その日彼女は、ドレスアップした姿で『走れメロス』を手にして「ちゃんと読んでみたい」と、ぼくに言った。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:湯浅直樹(ライティング・ゼミNEO)
本について気軽に誰かと話すこと。
それを表す適切な言葉があればよいのに、と最近思う。
本を読むことには「読書」という言葉があるのに、
本について話すことを「談書」とはあまり言わない。
手近にある国語辞典を2冊ほど調べてみても、
そういう言葉は収録されていない。
インターネットで調べてみたら、
古典を論ずることを「談書」というらしいと、
ぼんやりとはわかったのだけれど、
漢文なのか、いまの時点ではきちんとした確証がなく、
ぼく個人としては「まだよくわからないです」と
お伝えするしかない。
その行動や振る舞い、現象なんかを表す
「コレ」といった言葉がないということは、
本について誰かと話すという、
行動や振る舞いはこの世に存在しないのだろうか?
いや、そんなことはないはずだ。
現にぼくは(書店員として働くぼくは)、
毎日のように誰かと、ここ天狼院書店プレイアトレ土浦店で
本についておしゃべりをしているのだから。
このまえの日曜日、土浦店でドストエフスキーや太宰治、谷崎潤一郎の文庫を買ってくれた中学生の女の子が、本を読んだ感想を言いに来店してくれた。
その女の子は、太宰の『ろまん灯籠』を買ってから数日で読み終えてしまい、さっそくそのことを伝えに放課後に弟を連れて店に来てくれたのだ。
ぼくは彼女と話す前に、古典文学の棚のまえに中学生と小学生くらいの姉弟が来ているのに気づいていた。
そして、お姉さんが弟に、けっこう熱心に作家や作品について説明しているのも目にしていた。
ふたりが棚の方を向いて話していたこともあって、
ぼくには彼女たちの後ろ姿しか見えていなかった。
だから、彼女が文庫本を手にレジにやって来て言葉を交わしてはじめて、その女の子が、あの日『ろまん灯籠』を購入した女の子と同一人物だったと気づくことになった。
「これは弟です」と彼女が横に立っている弟を紹介すると、
彼は「こんにちは」といって恥ずかしそうに小さく笑った。
それから彼女は、ニコニコしながらぼくに『ろまん灯籠』のすばらしかったところ、感想を教えてくれた。
この間は学校の制服だったけれど、
その日は、私服でとてもお洒落な感じで雰囲気も変わっている。このあと家族でどこかに行くのかもしれないけど「天狼院に行くぞ」「感想を言うぞ」と思って来てくれたのことが、話の雰囲気から伝わってきて、嬉しくてとてもありがたいことだなと思いながら、彼女の話のつづきを聞いた。
話がひとだんらくしたあと、
「今日は『走れメロス』を買うんだね」
とぼくは言った。
「メロス、ちゃんと読んでみたくなって」
と彼女は言った。
先日、はじめて会った時に、ぼくが、
「メロスは激怒した。」
と作品の出だしを声に出したら、
彼女は、それにつづけて「かならず、かの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。」とスラスラとつづけた。
彼女は『走れメロス』の冒頭を暗記していて、
何も見ずに暗唱できたのだ。
ぼくもすこしは、暗唱できたから、
互いに一文ずつ、声に出してメロスの冒頭を暗唱しあって遊んだ。
彼女は、『走れメロス』と『ヴィヨンの妻』を選んでいた。
また「感想を言いに来ますね」と言って、
彼女は弟と帰っていった。
その日、ぼくはある姉弟と本について話をした。
その事実をさらっと言い表せる、
そんな言葉あればいいのに。
言葉は生まれていくものだから、いつかこんな対話を続けていたら、未来のいつか、ぼくらはその言葉を手にすることができるかもしれない。
***
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