令和・「働き方改革」顛末記~大失敗のあとの成功から我々は何を学ぶのか《週刊READING LIFE Vol.180 変わること・変わらないこと》
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/08/08/公開
記事:西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「こないだ、ゴールデンウィークあけに、XXさんとミーティングしてたらさ」
1対1のうち合わせの途中に、上司である部長が余談をはさんできた。
うち合わせと言っても、在宅ワーク中の、音声のみのリモート会議である。
XXさんというのは、別の部署の部長だ。
「なんか、様子がおかしいんだよ。何が、とはわからないんだけど」
「ええ。それで?」
「で、俺、聞いたの。『……XXさん、今、どこにいます??』って。そしたら、しばらくした後に、『……ホノルル』だって」
「アハハハ。白状したわけですね」
笑ってしまった。在宅ワーク、ここに極まれり、という感じである。
時差はどうしてるんだろう、こっちが夜なら、向こうは夜中だったんじゃないか、と、ひとしきりXXさんをネタに盛り上がりながら、眠気で朦朧としているXXさんの姿を想像して、また笑った。
コロナ禍に突入して2ヶ月後、我が社は「オフィスの面積を二分の一にする」と宣言した。コロナ後も在宅ワークを軸にすると決めたのだ。
「決断、早!!!」
その前のめり具合にも驚いたが、前のめりなのは会社だけではなかった。従業員の方も、負けず劣らず前のめりだったのである。
オフィス二分の一宣言と同時に「仕事をする場所の制約を撤廃する」と会社から発表があったあと、興味本位で上司に聞いた。
「海外とか、アリなんですかね?」
「あ、それ、YYさんが人事に、シンガポール永住はアリか、と問い合わせたらしいよ。さすがに、立場上、何かあったときには出社できる場所にしてくれ、と人事が懇願したみたい」
「……」
YYさんというのは、うちの部署の執行役員である。
ホノルルのXX部長といい、シンガポールのYY執行役員といい、上司陣が揃いも揃ってこうだと、逆にすがすがしい。
かくいう私も人のことは言えず、会社が宣言した1ヶ月後、都内の賃貸マンションに別れを告げ、郊外のマンションを電撃購入した。
不動産屋さんに差し出される契約書にポンポンとハンコを押しながら、わずか半年、いや、わずか3ヶ月で、生活が180度変わるとは、思ってもみなかったなァ、としみじみ考えた。
まさに、公私ともに、世の中が変わってしまったのである。
実は我が社には、在宅ワークの過去歴があった。
コロナ発生の数年前、「場所にとらわれない働き方を」と外資企業のようなスローガンを高らかに宣言し、在宅ワークを実験導入したのである。
首都圏を始め、全国の主要都市にサテライトオフィスを展開する会社とも契約し、自宅だけでなく、プリンタ等を完備するサテライトオフィスでも働けるという選択肢も用意された。
PCは当然、セキュリティを配慮した上で、会社の共有環境にもつながる仕組みが整えられた。他にも、ディスプレイの貸し出しや、オフィス機器の購入補助費の制度も交付され、準備は万端だ。
が、結果は、大失敗だったのである。
私の部署では、まず手始めに「週に1日、在宅で仕事をしてみよう」からはじまった。
初日は、さっそく、自宅で仕事をすることにした。始業時間が来ると、都内のあちこちにいる仲間たちから届く、「僕、いるよ!」というメッセージが、次々とチャット上に並ぶ。離れているのに存在を感じる、不思議な体験だ。
なんだかよくわかんないけど、面白いね、とチャット上でわいわいと盛り上がり、初日は平和に終了した。
数日後、すぐに問題が浮上した。
「音声会議がなかなか繋がらない」
「音声会議だと、資料共有がスムーズにできない」
といったシステム問題も存在したが、最も根深い不満はこれだった。
「在宅だと、なんだか、社内の様子がよくわからない」
会議ではきちんと、社内にいる人も在宅の人も、システム上、同じ場で情報を共有している。が、会議と会議の合間でちょっと話すような話を、その場に1人、2人、いない在宅の人に、わざわざ共有したりはしない。
いわば、会社を休んでいる人と同様の扱いである。
実際には、それほど重要な情報ではなくても、自分が関係するのに、どうやら、自分だけが知らない情報があるらしい、という状態が、不満に繋がるのは当然だ。
比較的、真面目な社員は、すぐに「これじゃ仕事にならん」と、早々に出勤を復活させたが、あくまで自由を求める一部の社員は在宅ワークを続行し、社内が二極化すると、事態は更に悪化した。
自宅で仕事をしている社員の働きぶりが、明らかに悪いのである。
平たく言うと、なんだか、サボっちゃいがちになってしまったのだ。
「メールの返事が遅い」
「アウトプットが出てくるのが遅い」
「出てくるけど、明らかに手を抜いている」
出勤組から次々と不満が噴出した。
かくいう自分も、サテライトオフィスで仕事をしながら、「何だか落ち着かないし、仕事が進まないなァ」などぼやいたあげく、日頃と違う場所での仕事に浮き足立って、2時間ものランチタイムを取ったことを白状しておく。
あれをサボりと言わず何と言おうか。
「あいつ、絶対、昼寝してる」
「手抜いてんの、バレてるよ!」
「ちゃんとやってますって」
「もっとはやく出来たでしょ」
出勤組と在宅組の間にあるものは、もはや、猜疑心の塊以外のなにものでもない。
業務委託者や派遣社員さんなど、社外の人には在宅ワークが適用されていなかったことが、この状態にさらに拍車をかけた。
彼らは、所属する会社は違うものの、普段は一緒に仕事をする「仲間」である。日頃、彼らが疎外感を感じないよう、できるだけフラット、かつ風通しの良い環境になるように配慮するのは我々の務めだ。
それが、「在宅ワークして良い人」「そうでない人」と、明確に目に見える線引きをされてしまったのだ。
「○○さんから全然、返事が来ません」
「××さん、最近、いつもギリギリに提出するんですけど?!」
彼らに取ってみれば、自分は連日、出勤しなければならないのに、何だか自宅でのんべんだらりとしている気配を感じる社員のパフォーマンスが悪ければ、そりゃあイライラもする。
「こんなんじゃ、仕事の品質も落ちるし、メンバーを管理しきれません!!」
数ヶ月後、マネージャーたちが音を上げはじめた。
そして、部署のトップである執行役員が、
「うちの部署では、在宅ワークは、基本、禁止とする」
と厳かに宣言し、在宅ワークは正式に、闇に葬られたのである。
終結を言い渡した執行役員は、例の、シンガポールのYY執行役員である。
いける、と思うやいなやシンガポールへの高飛びを考えることからもわかるように、彼はとても、先進的でリベラルな考えをする人だ。
きっと、在宅ワークを推進したかったに違いない。
そんな彼が、キッパリと諦めるのを目の当たりにし、私は「YYさんがそう思うくらいなら、ホントに、在宅ワークって無理なのかも知れないなァ……」とぼんやり思った。
こうして、在宅ワークは、幻と消えたのである。
ところがである。
2020年春、コロナ禍が世界を直撃した。
3月頃から、グループ単位でパラパラと会社から人が姿を消し始め、3月末、いよいよやばい、ということで、全員、ノートPCと社用スマホの、最低限の荷物を持って自宅に引き上げ、会社からは蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。
家に引き上げたからと言って、のんびりしている暇はない。
なんせ、いまだかつて起きたことがない事態が発生しているのである。
あの案件は進めるのか中止するのか、この取引先への発注はやめるのかやめないのか、お客様にどこまでサービス提供し、どこから中止するのか、説明はどうするのか……etc.
やらなければならないことは次から次へと発生し、目が回りそうな勢いだ。
「この非常事態にどう対処すべきか」会議が立ち上げられ、我々は、慣れない音声の会議で、指示を出したり出されたり、会議を招集したり招集されたりするうちに、3日、5日と日が経ち、2週間経つころには、全員の心に、同じ言葉が浮かんでいた。
「在宅、どーにか、なるもんだな!!」
そして、2年の月日が流れ、今や「ホノルル」に至ったのである。
昼下がり、業務委託の方と、音声のみのリモート会議をしながら、雑談をはさむ。
「こっちは、まだ雪が降る日がありますよ」
「へー、やっぱり寒いんですねぇ。東京はもう暑くなってきましたよ」
彼は、北海道の会社に在籍しており、現在も札幌在住だ。
会ったことはないが、もう1年も一緒に仕事をしている。とても優秀で頼れる人で、顔はうろ覚えだが、声を聞くと安心する人・ベスト5に入る。
「ちょっと、連休に実家に帰ろうと思うんですけど、そのあと、数日、実家から仕事しますね」
「オーケー、せっかくだから、ご両親と、ゆっくりしてきなよ」
こんな会話も、珍しくなくなった。
ホノルルやシンガポールに比べたら、国内なんて目と鼻の先である。
コロナ禍が訪れたことで、わずか2週間で、我が社の働き方は激変してしまった。
まさに、距離がなくなってしまったのである。
あの、大失敗の数ヶ月間は、何だったのだろう。
確実にいえることは、こういった、長年続いた習慣を大きく変えてしまうようなことは、全員で、同時に、同じ条件で取り組まなければならない、ということだ。
全員で同時に行うことで、在宅ワークを「日常」にすることが出来る。出勤している方が普通で、在宅ワークがイレギュラー、つまり「非日常」になってしまうと、在宅ワークをしている人と、していない人の間に温度差が発生してしまうのだ。
温度差の一つが情報格差である。早々に出勤を復活させた人が、出勤を選んだ最大の理由が「社内の様子が、何だかよくわからない」というものだ。実際には、それほど情報の差分はなかったと思うが、自分だけが物理的に同じ場所にいない、という状態は、必要なことをキャッチし切れていないのではないか、と不安にさせる理由として十分である。この問題は根深く、それでも在宅を決め込むには、相当の勇気が必要だ。
逆に、鉄のメンタルでもって在宅を選択した人が、在宅ワークの日が「非日常」であるがゆえに、休日気分になってしまい、100%の実力を発揮しなくなってしまったのは前述のとおりである。
そうなると、最初は「温度差」だったものが、そのうち「不公平感」へと発展する。
「環境の違い」の問題が「仕事をちゃんとやってるか、やってないか」問題にすりかわってしまい、仕事の品質が劣化したうえに、社員同士の信頼関係にヒビが入り、雰囲気まで悪くなるという、もはや在宅ワークの何がうれしいのか、全くわからない状態であった。
幸か不幸か、コロナ禍は「全員で、同時に、同じ条件で」を強制的に実現させてしまった。その結果、わずか2週間で、我々は在宅ワークに順応したのである。
まさに、働き方の世界が変わってしまったのだ。
「Kさん、お父さんの具合が悪いので、しばらく実家で介護しながら仕事するらしいよ」
「旦那さんの転勤で九州に引っ越しちゃったMさん、リモートで戻ってくるんだって!」
こんな話を聞くと、本当に「働く場所にとらわれない」ということは、文字通り、働き方の革命なのだと改めて思う。
介護離職や、家族の転勤による離職も、減らすことができるのだ。
もちろん、これはデスクワークがメインの仕事だから成り立つことではある。
それでも、様々な場面で、距離による障害が除かれつつあるのは、明らかだ。
「わーーー! Pさん!」
「どうもどうも、はじめましてー、というのも、変な感じですけど」
「ですよねー。会えてうれしい」
5月、コロナ発生から2年経ち、東京都の制限が解除されたタイミングで、同じチームのメンバーで集まった。
Pさんをはじめ何人かは、1年以上、一緒に仕事をしているのに、本物に会うのは、ナント今日が初めてである。
お互い、声はよくわかるけれど顔になじみがなく、なんだか、チラチラと顔を見てしまい、うれしいような、照れるような、不思議な気分だ。
話し始めるとすぐに皆、「いつものモード」になり、離れた場所で仕事をしていたけれども、その根底には、しっかり信頼関係が築けているのを感じる。
離れていても、結局のところ、仕事をする上で大事なものは、人と人との信頼関係だ。それは、どこにいても、変わらない。
「いやー、やっぱり、会うのって良いですね」
「また、コロナの様子を見つつ、時々、みんなで会う機会を設けましょう」
ご対面の会を開いてから、チームの「風通しの良さ」が少し上がった気がした。
今後、コロナが収束するに従い、我々は、場所にしばられない自由さと、人に会うことの良さと、うまくバランスを取りながら、仕事をしていくのだろう。
新入社員の時から在宅ワークという、いわゆるコロナネイティブ世代も、少しずつ、増えてくる。
また一段、変わるだろうか。変わらないだろうか。きっと、変わるだろう。
もしかしたら、「人に会うことの良さ」の方を伝える努力をするのが、私たちの世代の務めになるかもしれない。
思わぬ方向から「働き方」が大きく変わった今、それを良かったものにするのか、残念なものにするのか、それは、これからの私たちの努力次第なのだ。
□ライターズプロフィール
西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。
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