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解放区実践レポート−書店を劇場にしてみたら−


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石綿大夢(ライティング・ゼミNEO)
 
 
先月、世界的に有名な演劇界の重鎮が亡くなった。
演出家ピーター・ブルックは、二十世紀の演劇に最も影響を与えた演出家と言っても過言ではない。彼の著作『何もない空間』は、世界中で翻訳され、舞台芸術の実演者たちだけでなく、芸術の一分野として演劇を研究する人たちの間にも、多くの影響を与えた。
彼は著作の中でこう語っている。
「俳優が一人、舞台上を横切る。それだけで演劇は生まれる」
 
演劇は、総合芸術と言われてきた。俳優、脚本、演出、音響、照明、衣装などなど。様々な分野の人間が集って一つの舞台を作り上げることから、そう言われてきた。近年ではプロジェクションマッピングをはじめとした映像投影技術や、人間を実際に宙に浮かせるワイヤーアクションなどをふんだんに盛り込んだ、派手な演出も多く、まさに言葉の通り“総合芸術”としてその技術や文化は進化し続けている。
 
しかし、上のピーター・ブルックの発言にもあるとおり、演劇の“最小”構成要素は、とても単純だ。
観客がいて、俳優がいる。ただそれだけである。ピーターは、それだけで演劇に必要な“ドラマ”が生まれると言っているのだ。
 
 
 
「解放区として、天狼院書店で行う企画を募集します。演劇とか誰かやる人いませんか?」
 
店主のこの唐突な発言から、全ては始まった。
天狼院書店は本の先の体験=R E A D I N G L I F Eの提供をコンセプトに、全国10店舗を構える書店である。実際の書籍だけではなく、有益な情報を全て“本”と捉え、様々な種類の講座を行ったり、イベントを開催している少し変わった書店だ。
なんなら、うちにない本は駅前のジュンク堂さんに行ってください、とまで案内しているらしい。
目玉である講座は文章術を教えるライティング・ゼミ。全国でのべ9000名様近くが受講した名物講座である。それだけではなく、整理術や時間術、小説を書いたり雑誌を作ったりといった講座も並ぶ。
その中でも、少し異彩を放っているのが、演劇系講座だ。
名作演劇を演じる「文劇プロジェクト」や「演じるコミュニケーションゼミ」など、演劇をする、演じること自体にも教養的価値を見出して講座として展開している。きっと働いているスタッフさんも、“書店”とは自信を持って言えないだろう。
 
その中の、お客さんが企画を持ち寄る「解放区」という企画の中で、店舗を劇場として利用し、演劇公演を行わないか、というのだ。
 
場所は、池袋のハズレにある東京天狼院。少しせりあがった、たった二畳だけの座敷が舞台。
傍には、おしゃれな木目調のバーカウンター。
ここを劇場にする? 演劇公演を行う?
頭の中には、疑問符が浮かぶ。元々、池袋は演劇の街と言っても差し支えないくらい、大小様々な劇場が点在している。演劇を行うなら、そういったきちんとした劇場を利用すべきではないのか。
 
しかしすぐに僕の脳内には、ピーターのあの言葉が浮かぶ。
俳優と、それを観る観客さえいれば、そこはどこでも劇場になるのだ。
次の瞬間には、手を上げていた。特に賞賛があったわけでも、やりたい作品があったわけでもない。ただ、その場には演劇の経験があるのは、おそらく僕ぐらいだったろう。謎の使命感が、僕の片手を遠慮がちに上げさせていた。
「じゃあ、僕、演劇やります」
 
こうして、解放区企画「書店劇場化プロジェクト」は進行し始めたのである。
 
 
 
イベントを企画するということは、その空間を作るということだ。
特に演劇公演は、作り手が作品をお客さんに見てもらうという、一方通行的なものになりやすい。しかし、会場である東京天狼院は、非常にコンパクトな空間で、舞台と客席との境目も曖昧だ。
普段演劇公演を行う普通の劇場では、舞台上と客席というのは構造的にはっきりと分かれているところがほとんどである。
客席側から見た、舞台の前面、額縁状の作りのことを“プロセニアム・アーチ”という。絵画や写真のフレームのように切り取られた空間は、観客が作品を鑑賞するという一方向的な流れを自然に生み出せるが、そこに空間的な一体感は生まれにくい。
東京天狼院は、いい意味でこじんまりとしてまとまりのある場所だ。この場所ならではの空間作りを行う必要がある。
作品は日本の古典を選んだこともあり、衣装は和服だ。
共演者でもある妻との協議の結果、夏祭り的な賑わいを感じてもらうために、駄菓子を所々に用意して、楽しみながら見てもらうような趣向にした。
演出的にも、客席の間を縫って俳優が移動することで、客席と一緒に空間を作っているような演出を工夫した。
 
 
そして、今回のこの企画で僕が最もやりたかったこと。
演劇によって“書店がいろんな場所に変化する”ということである。
劇場では、その舞台上が海になったり、山になったりと変化するのは普通のことだ。
しかし、今回の会場・東京天狼院は、あくまで本屋である。
壁には面白そうな本が立ち並び、設られたラックには、店主・三浦さんの寄稿した雑誌のページが誰でも閲覧できるように並べられている。なるべくこの空間は崩さず、かつその場所を色んな場所に変化させてみる。それこそが劇場ではない東京天狼院で演劇公演を行う面白さの一つだと思った。
普通の劇場公演では、照明の変化や音響によって場所の変化を表現する。
波の音を流せば、そこは簡単に海になる。
 
しかし、それではつまらない。
演劇は、同じ空間にいるからこそ起きる“想像力の共有”が大切な要素だ。
目の前の人物が身震いをすれば、そこは冬の寒空の下になり、本が積み上がっていれば書斎なのかと想像する。お客さんの無意識の想像力によって補完されて、舞台はその劇の空間に変化するのだ。
 
想像力を共有することで、場所が無限に変化していく。これを表現するのに最適だと感じたのが、今回上演した岸田國士の『紙風船』だった。
岸田國士は、大正の終わりから昭和の前半に活躍した劇作家である。“演劇界の芥川賞”と言われる岸田國士戯曲賞は、彼の名前を冠している。
彼は数多くの短編戯曲を生み出した。その中でも最も上演機会も多く名作と言われる『紙風船』とあまり機会のない『あの星はいつ現はれるか』を上演することにした。
特に『紙風船』は、夫婦がたまの日曜日の過ごし方を思案し、妄想で旅行に出る話である。
元々、その場で行われる“妄想旅行”を見せることで、お客さんにも一緒に想像してもらい旅してもらう。そういう体験が作れればいいなという思いからだった。
そしてこれは、思わぬ効果を生むこととなった。
 
 
それは、昼の回の公演が終わり、お客様とのご歓談の時間に起きていた。
お客様としてご来場してくださっていたのは、僕と妻の知り合いが多かった。上演後ということもあり、見に来ていただいたお客様に順番に挨拶して回っている時だった。
 
お客様同士が、自発的に感想を話し合っていたのである。
しかも、そのお客様AさんとBさんは、この場で始めて会った同士のはずだった。年齢も性別もバラバラのそのお二人が、お互いに何か楽しそうに語り合っている。
耳を澄ますと、その会話の内容も聞こえてきた。
 
「あそこは、絶対行った方がいいですよ〜!」
「やっぱりそうなんですね、絶対行きます!」
聞くと『紙風船』を観て、感想をシェアしているうちに旅行の話になったらしい。Aさんが前々から計画していたフランス旅行にBさんが行ったことがあるらしく、見どころなどについて話していたのである。
二人とも、とても楽しそうな顔をしていた。
 
お互いに初めて顔を合わせてから、1時間も経っていない。そんな状況で会話が弾むのは、演劇があったからかもしれない。
同じ場で、同じ作品を共有することで生まれる共通した意識が、会話を盛り上げたのかもしれない。僕たちが上演した『紙風船』がこの二人をごく自然に結びつけたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
 
場を作り、そこで人と人が出会って、新しい関係性が繋がっていく。
これは色んな講座やイベントなどを開催している天狼院書店で、演劇を企画したから起こった化学変化なのだろうか。
良くも悪くも、劇場という場所はなんだかかしこまった雰囲気がある。その独特の“硬い”雰囲気が、“敷居の高さ”として認識されているのが現状かもしれない。
しかし繰り返すが、東京天狼院は本屋である。そこに劇場特有の雰囲気は存在しない。あるのは陳列された本が醸し出す、おしゃれな雰囲気だけである。もし同じ作品を普通の劇場で公演していたとしたら、上演後のこの楽しそうな雰囲気は生まれただろうか。
作品を作り手から観客に届ける“だけ”の一方通行的な上演の形態では、なかなか生まれにくい空間だと思った。
 
 
帰り道、夕方に降り出した強い雨は、もうすでに止んでいた。
諸々、反省点がないわけではない。
だが「またやりたいな」と呟くと、その場にいた天狼院のスタッフさんは「ぜひ、やりましょう!」と返してくれた。
次はこの本屋をどんな場所にしようか。妄想を膨らませながら、雨上がりの線路沿いを歩いた。

 
 
 
 
***
 
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