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メディアグランプリ

パンドラの箱を心の中に持つ今


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事::牧 奈穂 (ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
「おはよう!」
沙耶が学校に行き、いつものように話しかける。でも、誰も何も話してくれない。最初は、みんながふざけているのだと思っていた。ある日突然、クラスの女子達が沙耶を無視し始めた。理由も分からないまま、小学6年の5月、沙耶への「いじめ」が始まった。
 
クラスで話してくれる子は、美奈と夏樹だけだった。クラスメイト35人に無視をされる毎日だ。女子には、スクールカーストのようなものがあり、力の強いグループがある。そのグループは、いつも一人ターゲットを決めて、いじめる空気があった。だから、スクールカーストの下位にいた美奈と夏樹は、仲間はずれの沙耶を見て助けてくれたのだ。だが、沙耶をいじめるリーダーの智子は、その様子が気に入らない。
「ムカつくんだよ……」
沙耶と階段ですれ違った時、聞こえるように言った。毎日、遠くから聞こえてくる声は、沙耶の悪口ばかりだ。聞こえないふりをするので、精一杯だった。
 
6月に入り、宿泊学習がやってきた。
女子全員が、大部屋にいる。
「トランプをしよう!」
輪になって遊び始める。沙耶は、一人だけ入らずに、黙ってその部屋のすみにいた。入れてもらえるはずがない。とても居心地が悪い。沙耶だけがその輪に入れずにいると、美奈と夏樹が沙耶を誘ってくれる。
「いっしょにおいでよ! トランプしよう!」
どこにいれば、心が休まるのだろう。
沙耶は言われるままに輪に入った。ところが、ゲームを始めようとすると、
「私、やらない……」
智子がその場を立ち去った。すると、もう一人、さらにもう一人……沙耶を避けるように、抜けて行く。
「私が何をしたのだろう? なぜ、嫌う? なぜ、傷つける?」
その場で泣き出したいのを堪える。最後に残ったのは、沙耶達三人だけだった。
もう嫌だ、早く帰りたい……
うちに帰ってから、沙耶は、泣きながら母親にいじめの事実を伝えた。
「いじめられて辛そうにしていると、相手はもっといじめたくなるものよ。だから、平気な顔をしていなさい」
母親に励まされ、そうしてみたが、いじめは悪化する一方だった。
そんな沙耶の姿を見て、母親は学校に相談に行くようになった。そして、学校に行く度に、担任の栗田先生は、智子達を呼び出す。
「お前達、沙耶をいじめているのか?」
智子達は、先生に聞かれる度に、もっと沙耶をいじめるようになった。
 
毎日、毎日、いじめられていると、自分が価値のない人間のような気がしてくる。間違ったことをされていても、何が正しいのか分からなくなる。もう、消えてしまいたい……
 
沙耶の休みが続くのを見て、栗田先生が、智子達を呼び出した。
「沙耶が学校に来られるように、自宅に行ってあげたらどうだろう?」
そして、智子達が家にやって来るようになった。
「いるんでしょ? 早く出てきなさいよ。汚い家……」
中に沙耶しかいないことを知って、聞こえるように家の前で意地悪を言い続ける。
沙耶には、もうどこにも居場所がない。傷ついた心の先には、恐怖感しかない。電話のベルが鳴っただけで、いじめられるような気がして、受話器さえも取れなくなった。少しずつ、少しずつ、心が追い詰められ、学校だけでなく、外にも一歩も出られない日々が続いた。
 
夏休みが終わろうとしていた頃、母親が沙耶に問いかけた。
「この先、どうする? 沙耶はどうしたいの?」
「……転校する……」
沙耶は、転校することを決めた。もう逃げる道しかなかった。
 
傷ついた沙耶に、転校先の先生は、温かく接してくれた。
「どんなことがあったの?」
ある日の放課後、先生がいじめについて聞こうとしてくれた。だが、沙耶は、話すのが怖くて、思い出すだけで心が壊れてしまいそうだ。苦しさを言葉にできなくて、全てを無かったことにしようと、いじめられた日々を心の奥深くに無理やり押し込んでしまった。目に涙をため、堪えたまま、何も語ろうとしない。しばらくその姿を黙って見つめていた先生は、その後、問いかけることはなかった。
 
あれから30年が過ぎ、いじめは、もう遠い過去の話だ。それでも、心の奥深くに閉じ込めた記憶に触れた途端、心が締め付けられる。どんなに時が過ぎても、あの日々を心が忘れることはない。まるでパンドラの箱を開けてしまったかのように、苦しさが込み上げる。過去が過去にならないかのようだ。
 
「こんなに苦しかった……」と語れるうちは、まだいいのだろう。あの時語れなかったから、今も心の奥底にある。カウンセラーとして働く今、沙耶にできることは、人のために「語れる場所」を作ることだろうか。
人は、誰でも心の中に傷があるものだ。そして、その傷が深いほど、一生癒えることはないのかもしれない。傷を受け入れ、どう向き合っていくのかが、きっと生きることの意味なのだろう。
沙耶は、誰かの役に立てることで、あの時救えなかった、自分自身の心も救えるような気がしてならないのだ。「話させてあげよう」そう思う沙耶の原動力は、「話せなかった自分」にあるのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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