娘が帰ってこない朝
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記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
娘が帰ってこない。朝7時。
心臓がつぶれそうだ。
昨日のお昼過ぎ、娘はアルバイトに行った。娘は自宅近くの飲食店でアルバイトをしている。母子家庭である我が家は、大学生の娘に十分なお小遣いを渡せられない。そこで、娘は自ら稼ぎ、大学生活を潤いあるものにしようと努力してくれている。本当に優しい娘なのだ。
昨日は、近所でマラソン大会が催された。「今日は、忙しくなりそう」と、娘は張り切って出かけて行った。
昨夜、私が寝る時には娘は帰ってこなかった。いつもアルバイトから帰ってくるのは夜1時を回っているので、気にせず寝ることにしていた。娘からも「先に休んでいてね。理心はお仕事大変なんだから」と、言葉を掛けてもらっていた。本当に思いやりのある娘なのだ。
朝起きて、私はいつものように出勤の支度をした。そして、前の日に誕生日プレゼントとしていただいた指輪をはめた。その輝きが、私の心を躍らせた。
自宅を出る時間になった。このとき娘は、いつものように疲れて起きてこないのだと、私は思い込んでいた。自宅を出るとき、娘に声をかけた。返事がない。娘の部屋を覗いた。姿がない。娘にLINEした。応答がない。
心臓がつぶれそうになった。
酔いつぶれて、寝ているのだろうと考えた。私も学生のころそういうことを度々していた。
そうだ、娘もバイト終わって友だちと飲んで、そのまま友だち宅で寝坊しているのだろう。
お昼まで待とう。お昼まで待って連絡がなければ警察に相談しよう。
私は自宅を出た。
でも、心配だった。
通勤中、私は神様と取引した。「娘が無事に帰ってきますように。私の想像のとおり、ただ酔いつぶれて、どこかで寝坊しているだけでありますように。娘が無事なら、代わりに私はどんな困難も背負います」と、何度も心の中で手を合わし、頭(こうべ)を垂れた。
それでも、不安でたまらない。
指輪が色あせる。飲み物さえうけつけない。まわりの笑い声が遠くに聞こえる。
私の仕事は患者さんの相談にのること。でも今日は、患者さんの話を聴いてもちゃんと頭に入ってこない。こんなことは初めてだった。
過去に、彼氏と別れた直後に仕事をしたことがあった。哀しみが溢れて涙が止まらなかった。しかし、仕事開始の5分前、見事に涙はとまり、仕事に集中できた。このとき私は、男がいなくとも、仕事があれば生きていけると実感した。
でも、娘のこととなるとやっぱり違うのだ。
気持ちを紛らわすために、席が隣の同僚Iちゃんに「K(娘)が帰ってこなくてさぁ、きっと友だちと飲んだくれて、友だちのところで寝ているんだと思うんだけどね」と、つとめて明るく言った。Iちゃんは私の気持ちを汲んでくれた。「Kちゃんは、理心さんを悲しませるようなことは絶対しないよ。そういう一線を越えることは、たとえ酔っていてもしないよ」と言ってくれた。その言葉は私の大きな支えとなった。
そこから、仕事をなんとか続けた。娘のことが気になりながらも目の前の仕事と格闘していると、少し気がまぎれた。
10時49分。娘からLINEが入った。「今起きた」「学校いきます」
身体が一気に緩んだ。視線が落ちると、指輪の輝きが目に入ってきた。
夕方、仕事を終えて、ようやく娘に会えた。娘からお酒の臭いがした。
娘は「お酒飲んで記憶なくしたのは初めて。お店で寝てた。こんなに人に迷惑掛けたのも生まれて初めて」と、青い顔でつぶやいていた。
私は、静かに自分の思いを伝えた。
「無事で帰ってきてくれてよかったよ。すごく心配だった。でも、どこまで心配していいか、正直わからなかった。自分も大学生のころは、お酒飲んで、昼まで寝てて、慌てて学校に行って……って、何回かやっちゃったから。Kもそうかなって思ってた。でも心配だったよ。同僚のIちゃんがね、『Kちゃんは、理心さんを悲しませるようなことは絶対しないよ。そういう一線を越えることは、たとえ酔っていてもしないよ』って言ってくれたんだ、だから……」
娘の両目から、涙が溢れた。
私はゆっくりと続けた。
「今回のことで思い知ったよ。Kがいないと、きれいな物みても、楽しいこと聞いても、何も感じないし、何も喉を通らない。お仕事さえできなくなるんだよ。無事に帰ってきてくれて、本当に良かったよ」
娘は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、何度も何度も頷いていた。
娘は、まだ二日酔いが抜けていないようだった。気持ちが悪いといって、夕飯はグレープフルーツだけを食べている。その隣で、私は缶ビールをプシュッとあけた。喉を通るビールの刺激が爽快だ。さらに、娘が好きなカニクリームパスタをほおばった。娘は嫌な顔をした。私はしたり顔だ。だって、めちゃくちゃ心配したんだ。これくらいの意地悪はさせてもらうよ。
***
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