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カエルがよかった少年は、鯉になり教材になった。

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記事:石綿大夢(ライティング・ゼミNEO)
 
 
カエルの解剖をしてみたい。
「中学生になったら、やりたいことはなんですか?」
この質問に、僕はこう答えていた。
小学校の卒業式も近づいた春。担任の先生からの質問にみんな思い思いの答えをする。
野球部に入りたい、バンドを組みたい、文化祭を楽しみたい。皆、新しい環境での生活にワクワクしているのが伝わってくる。
僕は何で読んだのか、“中学生になるとカエルを解剖できる”そう思っていた。
そこまで田舎だったわけでもないので、カエルは珍しかった。時々、雨の日の帰り道に見かけるくらいだ。
それを解剖して体の中を覗けるのだ。スッゲェ! 中学生って、すげぇ大人なんだ!
勝手にその腹を開く様子を想像しては、無性にワクワクしていたのだ。手術台に寝かされるカエルの気も知らないで。
その日、そんなことが、なぜか走馬灯のように思い出された。
僕は固く拳を握って、ベッドに横になっていた。穏やかなクラシックが流れていた。
 
 
やばい、この痛みは、只事ではない。
朝から右の奥歯に鈍い痛みを感じていたが、用事があったので完全に後回しにしていた。
しかしどんどん酷くなっていき、今では水を飲んでも、何もしなくてもジンジンと痛みが波状攻撃を仕掛けてきていた。
幼い頃から、かなり頻繁に歯医者にお世話になってきたので、痛みの程度で、これがどれぐらいやばい状態なのか、感覚的にわかるようになっている。
緊急を要するのか、数日は放っておいても大丈夫か。
今回は、口の中だけでなく全身が、そして僕の直感が“これはやばい”と告げていた。
 
なんとかしなければ。急いで家の近所の歯医者を調べる。最近引っ越したばかりで、行きつけの歯医者は、まだない。歯医者はそのドクターの腕によって、治療の速度や回数が変わってくるので、必ず口コミなどをチェックして行くことにしていたが、今回はそんなことをしている余裕は全くない。
痛みの波は、大波も大波。もはや日本海の時化(しけ)である。
検索トップに出てきた歯医者に電話を入れ、緊急性を伝えると、なんとか予約を滑り込ませてくれた。痛みは依然強いが、気持ちの上では少し安心していた。とにかく診てもらえれば、なんとか解決するだろう。
 
ベッドに横になり、問題の箇所を見せると、院長先生は小さい声でつぶやいた。
「あぁ〜これは、かなりやばいですねぇ」
痛みの程度から、かなり酷い状態なのは想像できる。問題はこの痛みを解消できるか、治療できるかどうか、だ。
「どうにか……なりませんか?」
もうこの頃になると、痛みを通り越して、痺れを感じていた。ズキズキ痛いのではなく、神経をペンチで握られて、捻り上げられているようだった。
「ん〜、ちょっとやってみるけど、難しかったら抜いちゃいましょうか」
もうなんでもいいので、この痛みをなんとかしてほしい。そう思って身を任せた。
 
しかしこの先生、見た目の雰囲気はしっかりとした頼り甲斐のありそうな先生だが、大きな問題があった。
治療中に思っていることを、全部声に出して言ってしまうのである。
「ありゃあ、これは……酷いな」
「ん〜こうきたか」
「ここまできてるか〜」
など、僕の歯の状態を見ては、いちいちリアクションをしてくる。その度に、僕の歯をいじっては、考え込み、またいじる。
痛みに耐えつつ、その先生のリアクションを聞いていると「あぁ“まな板の上の鯉”ってこういうことか」と妙に冷静になっていく自分がいる。されるがまま、とはこういうことか。
なんとか痛みは和らいだが、やはり状態はかなり酷いらしく継続的に治療をしていくことになった。
ちょっと不安はあるが、ひとまず通うしかない。その日は、麻酔の残る頬をさすりながら家路についた。
 
 
そして、次の治療日である。
受付を滞りなく済ませベッドに案内されると、違和感に気がついた。
なんか……人が、多い?
普通は治療をしてくれるドクターとその助手の方の二人くらいが居るだけだが、この日は違った。5、6人。しかも皆、その手にバインダーやノートを持っていて、若い。部屋に入っていくと、その全員が僕に対して深々と一礼をしてきたのである。
戸惑う僕に、担当ドクターは言った。
「この症例、少し珍しいので、見学させていいですか?」
見学……ですか。歯医者で?
「まぁ、いいですけど……」
よく状況が飲み込めていなかったが、ドクターの傍には研修医の若者が目を爛々としてこちらを見ている。どうやらこの先生は、歯医者の学校で教えているような、すごい先生だったらしい。
 
いつものように口を開けて、先生の治療を受けるが、今回はいつも通りじゃない。
皆が僕の口の中を覗き込んでいる。
しかも先生は、僕の症例をよくわからない専門用語を交えながら、解説さえしてしまっている。
なぜだかその時、あのカエルのことを思い出した。
中学生になったら出来ると思っていたカエルの解剖。その手術台に横たわるカエルのことを。生徒の学びのために腹を裂かれ、フムフムとノートを取られながら、体の内部をいじくり回されるカエル。
あぁ、僕も同じだ。
彼らの“教材”になっているという妙な満足感と、口の中を見られているという羞恥心。
その二つを、あんぐりと口を開けながら感じていた。B G Mのモーツァルトの『ます』が、妙に落ち着いていて、くすぐったく感じた。
 
僕の虫歯は、彼らの教材になったのだろうか。
もし、もう一度カエルを解剖する機会があったなら、もう少し丁重に扱おう。
“教材”になった帰り道、心に誓って頬をさすった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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