変わらないものはどこ?《週刊READING LIFE Vol.180 変わること・変わらないこと》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2022/08/08/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大好きな曲がある。初めて恋愛というものをした頃、その曲をよく聴いていた。とても切なくなる失恋の曲だった。それは、私の初めての恋の未来を暗示していたのかもしれない。
卒業までとわかっていた、別のレールを歩み出す二人。でも忘れられない思いをやさしく切なく情熱的にうたっている。通りがかったいつも待ち合わせした駅が、建てかえられて大きくなっている。すべてがどこかへいってしまう。変わらないものはどこ?
変わらないことについて考えていたとき、リフレインするのが、この曲のサビの部分だった。胸がしめつけられる。でも、何の曲だったか思い出せない。あんなに好きだったのに。
そのときの彼と、夏休み期間、毎日デートした。大学が始まると逢えなくなるからだ。私たちはゴールデンウイークにテニスコートで出逢い、彼は七夕の日に電話でつきあってほしいと言ってくれた。そんなことを言われたのが初めてだったので、とても嬉しかった。電話口で、ちゃんと正座して言うよと、彼は居ずまいを正して言ってくれた。次の日の朝起きて、無性に幸せを感じた。私には彼がいるということが、信じられないほどの喜びだった。
昔、深津絵里さんの出ていたCMで、ベッドの上で左手の薬指にしたダイヤモンドのエンゲージリングを見ながら、
「やったー!」
と言ってはしゃいで喜んでいるシーンがあったけれど、まさにそんな気分だった。
遠くの大学に通っていた人だったので、夏休みに彼が帰省してきて逢った。清水寺に行ったり、奈良公園へ出かけたり、浴衣を着て花火を観に行ったり、毎日が楽しかった。
でも、夏休みは必ず終わる。残り少ない夏休みを数えるのは、さみしいカウントダウンだった。
離れ離れになれば、恋愛というものはうまくいかない。特に若いときに離れて全く逢えなくなるというのは、つらすぎる。秋に逢いに行ったけれど、今から思えば彼の気持ちはすでに離れていたのだと思う。私が行きたいと言った上野の美術館のモネを観に連れて行ってもらったけれど、夏のような燃える思いは消えていた。夏の恋は長続きしないものなのだという。それは花火のようにパッと上がって、パッと散る。だから、ひと夏の恋という。
でも、私の気持ちが消えたわけではなかったから、私はどうしたらいいのかわからなかった。季節が移り変わっていっても、心が置き去りというか、時の変化に気持ちがついていけなかった。心がしがみついていた。終わってしまった恋に。何を見ても思い出す。あのときあんなに楽しかったのにとか、ここでこんなふうに言ってくれたのにとか、過ぎ去った記憶が消えなかった。
月日が経っていくにしたがって、だんだんと私の心も癒えてきた。時薬(ときぐすり)とはよく言ったもので、時間が薬となって癒してくれる。心はころころ変わるから「こころ」と言う。この世界に、変わらないものは何もない。形あるものは、いずれ必ず壊れていく。
次に出逢った人は、10歳年上の建築家だった。メールのやりとりで、なんだかとても感覚があって、夜来香(イエライシャン)の花の話や(夜来香について知っている男性がいるとは思わなかったが)、星の王子さまの「大切なものは目に見えない」ということ、なんだか大事に思うものが似ているのかなと思った。幸せの絶頂にいるとき、なぜか自分から崩してしまいたくなったりするから不思議だ。こんなにいい状態が続くわけがないと思って、終わりがくるなら自分からがいいだろうと思うのかどうかよくわからないけれど、私は関係を終わらせようとした。彼がお気に入りの自分の万年筆を
「君が使っていいよ」
と言って貸してくれたのを、突然郵便で返してしまった。おそらく、なかなか逢えなくて、1ヶ月1回ぐらいのデートで、マンネリ化した何かに嫌気がさしたのだろう。そのときのことをはっきり覚えていないが、とにかく私たちは3年ほどおつきあいしたけれど、全然うまくいかなくて、思い悩んだ私は、神社に行って宮司さんに占ってもらった。
自分で考えてもどうしていいかわからないとき、人に聞いたり、占いをしたりする。それは、自分ではもうどうすることもできなかったり、悩んだり迷ったりするからだ。迷ったり、自分がどうすべきかわからなくなったりしたとき、何を判断材料にするだろうか。もし、変わらない法則があるのなら、その法則を知って活用したいと思う。例えば、太陽は東からのぼって、西に沈む。この法則は、いつどこにいても変わらない。今太陽が西にあって夜になるのなら、夜に備えて準備をする。でも、例えば、お酒を飲んでいいかどうかは、年齢、住む場所や時代によって変わる。法律というのは人間が決めるので、為政者が変われば変わる。変わっていくことを根拠にすると、そのときの状況に合わせて、常識がひっくり返る。まるで、終戦時の日本のように。生年月日は変わらないもので、その変わらない生年月日で、これまで古代から蓄積されてきたデータをもとにはじき出された占いは、うつり変わるものを信じるよりも信頼できると思えた。
「すぐに別れなさい」
とはっきりと言われた。顔面青ざめた。受け入れられない。私の顔を見て、宮司さんは笑って言った。
「彼がこの年になって結婚していないなら、結婚しないね。大丈夫、あなたの運勢はとてもいいから、他を見なさい」
え?
「他の人なんて考えられないです」
「まあ、すぐにとは言わんから」
「なんとかなりませんか」
なんとかなりそうもない雰囲気だった。とりつくしまがない。私は真っ暗になって、絶望した。どうしても受け入れられなくて、友だちのお母さんが四柱推命をされていたので、観てもらった。
「あなたが私の娘なら、別れなさいと言うわね」
と言われた。まただ。他の男性を見たらいいと言われても、考えられないと言うと、
「すぐにとは言わない。大丈夫、時間が経てば気持ちって変わるから」
そう言われた。
全然納得できなくて、私ははっきりさせようとした。彼に勇気を振り絞って
「それでもあなたのお嫁さんになりたい」
と言った。それでも、という言葉を、前置きなしに使うのは変だけれど、私のなかでは、占いでそう言われても、という思いがあった。その回答として、彼は笑いながらこう言った。
「こんなしょぼい女の子と一緒にやっていけるか不安だ」
衝撃的だった。
眠れない日々が続いた。思い悩む日々が1ヶ月ほど経ったときだろうか。彼からの何気ないメールをもらった瞬間、彼のことがどうでもよくなった。もやもやしていたのに、突然霧が晴れたように感じられた。
そしたら、彼から毎日電話がかかってくるようになった。やっと私が納得できて、彼との関係を進展させなくてもいいと思えたときに、なんで? と思った。全然わからない。
そんなとき、結婚することになる人に出逢った。お互いに結婚したいと思っていた二人が出逢ってしまったので、急接近した。3回目のデートで、
「僕の奥さんになる?」
と聞かれて、「はい」となぜか口が勝手に返事していた。でも、彼のことを何も知らない。
また宮司さんに観てもらったら、
「すぐ結婚しなさい。立春までに」
と言われた。え? 1週間しかないよ。なんでそんなに極端なことばかり言われるのか不思議だけれど、困った私は、相手の人にそのまま伝えた。さすがに1週間では結婚できない。そうして、立春は過ぎたけれど、1か月後に入籍した。
きっかけはどうであれ、結婚したのだから、添い遂げようと思っていた。それが正しい道というか、美学というか、そうするのが私の生き方だと思っていた。当然、一緒に住めば嫌なところはお互いに見えてくる。それで嫌になって別れたとしても、他の人と結婚しても同じことになるだろうと思った。人にはいいところも悪いところも必ず両方ある。その人のいいところだけでなく悪いところも受け入れられないと、一緒に人生を歩むことなんてできない。この人と結婚すると覚悟して決めたのだから、困難を乗り越えよう。でも、私にとってその困難は自分をすり減らす道で、離婚という困難が私と相手を生かす道だということに気がついた。
そんな人生を歩んできたので、占いはもうしないと決めていた。占いに頼ってはいけない。自分で判断して決める。でも、自分に自信がなくて、自分よりもっといい判断をするであろう人にいつも聞いていた。失敗がこわいからだ。最善最短の道を歩みたくて、絶対に正しいと思われる道を選択しようとする。最善の道をどうやったら選びとることができるのか。もう同じ過ちを繰り返したくない。
趣味のいけばなで陰陽五行について学び、陰陽五行について興味を持つうちに、易経にたどりついた。易経は、中国の古典、四書五経の一つで、東洋で最も古い書物と言われている。何千年にもわたって読み継がれてきたのは、そこに真理が書かれているからで、古代より君子と言われるトップの立場の人たちが、帝王学の教科書として活用してきたからだ。
そこには、人のふるまいの普遍的な法則が物語として書かれている。すべてにつながるその法則を知りたいと思い、古典としての易経を学び始めた。易経の先生にすぐ質問をした。いつも言われた。「自分で考えなさい。考えて考えてどうしてもわからないときに質問するものです」仰る通り。
学び始めた直後に、人生が変わり始めた。離婚したし、京都を離れることになった。住む場所が変われば、世界が変わる。人間関係もどんどん変わっていった。
人の心がころころ変わるように、人は不安定な要素を持っている。天と地のあいだで人は揺れ動く。でも、その意識は、天と地と連動して、とても大きな力を持っている。それは、量子力学でも証明されていて、量子は人が観測すると形になる。人が意識することは、現実に影響を与えている。そして、無意識の世界は、意識の世界よりもはるかに影響を与えている。
その意識をどのように使うかは私次第だ。私が変われば、人間関係が変わる。最初は良好だった人間関係が変わってしまうのは、自分の意識もうつりかわるし、相手の意識もうつりかわる。そして、どんどんずれていく。そんなとき、私はしがみつこうとするところがあった。人が離れていくのがこわい。一人になるのがおそろしい。だから、自分に違和感があったり、嫌に感じるところがあったりしても我慢して、ズレに気がつかないふりをして、無理に相手に合わせようとしてしまっていた。自分の感覚をだまして、言い聞かせて、ずれていく相手に合わせようとしたら、当然しんどい。
何を大事にすべきなのか。相手に合わせることか、それとも、自分の感覚を尊重することか。
人が離れてしまっても、自分と合わなくなった人ならその方がいいのに、とやっと思えるようになった。自分の感覚を大切にして、嫌なことは避けて、心地いいことを選びとっていく。自分を信じることが大切だと気づいた。
でも、相手に合わせないといけない社会生活を送るなかで、自分の本当の気持ちや感情を見失いそうになる。損得勘定や、一般的な正しさを頭で考えて、自分の純粋に湧き起こる感情を押し殺している。それで、苦しくなる。混乱する。わからなくなる。私が心から望んでいることは何なのか。
そんなときは、靜かに易と対話する。変わらない変化の法則をやさしく、時には厳しく教えてくれる。困難な冬のあとには、必ず春がくるように、変わらない自然の法則に従って生きれば、うまくいく。
変わらないものはどこ? と高らかに歌う曲を思い出したので聴いてみた。区麗情さんの「初めて恋をした日」だ。相変わらず、心がしめつけられて、切なくなった。でもなぜか嬉しかった。気持ちや関係は変わるかもしれないけれど、人を好きになることは美しいと思えた。
□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
同志社大学卒。京都での結婚生活に終止符を打ち、京都を離れて自分らしい人生を歩み始める。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。
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