本屋の嫁入り
さて、たまには息抜きにこんなお話は如何でしょうか?
年頃の本屋の娘、ホン子が、同じ本屋の息子のホン太と結婚することになりました。
でも、ホン子はまじでマリッジブルー。
「はあ、こんな安月給の本屋と結婚しなきゃならないなんて、マジでありえない。実は肉体労働だし、ボーナスもほとんど出ないし、それなのに長期休暇も取れないし!これじゃあ新婚旅行が江ノ島になっちゃうわよね。あー、本屋の嫁なんてイヤ! 世の中にはもっとすごい男、いるっしょ!」
それで、結婚を目前に控えているのに、ホン子はいい男捜しの旅に出ます。
「やっぱ、クリエイティブな男がいいわよねー。それで自由でお金持ちがいい。自由でお金持ちっていえば、やっぱ作家よ!」
それでホン子はtwitterのアイコンに、iPhoneのカメラで500枚自分撮りした中から「奇跡の1枚」を貼って、猫被って「あのー、先生の作品のファンなんです!」とメッセージを送って作家をナンパしました。考えてみるとすごい行動力です。それにうらやましいほど単純です。 アイコンの写真を気に入ったのか、作家からすぐに返事が返ってきたので、ホン子はすかさずメッセージを送りつけ、会う約束を取り付け、その足で会いに行ってしまいます。
「あれ? アイコンの子と違うくない?」
と戸惑う作家にお構いなしに、ホン子は素に戻ってこう切り出します。
「ねえ、作家さん。みんなにセンセー、センセーって言われている位だから、あんたってすごいんでしょ? あたいと結婚してくんない?」
無論、作家はどん引きです。
なんでいきなり脅迫まがいのプロポーズを受けなければならないのか、わけがわかりません。
けれども、その作家はおとなで、のこのこやってきたんだからすけべなんだけれども、心の大きな男でした。
は? ふざけんな、とは言わずにホン子に優しく諭すようにこう言ったのでした。
「いやいや、私なんかちっともすごくはありませんよ。考えてもご覧なさい。今はスマートフォンがすっかり普及して、アプリも増えて、みんなソーシャルやゲームばっかりやって、本を読んでくれなくなってしまったじゃないですか。1000円の本が売れたうち、私がいくら貰っているか知ってますか?」
うーん、とホン子は考えます。
「500円くらい?」
それを聞いて作家は大笑いします。
「それだったらいいですねー。だいたい、100円です。私よりも有名な先生になると130円って人もいるんですけど、まあ、印税は10%くらい」
「でも、100万部売れればすごいじゃないの!」
それを聞いて作家はまた大笑いします。
「確かに100万部売れれば、一億円入ってきますね。でも今の時代、100万部なんてもう奇跡的な話ですよ。私なんて、一年間かけて書いても初版の6000部がはければいい方です」
えーと、とホン子はiPhoneを出して計算機のアプリで計算します。
「え? たったの60万? それじゃあ、うちのパートさんの年収の半分くらいじゃないの!」
ホン子はがっかりしてため息を吐きます。
「そうなんです。それに私なんて、出版社の編集者の方にそっぽを向かれたからおしまいですからね。やっぱり、私よりも編集者の方がすごいと思いますよ」
確かに出版社の編集者は給料が高いって聞いたことがありました。単純なホン子はこう言います。
「言われてみればそうよねー。編集者が書いてって言わなかったら、いくら作家でも本にできないものね! だったら、やっぱり編集者にするわ。ありがとう!」
ホン子は、作家と別れて、作家に紹介された編集者のところに行きます。
「ねえ、編集者さん。あんたって出版界の花形って言われるくらいだから、相当すごいんでしょ? あたいと結婚してくんない?」
突然のことにちょっと面食らいましたが、常日頃変わった作家の先生達を相手にしている編集者は、すぐに自分のペースになってこう言います。
「いやいや、僕なんてすごくないですよ。出版不況って言われている位ですから、いつリストラされるかもしれませんし、いつ出版社が倒産するかもしれません。あれ? むかし出た『リストラなう』って本、ごらんになりませんでしたか?」
「あ、それ知ってる」
と、ホン子は思い出す。前にホン太がゲラゲラ笑いながら見ていたのを後ろからのぞき見たことがあったのでした。
たしか、どこかの編集者がリストラされる一部始終が書かれているものだったような……。
ホン子はがっかりしてため息を吐きます。
「そうなんです、確かに給料は高いかも知れませんが、僕だっていつああなるか、わかったものじゃないですからね。それに、僕らがいくらいい本を作ったって、ちゃんと営業さんが売り込んでくれないと、こちらは干上がってしまいますしね。重版の決定権も、たいていは営業さんが持ってます」
「営業さん?」
「そうです、僕なんかより、遙かに営業さんの方がえらいですよ」
「言われてみればそうよねー。いくら編集者が頑張って作ったって、営業がこれはいいやって本屋でおすすめしなかったら売れないものね! だったら、やっぱり、営業さんにするわ。ありがとう!」
ホン子は、編集者と別れて、編集者に紹介された営業のところに行きます。
「ねえ、営業さん。あんたって出版界の喉元をおさえているって言われるくらいだから、相当すごいんでしょ? あたいと結婚してくんない?」
なんだ、この子?と営業は思ったけれども、なんかとてもパワーがありそうで、下手に扱えば厄介なことになりそうだったので、上手くいなすことに決めました。
「いやいや、おいらなんて、ちっともすごくはありませんよ。考えてもおくんなさい、おいらがいくら足を棒にして、日に5軒6軒と本屋さんを回ったところで、番線を貰える数なんざたかが知れてますわ」
確かにそうねー、とホン子は思います。一日に50軒100軒とか回れるはずないし。
「それに出版界の喉元を抑えているのっておいらじゃありやせんよ、取次です、と・り・つ・ぎ!」
「取次? 日販とかトーハンとか太洋社とか?」
そう、と営業は膝を打って続けます。
「再販制度っていうのがあって、そりゃあ沢山の出版社から一回取次に集められて、それでランクだなんていう決まりに従って、全国津々浦々の書店に本が届けられるって寸法ですわ。第一、取次に口座を開かせてもらえなかったら、出版社としては商売あがったりですからね、そりゃあ、おいらよりも取次の方が断然えらいですわ」
「言われてみればそうよねー」
と単純なホン子は納得します。
「取次が配本しないって言ったら、いくら営業さんが頑張っても本が流通しないもんね! だったら、やっぱり取次にするわ。ありがとう!」
ホン子は、営業と別れて、取次のところに行きます。
ちょうどホン子がいる本屋に取次が来ていたので、なんだか一周して戻ってきちゃった感じです。
普段はしがないサラリーマンにしか見えない取次ですが、今日はなんだかとってもダンディーに見えて、ホン子は胸がときめきます。
へー、改めてみると、確かにすごそうじゃないの。
「ねえ、取次さん。あんたって実は最強なんでしょ? あたいと結婚してくんない?」
ふっと取次は鼻で笑ってこう言います。
「確かにオレはすげーよ。マジ本気ですげーよ。ま、最強って言ってもいい。でもなー、こんなおれでも勝てないやつがいるんだよ」
「え? 誰よ。あんたよりも強いやつがいるの?」
「いるさ、残念だがな」
「それって誰よ? もったいぶらないで、言いなさいよ!」
ホン子はバシバシ取次をはたきます。実は書店の女の子は日頃雑誌出しをしたり、重いダンボールや本を何百回も運んでいるので、予想外に逞しいのです。その一発一発が取次の頭に、肩に、腹に、想像以上に深く食い込みます。
「痛えっつうの! オレら取次より強いのは、おまえらだよ。おまえらホ・ン・ヤ!」
「へ? 本屋?」
ホン子はあっけにとられます。
「そうさ、いつもオレらが懸命に配本したって、売れないからって勝手に即返したり、こっちがフェアをしたいのに、番線くれなかったりするじゃないか! 番線を握っている、おまえら本屋が最強だよ」
って、ことは……。
ホン子は胸のあたりが急に締め付けられました。
もしかして、あたいって、マジですっごい男のお嫁さんになろうとしてたの?
そこへ、ちょうどゼクシーなどの返品雑誌を大量に抱えたホン太が通りかかります。見れば、韓流スターのように隆々としたボディー! ホン子が見とれていると、ホン太が気付きます。
「あれ? ホン子、どこかに行ってたの。もう暗くなるからアパートに帰りな」
なんだろうか、このさり気ない優しさ。なんだろうか、この謙虚さ。
本当は、マジですげー男なのに。作家なんかより、出版社や取次より、比べものにならないくらい、すごい男なのに。
「ホン太ー!!」 と、ホン子はホン太に抱きつきます。
「あたい、やっぱりホン太がいい! ホン太じゃなきゃイヤ!」
何を言ってるんだ、とホン太は優しく微笑みながら、ホン子の頭をなでてあげます。
「それより、もうすぐ上がりだから帰って一緒にジャンプ読もう」
「うん!」
それで、二人は結婚して、本屋を続け、幸せになったとさ。
おしまい、おしまい。
これは『みうら版ねずみの嫁入り』の本屋さんヴァージョンでございます。
何を言いたいのか?
多分にギャグですが、今の出版界をちょっとばっかし風刺しているつもりでございます。
また、結末は本屋のホン太に戻ってめでたしめでたしとなりましたが、実際に僕はこの業界においては、お客様と直接つながりを持っている本屋こそが最強だと思っております。
*1年半ほどまえにアメブロでアップした記事をリバイバルしました。いうまでもなく、フィクションでございます。
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