老衰なんて、失礼な
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:キヨタトモヨ(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
――母さん、また来たのかい。どうしたんだい。この頃、よく会いに来るね。
母さん。どうしたものか。最近はどうやらね、じい様やばあ様まで現れるんだ。
この前は妹のシズちゃんとマァちゃんがやって来たよ。
2人とも、しばらく顔も出さないで、今まで一体、何してたんだかねぇ。
だけど、不思議なもんだ。
みんな若くて、生き生きとしているんだ。
こんなことがあるんだねぇ。
そんなところにいないで、ほら、みんな、もっとこっちに来ればいいのに。
「おばちゃん! そんなに手を振って。本当に、骨と皮だけだね……おばちゃんには、何か見えるのかなぁ。」
「ほら、そんなに大きく口を開けていたら、のどか乾くでしょう……。ほんの少しでいいから、お水を飲んでちょうだい」
あぁ、また川が見える。
今日は水がいっそう、きらきらと輝いている。
水は冷たくて、気持ちがいいや。
「だめだね、口から全部吐き出しちゃうね。お願い、お水だけでいいから、飲んで」
今日は晴れていて、とても良い天気だ。
なんて穏やかなんだろう。
この調子なら、この川を渡れるかもしれないね。
みんなこっちに来ないもんだから、仕方ない、ワシがこの川を渡ってやろう。
「おばちゃん。どうしたの、なんだか嬉しそうだね。孫の智代だよ。……聞こえてるのかな」
なに、母さん、今度、日光へ旅行に行くのかい?
本当に日光が好きなんだねぇ。久しぶりなんだから、ゆっくり温泉につかっておいで。
ワシはここで待ってるから。
「……全然気づかないね。智代のことも、やっぱり分からないみたいだね……」
智代。わかるよ。
智代の声はしっかり聞こえているよ。
でもね、ばあちゃんは今、とっても忙しいんだ。
全く、それがわからないのかい。
母さんを迎えたり、じい様に挨拶をしたり。
そうかと思えばまた、手りゅう弾が飛んでくるから、じっとしてなんかいられないんだ!
「おばあちゃん! 今日は智代が来たよ!! 孫の智代だよ!!! 」
あぁ、また始まった。
怖い。
そうか、ワシはまた、向島に戻ってきてしまったのか。
あぁ、あそこに焼野原が見える!
また空襲が始まった!!
「おばちゃん、どこか痛いのかな。それともおむつ、また取り替えた方がいいのかな……」
「あ、また『むこうじま』っていった。前にも「むこうじま」っていってたよ。……『せんそう』って……」
「ばあちゃんは若いころ、向島の工場で働いていたんだや。ちょうどな、東京大空襲のまっ最中だべ。まっさか、昔のことなんか思い出しているんかね」
「えっ?! おばちゃん、若いころ東京にいたの? じゃぁ、空襲の中を生き延びてきたの? 」
「なぁに、おめー、知らんかったん?」
「そんな話、今初めて聞いたよ!! 歳をとると、昔のできごとを思い出すのかな……」
あぁ。
今度は目の前に孫の智代がはっきり見える。久しぶりだねぇ。
若い子を見ると、うれしくなるね。
歯も髪もきれいで、肌がぷっくりしてるわ。
「あっ……おばちゃんたら、『はだがきれいだね』だって」
あぁ、息子のシゲルと、娘のナオミは相変わらず仲が悪いな。
ワシのことはいいから、けんかはよせ。
__ちゃんと分かってるんだ。
少し前まであんなに粗暴だったのは、お前たちがいつも仲悪くしていたからだ。
だめだね、うちの子たちは。
全然、わかってない。
この前、ベッドから落ちて、骨折してしまって、入院させられた。
家を離れるのはあんなに嫌だっていったはずなのに、暗い病室の中に閉じ込められたんだ。
ありったけの力をふりしぼって抵抗してきたら、今度は野蛮な奴らにベッドに縛り付けられた。
おかげで今はもう、足が思うように動かなくなってしまったんだ。
本当、情けないね。
今はもう、あのやぶ医者から変な薬を飲まされて、すっかり怒る気力も失せちまった。
あの男、ワシのこと老衰なんて言いやがって!
あぁ、情けないったらありゃしない!
「おばちゃん、どうしたんだろう。本当に、表情がくるくる変わるね。」
「なぁに、ほっとけ。いつものことだ。そのうち寝っちまうから、心配すんな」
ばあちゃんはな、お前たちが話していることはすべて聞こえてるんだ。
でも、もう自由に動けないし、声さえでてこない。
人のことを勝手に病人、老人扱いしているの、ちゃんとわかっているんだ。
ムスメよ。
毎日会いに来るのがそんなに苦痛なら、なにも来なくていいんだよ。
おまえの表情を見れば、すぐわかる。
おまえは小さいころからすぐに表情に出すからな。
それよりも、もっと自分のことを考えな。
私のせいで腰を痛めたこと、ちゃんとわかっているんだよ。
そうだ、私のせいだ。
みんな、無理してばあちゃんに会いにきて、無理して笑顔でいられるよりも、
みんなそれぞれ自由でいてくれるほうが、こっちも楽だ。
まったく、それがわからないのかねぇ。
「おばちゃん。私とお母さん、そろそろ帰るよ。またね。元気でね」
あぁ、やっと帰ってくれるわ。
せいせいするわ!
「あっ! おばちゃん! 今、笑ったよ!! おばちゃん、元気でね、無理しないでね」
いいから、早く帰れ。
「じゃぁね、兄ちゃん、あとはよろしくね」
――あぁ、また母さんがやってきた。
母さん。
ここはもう、なんだかあまり居心地がよくないんだ。
私もそろそろ楽になりたいんだが、もう、そっちに行ってもいいかしら。
あぁ、でも、外は晴れていて、小鳥のさえずりが聞こえてくるよ。
なんて心地いいんだ。
「おう、今日は悪かったな。兄ちゃんがちゃんと見てるから、ばあちゃんは大丈夫だ」
***
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