父との約束
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記事:田辺浩一郎(ライティング・ライブ東京会場)
「お父さんの最期を看取りなさい。」
父は言った。僕は、聞き流すように「うん」と言った。
そのとき父はまだ40代半ばで、見るからに元気だった。父は穏やかで優しかったが、体は屈強な父だった。それに加えて、見た目はそれこそ乱暴者のような風貌だった。
その父の言葉に全くピンと来ていなかったし、実感もなかった。僕はそのとき、とりあえず、頷いただけだった。
父は続けた。「お父さんは親の最期を看取ることができなかった。親を看取ることで人は強くなれると柳田邦男が言っている。だから、お父さんの最期を看取りなさい」と。
僕は父と最期を看取る約束をしたのだった。
その数年後の5月18日、父は他界した。僕が大学生のときだった。
父はガンだった。ガンと分かったときには、かなり進行していて、手遅れで余命3か月だと言われた。母から聞いた時には、「まさか!?」と信じられなかった。余命3か月とは信じられない。父はあまりにも元気だったからだ。僕は全く受け入れられずにいた。
父はかすかな望みを抗がん剤治療に託すことになった。
父は「外科手術はしたくない」と言っていた。その理由は分からない。ただ、最後には、切ればなんとかなるのではないかと思っているような節があった。
だが、実は、もう既に外科手術ができる段階ではなかったのだった。
僕は大学生活に戻った。父は経済的な理由から大学に行けなかった。だから、僕が大学を卒業することを楽しみにしていた。だからこそ、大学生活に戻ったのだった。
けれども、本当の僕は現実逃避していた。父の死が迫っていることを認めることができない。受け入れることができなかったのだ。
1回目の抗がん剤治療は少し効果があった。少し希望を感じていた。もしかしたらと期待した。ところが、2回目は全く効果がなかった。このことが致命的になった。
しかし、見た感じは相も変わらずとても元気な姿そのものだった。変わったところは、抗がん剤治療のため、髪の毛がなくなったくらいだ。
まだ、僕には父の死が迫っていることは信じられなかった。
ガンと分かったときから1年と数か月が過ぎたころ、父がもう本当に危ないと連絡があった。ちょうど年度末の大学の試験が終わったころだった。少し前のお正月に父を見たときはまだまだ元気そうだった。「あれから1か月ちょっとしか経っていないのに」と思いながら帰省した。
僕は愕然とした。すっかり頬がこけて、ガリガリに細くなった腕や足、弱り切って、満足に字も書けない、達筆だった父の字はもはやミミズのようだ。もう死にかけている……認めるしかなかった父が死ぬことを。今更ながら、現実を突きつけられた瞬間だった。
母は父が入院している病院に寝泊まりしていた。付き添いで病院に寝泊まりできるのは一人だけだったので、僕は家と病院を往復する毎日だった。そんな中、父は医師の見立てに反して、2か月以上頑張っていた。
ところが別の問題があった。大学の履修科目の申請の期日が迫っていたのだった。この期日が過ぎれば、自動的に1年留年することになる。
申請するには大学まで行かなければならない。大学まで行き、申請をして、まだ戻ることは1日がかりだ。
父は僕が大学を卒業することを楽しみにしていた。それに大学受験のときに1年浪人している僕にとって、1年留年することは少なからずダメージがある。経済的に裕福な家庭ではなかったので、この1年は痛い。だからこそ、この申請をどうするかは悩みどころだったのだ。
とはいえ、大学申請に行く勇気はなかった。申請に行ったタイミングで父に何かあるかもしれない。ずるずると日が過ぎていき、とうとう、その日が来た。
なぜか、その日の朝、病院で父を見て「今日はこの場を離れてはいけない」と強く感じていた。僕はそのとき、大学へは行かないことを決意していた。ただ、母は「申請に行ってきなさい」と言って僕を諭した。確かに母の言うとおりである。今となっては、父はいつそのときを迎えるかは分からない。僕が感じたことは根拠のないことだ。僕は、母の言葉に納得して、申請のために大学へ行くことにした。
ところが、僕が病院を離れて、しばらくして、父の容態に変化があった。当時、今のように携帯電話は無い。直接連絡を取る手段はない。母はJRに電話して、僕が乗っている可能性のある新幹線に連絡を取ろうと試みたようだが、ダメだったらしい。
当然、間に合わなかった。
僕は、父との約束を果たすことはできなかった。後悔しかない。
我慢強く、強がりで、人に弱みを見せなかった父だった。そして、優しくもある父だ。
最期のときを僕に見せたくなかったのかもしれない。今ではそう思う。
***
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