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最後のプレゼント


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:TSUKI(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
タン、タララン~ 着信音が鳴った。
この季節には珍しいピンと空気の張る朝だった。
 
見ると、滅多に電話をしてこない弟からだった。普段は特段、逢うことはないが、
何か用があれば、イマドキらしく、ラインで連絡がくる。
それでいつもは十分なはずだった。
 
珍しいな。と思いながら、もしもし? と出てみると、
「母がガンだって。」いきなりこう切り出した。えっ? すぐには状況を飲み込めずにいた。
あまりにも突然で意味がわからなかったのだ。
数コンマおいたあと、急に現実味を帯びてきて受話器を持った手がブルっと震えた。
 
現代ではガンは国民病といわれるようにまでなり、
一生のうちに2人に1人はがんにかかるといわれているほど、身近な病気になっている。
でもやっぱり自分に関わると、まだまだ別格扱い。
特別ではあるのだけれど、まるで他人事のような相反する感覚だった。
他人事にしたいというある種、防衛本能が働いているのは否めない。
 
40~50歳の親世代となると病気にかかるリスクが高くなる。持病持ちと
いう方も少なくなく、既に他界している方もいて、病気と関りが深くなる年代だ。
充分に理解していたつもりなのだけれど、いざ自分事となると現実スマートにいかないらしい。動揺した自分に、同時に驚いている自分もいる。
 
この講座がスタートして、ちょうど二回目の〆切が過ぎた頃のことだった。
いつかくるかもしれない。このような時を想定して、
頭で何度もシュミレーションしていたはずなのに、まったく役に立たなかった。
 
実は数十年前に父を病気で亡くしている。
若さ溢れる未来しかみていない若い頃に、
突如、人は死ぬのだという現実を突きつけられた。
 
拒否をしたくても、一方的に乱暴に投げだされたその出来事に大きく衝撃を受けた。
命の終わりなどとは縁遠く、無縁に等しいそのさなか、受け止めきれなかった。
 
二枚敷いてあった布団が、一枚になる事実。
主人が留守のスーツが、いまかいまかと待つようにいつまでもぶら下がっている事実。
茶碗がひとつだけ、いつになっても、棚から動かされない事実。
残量七割のサントリーオールドが、減っていかない事実。
磨き上げられた皮靴が、永遠にそこから歩き出さない事実。
 
いくつもの事実が無情にも、否が応でも知らしめる。
 
ついこの間までは、そこに人がいただろう気配。
存在があったであろう空気感。
消えてなくなってしまったという表現のほうが正しいかもしれない。
その独特な感覚はしばらく続いた。
 
そんなことを敏感に感じ取りながら、月日の流れが残酷にも、
それらが日常と浸透するように適応させてくれた。
ただ、若い心に大きく傷つき刻まれたことは消えなかった。
恐怖といういわれもない形で残っている。
 
残った母もいつかは、消えてしまうのではないか…… と漠然と不安だった。
故に、徐々に老いが出始めた母と何となく距離をとるようになってしまった。
老いるとは、死というゴールに近づいていく具体的なサインに思えるからだ。
時間の経過と共に、少しずつ傷は癒えていったけれど、正面から受け止めるには、
まだ心の準備が整っていなかった。
老いに寄り添わなければいけないとはわかってはいたけれど。
 
それでもたまに会うたびに、白いものが占める面積が増えてきた頭部から、
その背中を視線でなぞると、小さく丸まってきた背中が目に入る。
いつの間にか、少しずつ湾曲を描くようになり、同じ目線だったのが、
鼻の頭が目に入るようになり、さらには、つむじが見えるようになった。
 
もう横を向いても目線は合わなくなった。空虚な空気だけが漂っている。
たまに見る、その姿にいつも申し訳ないような、バツが悪いような気持にさせられ
いつも居心地が悪かった。
 
勝手に震えてくる手でしっかりスマホを握りながら、ステージ1だと聞く。
ステージは進行度にあわせて1~5で区分され、ステージが小さいほど軽く、
手術が可能とのこと。元凶の種を体の外に出してしまえば、根治も可能とのことだった。
 
基本治療は、手術、放射線、薬物療法の三本柱を選択しながら進めていくことになる。
同じくステージ1と診断された若い歌舞伎役者の方も完治されている。
これは、心強い情報だ。
 
大人になった私には、今度は冷静に現状を受け入れ分析するという能力も、少しは備わった。
人が老いていく様をこれでもかと、見せつけてくれる。生きる教材といったところか。
 
耳が遠くなる、話し声が大きくなる、歩くスピードがゆっくりとなる。
といった典型的なものから、だんだんと、会話の反応がスローペースになり、
決断にも時間がかかるようになってきた。
 
待ち合わせ駅の南口でいい?
といったシンプルな質問にも、即答できなくなってきた。
理解に以前よりも、時間を費やすようになっている。
複雑なものは簡易にして伝える。そんなこともひとつひとつ、学ばせてもらっている。
 
ついこの間までは、そんな様子ではなかったのに、いつのまにそのように変わったんだろうと子供心には思うのだけれど。
色々なことが時間がかかるようになり、出来なくなってきていることが増えてきていることを見ていると、本当に人間は生物で退化していくのだなと、改めて感じさせられた。
 
わたしにも生意気盛りの息子がいる。
本能の固まりが形になったような、生きるパワーが溢れんばかりの進化しつづける存在だ。
まだまだヒヨッコだが、いつか今のわたしのように、親の老いを見せられていくことになるのだろうなと思うと、少し複雑な気持ちになる。
 
老いを知り、命が脈々と繋がれていくことは大切なことであり、尊くも思うけれども、
その時に彼は何を感じ、どう思うだろう……
 
それらが親から子に渡す、最後のプレゼントになるだろう。
わたしも、怖がらずにしっかりとそのギフトを受け止め、彼に繋いでいこうと思う。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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