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僕は名前で恋をした

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石綿大夢(ライティング・ゼミNEO)
※この物語はフィクションです
 
 
初めて自分の名前が変だと気づいたのは、小学校に入学した時だった。
父の仕事の都合で、それまで住んでいた青森から東京に引っ越してきたばかりだった。
9月、まだ真夏のように暑い。都会の人の多さに驚いたが、それでもここは田舎の方らしい。
周りに知っている友達はいない。クラスに馴染めるだろうか。
何回転校しても、それにつきまとう不安に慣れることはない。腕まくりをした体格のいい担任の先生に導かれて、黒板の前に立った。
「えー、今日からみんなとおんなじクラスになる、一一(はじめはじめ)君です。じゃあ自己紹……」
 
挨拶しようとした僕を遮るように、クラスが大爆笑に包まれた。
  
「変な名前!」
「ギャグみたいだな」「芸名なんじゃねぇの?」
好き勝手な声がクラス中に響く。先生もみんなの暴走を制しながら、半笑いのように見える。汗が全身から噴き出てくる。
……またか。
 
 
僕の名前は、一一(はじめはじめ)だ。
ギャグでも芸名でもない。そういう名前に生まれてしまったんだから、しょうがない。
名付けたのは、祖父だ。親は大反対したらしいが、戦争を生き抜いてきた頑固な祖父である。“一”と書く、シンプルイズベストを体現したような名前が最も美しく、強いと信じて疑わなかった。少しは苗字とのバランスも考えてほしいものである。
祖父は、僕が生まれて半年で亡くなってしまった。
こういうのも不謹慎だけど、早く亡くなってよかったのかもしれない。
僕がどんな学生時代を送ったか、見ずに済んだのだから。
 
 
小学生になると、皆、漢字を習い出す。そしてまず最初に書けるようになる漢字は、自分の名前だ。それまで「はじめ」または「はじめくん」とばかり呼ばれていたから、自分の名前がどういう漢字なのかなんて気にしたことはなかった。
むしろ“はじめ”という言葉の響きが気に入ってさえいた。
しかし、周りのみんなが漢字を覚え出すと、途端に自分の名前の異常さに目がいくようになってしまった。
 
初めての習字の時間。皆、お手本を参考にしながら自分の名前を練習している。
皆が初めての漢字、そして初めての習字に難儀する中で、僕だけがたった2画で授業を終わらせてしまった。
縦長の半紙に、横棒が2本。
なんだ、簡単じゃないか。みんななんでそんなにむずかしそうにしているんだろう。
「せんせい、できました!」
完成した自分の名前を持って、教壇まで歩いていく。僕が一番乗りだ。
皆が苦心している中、颯爽と机の間を歩くのは、なんとも気持ちよかった。
 
しかし、である。
何かが、おかしい。一番最初に完成させた僕を見て、皆感心しても良さそうなものだ。
声こそ出さなくとも、多少のざわめきは起きるのではないかと期待していた。
だが起きているのは、どよめきではなく、クスクスとした笑い混じりの話し声だった。
「(おい、なんだよあれ)」「(いーよな、楽でさ)」「(よかった俺あんな名前じゃなくて)」
そして何よりショックだったのは、幼稚園からのマドンナ・瑠璃ちゃんが誰よりも僕の名前を見て爆笑していたことだ。
瑠璃ちゃんは人目もはばからず、腹を抱えて笑い、僕の作品をひったくるとこう言った。
「なにこれー! ズルじゃん」
 
突然、視界が暗くなった。全身に何か重いものを打ちつけられたように、体は途端に動かない。その日、いつ授業が終わってどうやって家に帰ったか、あまりよく覚えていない。
ズル……なんだろうか。僕の名前は。
その日から、自分の名前を名乗るのが、怖くなってしまった。
 
 
中学生になった。
僕が進学した中学は、地域の小学校からそのままエスカレーター式に進学する生徒が多く、ほとんど顔ぶれが変わらない。
僕はあの習字の日から、自分に対して全く自信が持てないでいた。テストの順位は平均。運動会や学校行事などもなるべく目立たないように過ごしていた。
たまに顔を合わせる隣のクラスの瑠璃ちゃんは、僕がそばを通ると、彼女の取り巻きとひそひそ話を始める。
僕はなるべく見ないように、聞かないように。逃げるようにその場から離れる。
その度に、彼女の大爆笑を思い出し、気持ちが沈んだ。
いいんだ、もう。
この中学校での3年間を終えれば、高校に進学する。高校は流石にバラバラだ。環境が変われば、友達の一人でもできるだろう。
瑠璃ちゃんも、学校が変わればすぐに僕のことなんか忘れてくれるだろう。
窓際の席から空を見上げると、ツバメが校庭の上空を周回している。
強い風に、ツバメも煽られてどこかに行ってしまった。
 
 
僕は一人、名前が空欄の教科書を見つめていた。
皆、理由はわからないけど楽しそうだ。笑い合い、ふざけ合っている。
クラスに響く笑い声が、全部自分に向けられた銃口のようにどきりとする。
もう少しだ。もう少し耐えれば、高校受験が始まる。
受験勉強が始まったら、皆、自分のことで手一杯だろうし、僕にも余裕はなくなる。
もう少しだ、もう少し。
 
教室のドアが、静かに開いた。
女の子だった。見たこともない綺麗な髪の、見たこともない美少女が、静かに教壇に登って喋り始めた。まるでスローモーションで動いているように、彼女の一つ一つを目で追ってしまう。
「ハヤシフミです。福岡から来ました。仲良くしてください!」
元気ではつらつとしたその子は、担任の先生に促され、僕の隣の席に座った。
 
あぁどうしよう。
ただでさえ女の子は苦手なのに、こんなに美人で可愛くて……。どうしたらいいんだよ。
出来れば声をかけたい。仲良くなりたい。でも……名前を言うのが、恥ずかしい。
 
 
「ねぇこれ落ちてるよ。あれ、名前書いてないじゃん」
ハヤシフミは、落ちていた僕の教科書を拾うと、何気なく名前を見た。
見てしまった。見られてしまった。
一気に恥ずかしさが込み上げてきて、ハヤシフミから教科書をひったくる。
僕のはずかしさなんて全く気にせず、彼女は自分の教科書を出しながら、あの禁断の言葉を口に出した。
「名前、なんていうの?」
声がつまる。息が吸えない。さっきまで見えていた窓の外の青空も、途端に灰色になる。
「へぇ、一一くんか! すごいね!」
すごい? 僕の名前が?
こんな名前の、どこがすごいんだよ。この名前のせいで嫌なこともあったし、これからもきっとそれは絶えないんだよ。わかったように言わないでくれよ。
 
なにも言えずに真っ赤になった僕の顔を見ながら、彼女は柔らかく微笑んで、こそりと教えてくれた。
「だってさ、私、二三(フミ)っていうの。これって何かの縁かもね」
 
俯いてた目が、反射的に彼女の表情をとらえた。
ほんのり頬を赤らめて、恥ずかしそうにする彼女は、次の授業とは関係ない教科書をパラパラとめくっている。
彼女越しに見える窓から、二匹のツバメが青い空に舞い上がっていくのが見えた。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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