコンビニエンスストアの店内にも一通り目を通してしまった。
 
こんなとき、携帯電話すらない時代に生きていたらどうしていただろうか。怒って、あるいはがっかりして待ち人に会わずに帰ったのだろうか。
 
同じく改札前で誰かを待っていた人達は、とっくに待ち人と落ち合って、楽しそうに明るい地上に向かって歩いていった。
 
彼は来ないのかもしれない。頭に浮かぶそんな予感を必死に打ち消しながら、地下鉄の薄暗い改札口で、私は改札内を見つめ続けた。
握りしめたスマートフォンの時計は、待ち合わせ時間を1時間半以上も過ぎた時刻を示している。さすがに立っているのにも疲れてきた。連絡すら来ないなんて、途中で何かあったのではないだろうか。
 
スマートフォンの画面が再び光って、私は我に返った。彼からのメッセージの着信だった。「ごめん、今起きた。今日はキャンセルにしてほしい」
 
地下鉄のトンネルに飲み込まれるような無力感に襲われた。ただ彼に会うために待ち続けていた私のこの時間は何だったのだろうか。やはり彼にとって私と出かけることは、大した重みを持っていなかったのかもしれない。
 
気付けば頬を涙が伝う感覚がして、私は地上へ向かう出口に背を向けた。深呼吸すると、涙はすぐに収まった。大丈夫。少し混乱しただけだ。
私は誰にも顔を見られないよう俯いて、静かな改札口を早足で通りすぎた。
電子マネーから引き落とされる電車賃さえも惜しく思えた。
 
それからほどなくして、私達は別れた。
 
久々に会う友人たちとの飲み会に向かう私は、集合5分前に到着した。今の時代、待ち合わせの5分前に着くだけで、かなり余裕を持って到着した気分になる。
 
友人の一人としての彼は、やっぱり時間にルーズな印象は無い。
待ち合わせしていた友人たちのうち唯一すでに到着していた彼の姿を見つけて、私達は合流した。友人になった彼は「なんか最近、待ち合わせの時間より早く到着しちゃうんだよね」と言って笑った。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事