メディアグランプリ

「仕事が生きがい」だと80歳まで働いた私の父親


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上 美幸(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
「あなたのご主人は詐欺師だ」電話の主が突然そう言った。
詐欺師?突然の事に理解が出来なかった。
「もしもし、奥さんですか」「違います。娘ですが、母に替わります」
電話の主は地方銀行からである。
 
私の父はこの界隈では大手で知られる不動産会社の経営者である。そのまた父親が太平洋戦争から帰ってきて程なくして亡くなり何万坪の土地と会社を若くして継いだ。大学を卒業して2年後に遺産相続したと聞いている。
 
相続した土地は駅前であったり後にゴルフ場が建設されたりと好立地が多かったので、その土地を担保に銀行から融資を受け、マンション建築や住宅建築などを手掛けていた。
 
90年代のバブル崩壊時は竣工したばかりのマンションの負債がかなり出て心配した事もあったが、相変わらず忙しくしていたので無事に乗り切ったのだと家族も信じきっていた。
 
それから10年経ち、なにやら不穏な連絡を受けたので、父が帰宅してから聞いてみたが、大丈夫だと返答ばかりで満足な答えは得られなかった。
普段から仕事の話は殆どせず寡黙で無口な父親であった。
 
その後、裁判所からこの家の差押え通知が届いた。実家を担保にした融資の返済が出来ず差押えになるとの事だ。そしてそれは我が家だけではなく、連帯保証人となっている父の実の姉の持ち家まで差押えられ競売になると知らされた。
他にも連帯保証人となっていた遠い親戚が退職金で返済したり、会社の経理担当者にも負債があると聞かされた。
全容が分かってきてもう倒産するのだと気づいた。
 
その頃より父は夜中にうなされる事が多くなった。湯船で気絶し危うく溺死しそうにもなった。精神的に不安定であった父は、兄に向かって「お前がこの書類にサインさえすれば、この家を失わないで済む」と借金の肩代わりを提案してきた。
兄はその話を当然断り、嫁と子供を連れて実家から離れた場所で暮らし始めた。
実家には両親と私だけになった。しかし大学4年生で就職先も決まっていた私は、早く結婚をして両親を安心させようと考えた。
 
5人で暮らした家の片付けと引っ越しは想像以上の大変さで、その忙しさのおかげであまり悲観的にならずに済んだ気がする。
高価な家具や陶磁器などは知人に譲り、大量に出た粗大ゴミをゴミ焼却センターまで1日に何往復もした。それでも100箱近い段ボールを引越し業者に運んでもらった。今度はエレベーター無しの築40年5階建マンションの5階だ。
立派な一軒家から賃貸マンションに移り住み最初は悲観もしたが、駅から近く公園やショッピングセンターも近くにあってたいへん便利だった。5階までの階段の昇り降りもダイエットに丁度良くて住めば都といった感じで楽しく過ごせた。2年程過ごし結婚を機に実家から離れた。
 
父は、一度今の会社をたたんでまた直ぐに1人で不動産会社を続けた。駅前にあった大きな自社ビルに比べたら小さな賃貸事務所であったが、15年程の歳月が経ち、80歳で脳梗塞になった。上下肢の麻痺と呂律がまわらず認知症の症状も出てしまった。
 
もう仕事が出来る状態では無いので、父親の会社の整理を子供たちで進める事になった。什器や書類の片付けは大変であったが、一番の心配は取引先への連絡であった。正直、負債がある父親の取引先への連絡は何を言われるか不安で気が引けた。取引先リストらしき物を見つけ、5年分の契約書や郵便物を確認しながら、だんだんと管理委託されているマンションの大家さんや駐車場の大家さんと連絡が取れた。
そこで本当に驚いたのだが、皆が不幸な事でしたと理解してくれて優しい励ましの言葉を言ってくれた。お見舞金を渡して下さる方ばかりで、皆が口にするのには、あんなに真面目で責任感がある人はいない。どんなに条件の悪い物件でも必ず借主を見つけてくれたと感謝の言葉を言っていた。
また、同業者の不動産屋さんから一緒にマンションやビル建設でお世話になって本当に残念だと温かい言葉を頂けた。
 
父親の仕事を全く理解していなかった自分に気付かされた。
私の父は、自分の足で一生懸命お客さんを見つけてきていたのだ。そして立派に地域貢献をしていた事を気づかされた。そこにはどれ程の苦労があったか。
 
親戚や兄弟からは、あんな莫大な土地を受け継いでおいて全部無くしたと嫌みを言われ、娘ながらに後ろめたさを抱いていた。
 
もう歳なんだから辞めたらと母と言った時「仕事が生きがいなんだ、やめられない」と言っていた。
 
若くして家業を継いだ父親の苦労と功績を少しでも知ることが出来て良かったと思う。そして3人兄弟で末っ子の私まで大学に出してくれたこと、何不自由なく育ててくれたことへの感謝を今更ながらにかみしめて、しっかり生きていこう、そう自分に誓った。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-09-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事