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散策のすすめ


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記事:梨衣歩(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
コロナ禍を経て、趣味が散歩になった。
なんて言うと、コロナで趣味が出来なくなったのかな? なんて思われるかもしれない。あるいは気持ちが落ち込んで楽しめなくなったのかな? と思われるかもしれない。
たしかに楽しめなくなった趣味はある。ライブや舞台は中止が相次いで現場になんて行けなくなったし、死ぬ思いで取ったチケットも直前になってコロナで中止になっていく。仕方がないとは言え、やるせない気持ちでいっぱいになっていた。
けれども、元よりインドア派であったから、外出しないことに苦痛はあまり感じていなかった。ライブや舞台を観に行くことができないなら配信を観れば良い。生で見られないのは残念だけれど、いつもより増えた配信のおかげでそれなりに充実した日々を過ごしていた。そんな私が何故、散歩が趣味になったのか、それにはふたつ理由がある。
ひとつは運動不足。通勤も遊びの外出もなくなれば、とたんに歩かなくなる。当然体重は増えたし体力は落ちた。
もうひとつの理由は家に居ることの圧迫感だった。いままで一日中家に居ることがまったく苦痛でなかったのに、「家から出るのは禁止です」と言われて制限を掛けられたとたんに気持ちを抑え付けられる感覚がして窮屈で仕方なくなっていた。
両方を解決する方法は外出するしかない。けれどコロナ禍では遊びに行くこともままならない。なら、どうするか。考えて、思い至ったのが散歩である。
この時点での私は散歩が好きではなかった。あてもなくふらふらと歩くことが苦痛でしかなく、実際散歩を始めて一週間ほどで出かけるのが億劫になっていた。
ただ歩くことは楽しくない。一日三十分ほど歩こうと決めていたけれど、出発直後から後何分歩かねばならない、と言った風にしか考えられず、何度も時計を見ながら、無心でとぼとぼと歩くようになっていた。
これではやがて歩かなくなる、と思った私は散歩に目的を作ることにした。
近所のお店を調べて、モーニングやランチをやっている店をピックアップする。出来るだけ毎週違うお店に行く、ということにした。所在地を調べて、家からの所要時間を確認する。片道十五分以上かかればオッケー。後は歩いて向かうだけだ。
目的を作ってみると、家の周りには意外にもたくさんの飲食店が有り、モーニングやけれど、ランチの提供を行っていることが分かった。毎週行く店を変えても、行ったことがないお店がなくなることがない。歩いて向かう道中で新たなお店に出会うこともある。まとめサイトに頼っているとどうしてもメディア露出をする店舗に情報が偏りがちで、開店したばっかりのお店や、メディア露出をしないお店というのは見落としてしまう。けれど、店を探して歩いていれば、周りのこともよく見るようになる。こんなところに病院が、とか、こんなところにパン屋、美容院、マッサージ店、学習塾。薔薇を植えているご近所さんや、景観が美しいマンション、建設途中の建物、オープン前の喫茶店、など。
コロナが流行する前は、家の周りをわざわざ歩き回ることなんてしなかった。仕事のある日は家と会社の往復ばかりであったし、休日だって舞台を観たりするために出かけていたから近所になんて興味すら抱いていなかった。コロナ前の私は、近所にあるお店のことは家から駅までの道のりにある、夜も開店しているところしか把握していなかったし、それらの店舗にはまるで立ち寄ったことがなかった。家の近所でおいしいものなんて聞かれても堪えられないし、たまに友達に「その辺りにおいしいパン屋さんがあるよね」と言われても首をひねるばかりだった。家の周りというのは治安がよく、駅から近いことだけが条件で、あとはどうでも良かったということもある。散歩も好きではなかったから、わざわざ散策してみようなんて思いもしなかった。
そんな私が、今や近所散策が楽しくて仕方ないのだから人生って本当分からない。休日の朝は早起きをして出かける準備をする。家からどちらの方面に向かうか決めて、なんとなく店舗を検索する。前行って良かったお店は定期的に足を運んで、新たに見つけたお店はリストに保存しておく。友達に近所のおいしいお店を聞かれてもすらすら答えることが出来る。おいしいパン屋だって複数回答が出来る。
先日、友達を招いて近所を散策してみた。リクエストを受けながら、だらだらと食べ歩きを実施した際、友達が「この街でこんなに色んなお店に行けるとは思わなかった」と笑っていた。
二年前の私も同じ事を思っていたし、散歩はつまらなかったし、近所にはなにもなくてあまり好きな土地ではなかった。けれど、散策をするようになって、今では随分と好きになった。なにより歩くと抑圧されて疲れた心がいやされる気がする。知らないお店に入ると心が躍って楽しくなる。
普段歩いてこなかった人ほど散歩に出かけて欲しい。最初は目的を決めて、後々は適当にぶらぶらと。きっと楽しい気持ちになれるはずである。

 
 
 
 
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2022-07-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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